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25. 帰したくなかったから
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――咲坂さんはさ、本当に小田桐さんと結婚するの?
「…………」
鴻上の唐突な質問に、琴子の動きが止まる。
「……なんで、そんなこと聞くんですか?」
しばらくして琴子はふたたび麺を掬いながら、鴻上に聞き返した。
「実はこの前、小田桐さんにも同じ質問をしてみたんだ」
「え?」
予期せぬ言葉に、琴子は思わず顔を上げて鴻上を見つめた。その質問は、琴子がずっと聞きたくて、でも聞けなかったことだった。
「直人くん……何て言ってましたか?」
「気になるのか?」
「……まぁ」
琴子が曖昧に頷くと、鴻上は琴子を見つめたまま、しばらく黙り込んだ。
いつのまにか、サラリーマンらしき二人組もいなくなって、店内にいる客は琴子と鴻上のふたりだけになっていた。人気のない店内に、琴子が麺を啜る控えめな音だけが聞こえた。
「『琴子には幸せになってほしい』。小田桐さんはそう言ってた」
「……そうですか」
琴子は下を向いたまま、そう言った。
直人の答えは琴子の予想どおりだった。良くも悪くも。
「それって……『自分が幸せにしてやる』って感じではないんですよね?」
琴子が念を押すように尋ねると、
「なんでそう思うんだ?」
鴻上が静かに聞き返してくる。
琴子はスープをひと口飲んでから、ぽつぽつと答えた。
「直人くんなら、私の幸せを一番に考えてくれるだろうな、って思ったんです。そういう人だから。もしかして、『私が幸せになれるんだったら、その相手は別に自分じゃなくても構わない』とか……そんな風に言ってませんでした?」
「…………」
琴子の言葉に、鴻上は少し驚いたように何度か大きく瞬きをした。
「やっぱり。否定しないということは当たりですね。たぶん、私が他の男の人を連れて行って『この人と結婚したい』って言えば、直人くんは喜んで祝福してくれると思います。そういう人だから。子供の頃から、ずっと」
鴻上は何も言わず、琴子の話をじっと聞いている。
「間違っても『俺の女だ』とか言って怒ったりはしないはずです。そういう関係じゃないですから。そういう関係じゃ……」
琴子の言葉が途切れる。
「そうか……好きなんだな、小田桐さんのことが」
琴子の様子を見つめていた鴻上が口を開いた。
「え?」
脈絡のない指摘に琴子が首を傾げると、鴻上が琴子の頬に手を伸ばしてきた。
「だって、泣いてる」
鴻上の指が琴子の頬をひと撫でして、涙を拭った。自分が泣いていることに気づいていなかった琴子は、ふいに訪れた鴻上の指の感触に驚いて目を見開いた。
「あ、あの……」
琴子が戸惑ったように身を引く。
「あぁ。ごめん」
鴻上は小さく謝って、琴子の頬から指を離した。涙が乾いたせいか、それとも鴻上の指のぬくもりが離れたせいなのか、琴子は急にひんやりと冷たい感覚を頬に感じる。
「でも余計にわからなくなったな。そんなに好きなら、どうして俺と……」
鴻上は首を捻りながら何ごとかをぶつぶつと呟いたが、琴子にはよく聞こえなかった。小さく鼻をすすってから、彼女が話をつづける。
「だけど……。たとえ私が直人くんのことを好きだったとしても、彼は私のことが好きじゃないんです」
琴子はそう言うと、わざと大きな音を立てて麺を啜った。
「そんなことないだろ?」
鴻上の言葉に、琴子はふるふると首を横に振る。
「そんなことあります。だって直人くんは私のこと、一度も……」
そこまで言って琴子は口を閉ざした。
ここから先は今まであの人にしか言ったことがない。
「ん? どうした? 何かあるなら、いくらでも聞くぞ。他人に話すだけでも気が楽になるからな」
どうしよう。思い切って話してしまおうか――。
琴子は迷った。
今まであの人――栞さんにしか言ったことがなかった。でも、この人になら話してもいいかもしれない。むしろ、この人にしか……。
「すいません、そろそろ閉店の時間なんですけど」
声のした方を向くと、赤いエプロンを着けた男の子が気まずそうにこちらの様子をうかがっている。
いつのまにそんな時間になっていたのか。琴子と鴻上はあわてて勘定を済まして店を出た。
「いま何時ですか?」
新幹線改札に向かって早足で歩きながら琴子が尋ねると、突然、鴻上が足を止めた。
「……ごめん。俺、嘘ついた」
「ん?」
琴子も立ち止まって振り向くと、鴻上がバツの悪そうな顔で佇んでいる。
「最初の店の前でいまみたいに時間を聞かれたとき、俺、『まだ九時前だ』って言ったけど……あれ、嘘だった」
「え?」
「たぶん、もう東京行きの新幹線……ない」
「はぁ!?」
琴子が勢い込んで鴻上の元へと駆け寄る。
「なんでそんな嘘を……!」
琴子が顔を上げて鴻上の顔を睨みつけると、
鴻上が小さく息を吐いた。それから彼女の目を見つめ返して、こう告げた。
「足留めしたかったから。咲坂さんを……今日中に東京へ帰したくなかったから」
「…………」
鴻上の唐突な質問に、琴子の動きが止まる。
「……なんで、そんなこと聞くんですか?」
しばらくして琴子はふたたび麺を掬いながら、鴻上に聞き返した。
「実はこの前、小田桐さんにも同じ質問をしてみたんだ」
「え?」
予期せぬ言葉に、琴子は思わず顔を上げて鴻上を見つめた。その質問は、琴子がずっと聞きたくて、でも聞けなかったことだった。
「直人くん……何て言ってましたか?」
「気になるのか?」
「……まぁ」
琴子が曖昧に頷くと、鴻上は琴子を見つめたまま、しばらく黙り込んだ。
いつのまにか、サラリーマンらしき二人組もいなくなって、店内にいる客は琴子と鴻上のふたりだけになっていた。人気のない店内に、琴子が麺を啜る控えめな音だけが聞こえた。
「『琴子には幸せになってほしい』。小田桐さんはそう言ってた」
「……そうですか」
琴子は下を向いたまま、そう言った。
直人の答えは琴子の予想どおりだった。良くも悪くも。
「それって……『自分が幸せにしてやる』って感じではないんですよね?」
琴子が念を押すように尋ねると、
「なんでそう思うんだ?」
鴻上が静かに聞き返してくる。
琴子はスープをひと口飲んでから、ぽつぽつと答えた。
「直人くんなら、私の幸せを一番に考えてくれるだろうな、って思ったんです。そういう人だから。もしかして、『私が幸せになれるんだったら、その相手は別に自分じゃなくても構わない』とか……そんな風に言ってませんでした?」
「…………」
琴子の言葉に、鴻上は少し驚いたように何度か大きく瞬きをした。
「やっぱり。否定しないということは当たりですね。たぶん、私が他の男の人を連れて行って『この人と結婚したい』って言えば、直人くんは喜んで祝福してくれると思います。そういう人だから。子供の頃から、ずっと」
鴻上は何も言わず、琴子の話をじっと聞いている。
「間違っても『俺の女だ』とか言って怒ったりはしないはずです。そういう関係じゃないですから。そういう関係じゃ……」
琴子の言葉が途切れる。
「そうか……好きなんだな、小田桐さんのことが」
琴子の様子を見つめていた鴻上が口を開いた。
「え?」
脈絡のない指摘に琴子が首を傾げると、鴻上が琴子の頬に手を伸ばしてきた。
「だって、泣いてる」
鴻上の指が琴子の頬をひと撫でして、涙を拭った。自分が泣いていることに気づいていなかった琴子は、ふいに訪れた鴻上の指の感触に驚いて目を見開いた。
「あ、あの……」
琴子が戸惑ったように身を引く。
「あぁ。ごめん」
鴻上は小さく謝って、琴子の頬から指を離した。涙が乾いたせいか、それとも鴻上の指のぬくもりが離れたせいなのか、琴子は急にひんやりと冷たい感覚を頬に感じる。
「でも余計にわからなくなったな。そんなに好きなら、どうして俺と……」
鴻上は首を捻りながら何ごとかをぶつぶつと呟いたが、琴子にはよく聞こえなかった。小さく鼻をすすってから、彼女が話をつづける。
「だけど……。たとえ私が直人くんのことを好きだったとしても、彼は私のことが好きじゃないんです」
琴子はそう言うと、わざと大きな音を立てて麺を啜った。
「そんなことないだろ?」
鴻上の言葉に、琴子はふるふると首を横に振る。
「そんなことあります。だって直人くんは私のこと、一度も……」
そこまで言って琴子は口を閉ざした。
ここから先は今まであの人にしか言ったことがない。
「ん? どうした? 何かあるなら、いくらでも聞くぞ。他人に話すだけでも気が楽になるからな」
どうしよう。思い切って話してしまおうか――。
琴子は迷った。
今まであの人――栞さんにしか言ったことがなかった。でも、この人になら話してもいいかもしれない。むしろ、この人にしか……。
「すいません、そろそろ閉店の時間なんですけど」
声のした方を向くと、赤いエプロンを着けた男の子が気まずそうにこちらの様子をうかがっている。
いつのまにそんな時間になっていたのか。琴子と鴻上はあわてて勘定を済まして店を出た。
「いま何時ですか?」
新幹線改札に向かって早足で歩きながら琴子が尋ねると、突然、鴻上が足を止めた。
「……ごめん。俺、嘘ついた」
「ん?」
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「え?」
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「はぁ!?」
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「なんでそんな嘘を……!」
琴子が顔を上げて鴻上の顔を睨みつけると、
鴻上が小さく息を吐いた。それから彼女の目を見つめ返して、こう告げた。
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