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22. よかったでしょう?
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「さぁ、じゃんじゃん飲んでくださーい」
打合せの後、「親睦会」という名の飲み会が開かれた。名古屋支社の社員がよく行くお店で、お酒の種類が豊富らしい。たしかにカウンターの向こう側には多様な銘柄の日本酒やら焼酎やらの瓶が並んでいる。
――しかし。先日、鴻上の前で飲み過ぎ、その後の恥ずかしすぎる失態を深く反省している琴子は、
「ウーロン茶でお願いします」
今日こそは飲まないと心に決めていた。
「あれ? 咲坂さん、飲まないんですか?」
琴子の向かい側に座る商品開発部の緑川さんが口を開いた。
緑川は琴子と同世代のショートカットが似合う美人で、快活そうな印象の女性である。実際、先ほどの打合せでも積極的に発言していた。髪型補正の効かないショートカットでも美人に見えるということは本当に美人なのだろう。これは琴子の持論だ。
「ちょっと風邪気味なので、自重しようかと思いまして」
琴子が控えめに答えると、
「咲坂さんはあんまり飲めないんだよねー」
斜め向かいに座っている同期の松風が琴子をフォローしてくれる。
そう、社内での琴子は本来こういうキャラなのだ。「真面目」で「控えめ」、「お酒は苦手」。
ふと視線を感じて横を見ると、疑わしそうに目を細めて琴子を見つめる鴻上の冷たい視線とかち合った。
「エバンス部長、日本語完璧じゃないですか。さっきも『じゃんじゃん飲んでください』って仰ってたし。じゃんじゃん……って、オノマトペまで使いこなされてますし」
琴子も負けじと目を細めて鴻上の顔を見据えると、エバンス部長の日本語能力の高さについて恨みがましく訴えた。
「オノマトペって何でしたっけ?」
緑川がジョッキに口をつけながら首を傾げた。
「『じゃんじゃん』とか『キャピキャピ』とか、そういう表現のことです。日本語はとくにオノマトペが多い言語らしいですよ」
「へぇ~。咲坂さんって物知りなんですね。勉強になります」
琴子の説明に感心したように相づちを打ちながら、緑川がぐいっと生ビールを呷る。
「まぁまぁまぁ。咲坂さんだって、美味しそうにひつまぶし完食してたじゃないですか。よかったでしょう? 名古屋に来れて」
まるでワガママな子供を宥めるみたいな鴻上の口調に、琴子は思わずムッとしてしまう。
「なんか今日の咲坂さん……違うよね。いつも冷静なのに、鴻上課長の前だと表情がコロコロ変わる。なんか、かわいい」
「え?」
琴子が声のした方に顔と向けると、松風が珍しい動物でも発見したような目でまじまじと琴子の顔を見つめていた。たとえ相手が松風であっても、「かわいい」と言われて悪い気はしない。
「はいはい、松風くん。グラス空いてるよ。飲んで飲んで」
鴻上が松風の視線を遮り、有無を言わさず彼のグラスにビールを注いだ。
「すみませーん、焼酎お願いします。ロックで」
つづけて自分用に焼酎を注文している。どうやら鴻上は本格的に飲むつもりらしい。
今日は日帰りだし、この後、東京まで帰らなければいけないというのに大丈夫なのか? という疑問が琴子の頭の中に浮かんだが、彼がものすごく酒に強いことを思い出して「まぁ、いいや」と思いなおす。たとえ鴻上が酔いつぶれて動けなくなったとしても放置しておけばいいのだ。
「皆さぁん、飲んでますか? コウガミさん、焼酎好きなんですか? ワタシも好きです」
いい感じに酔いのまわったエバンス部長が鴻上の隣にやって来た。顔はもちろん、地肌が丸出しのつるんとした頭部にまで赤みが差している。左手には焼酎の入ったジョッキ、右手には割りばしが握られており、鴻上と会話している間もずっと焼酎に浸かった生梅をぶしゅぶしゅと潰している。
「でも、ワタシの両親や兄弟は日本の焼酎キライです。こんなに美味しいのに……。小倉トーストも評判良くないです。たしかに日本の「パン」はワタシの国の「Bread」とはチョット違う……。しかし、とてもオイシイです。スバラシイです。ワタシ、日本の味を、名古屋の味をもっと世界中のヒトに知ってもらいたいです!」
エバンスさんはもともと東京の本部に在籍していたものの、名古屋出身の奥さんが地元に戻ることになったのをきっかけに名古屋支社へと異動してきたそうだ。今では名古屋グルメにすっかりハマってしまい、ぜひとも母国や他の国々へも名古屋の味を広げたいとのこと。壮大な夢である。
「そういえば、日南さんの実家って九州で焼酎造ってるんだよね」
総務の日南は琴子たちの同期だ。同じく同期の松風に確かめると、
「そうだよ。地元では結構有名らしいけど、それこそ海外の人にも、もっと知ってもらえたらいいよなぁ」
「そうだねぇ」
今度の海外展開プロジェクトでそういう日本の美味しいモノをもっと海外に広めていきたい、琴子も素直に思った。鴻上にしてやられた感じで癪だけど、やっぱり今日は来てよかったのかもしれない。なんだかいつもより仕事が楽しい。
「さぁ、じゃんじゃん飲んでくださーい」
打合せの後、「親睦会」という名の飲み会が開かれた。名古屋支社の社員がよく行くお店で、お酒の種類が豊富らしい。たしかにカウンターの向こう側には多様な銘柄の日本酒やら焼酎やらの瓶が並んでいる。
――しかし。先日、鴻上の前で飲み過ぎ、その後の恥ずかしすぎる失態を深く反省している琴子は、
「ウーロン茶でお願いします」
今日こそは飲まないと心に決めていた。
「あれ? 咲坂さん、飲まないんですか?」
琴子の向かい側に座る商品開発部の緑川さんが口を開いた。
緑川は琴子と同世代のショートカットが似合う美人で、快活そうな印象の女性である。実際、先ほどの打合せでも積極的に発言していた。髪型補正の効かないショートカットでも美人に見えるということは本当に美人なのだろう。これは琴子の持論だ。
「ちょっと風邪気味なので、自重しようかと思いまして」
琴子が控えめに答えると、
「咲坂さんはあんまり飲めないんだよねー」
斜め向かいに座っている同期の松風が琴子をフォローしてくれる。
そう、社内での琴子は本来こういうキャラなのだ。「真面目」で「控えめ」、「お酒は苦手」。
ふと視線を感じて横を見ると、疑わしそうに目を細めて琴子を見つめる鴻上の冷たい視線とかち合った。
「エバンス部長、日本語完璧じゃないですか。さっきも『じゃんじゃん飲んでください』って仰ってたし。じゃんじゃん……って、オノマトペまで使いこなされてますし」
琴子も負けじと目を細めて鴻上の顔を見据えると、エバンス部長の日本語能力の高さについて恨みがましく訴えた。
「オノマトペって何でしたっけ?」
緑川がジョッキに口をつけながら首を傾げた。
「『じゃんじゃん』とか『キャピキャピ』とか、そういう表現のことです。日本語はとくにオノマトペが多い言語らしいですよ」
「へぇ~。咲坂さんって物知りなんですね。勉強になります」
琴子の説明に感心したように相づちを打ちながら、緑川がぐいっと生ビールを呷る。
「まぁまぁまぁ。咲坂さんだって、美味しそうにひつまぶし完食してたじゃないですか。よかったでしょう? 名古屋に来れて」
まるでワガママな子供を宥めるみたいな鴻上の口調に、琴子は思わずムッとしてしまう。
「なんか今日の咲坂さん……違うよね。いつも冷静なのに、鴻上課長の前だと表情がコロコロ変わる。なんか、かわいい」
「え?」
琴子が声のした方に顔と向けると、松風が珍しい動物でも発見したような目でまじまじと琴子の顔を見つめていた。たとえ相手が松風であっても、「かわいい」と言われて悪い気はしない。
「はいはい、松風くん。グラス空いてるよ。飲んで飲んで」
鴻上が松風の視線を遮り、有無を言わさず彼のグラスにビールを注いだ。
「すみませーん、焼酎お願いします。ロックで」
つづけて自分用に焼酎を注文している。どうやら鴻上は本格的に飲むつもりらしい。
今日は日帰りだし、この後、東京まで帰らなければいけないというのに大丈夫なのか? という疑問が琴子の頭の中に浮かんだが、彼がものすごく酒に強いことを思い出して「まぁ、いいや」と思いなおす。たとえ鴻上が酔いつぶれて動けなくなったとしても放置しておけばいいのだ。
「皆さぁん、飲んでますか? コウガミさん、焼酎好きなんですか? ワタシも好きです」
いい感じに酔いのまわったエバンス部長が鴻上の隣にやって来た。顔はもちろん、地肌が丸出しのつるんとした頭部にまで赤みが差している。左手には焼酎の入ったジョッキ、右手には割りばしが握られており、鴻上と会話している間もずっと焼酎に浸かった生梅をぶしゅぶしゅと潰している。
「でも、ワタシの両親や兄弟は日本の焼酎キライです。こんなに美味しいのに……。小倉トーストも評判良くないです。たしかに日本の「パン」はワタシの国の「Bread」とはチョット違う……。しかし、とてもオイシイです。スバラシイです。ワタシ、日本の味を、名古屋の味をもっと世界中のヒトに知ってもらいたいです!」
エバンスさんはもともと東京の本部に在籍していたものの、名古屋出身の奥さんが地元に戻ることになったのをきっかけに名古屋支社へと異動してきたそうだ。今では名古屋グルメにすっかりハマってしまい、ぜひとも母国や他の国々へも名古屋の味を広げたいとのこと。壮大な夢である。
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「そうだねぇ」
今度の海外展開プロジェクトでそういう日本の美味しいモノをもっと海外に広めていきたい、琴子も素直に思った。鴻上にしてやられた感じで癪だけど、やっぱり今日は来てよかったのかもしれない。なんだかいつもより仕事が楽しい。
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