「承知しました。」~業務命令により今夜もトロトロに焦らされています〜

スケキヨ

文字の大きさ
上 下
18 / 54

18. 時代錯誤ですよねぇ。でも

しおりを挟む
*****

「昔はうちの父もタワダで働いてたんです」

 エレベーターを待つ鴻上こうがみに、小田桐おだぎりが話しかけてきた。
 ようやく社長たちから解放され、ホッとひと息ついていたところである。時間にすれば十分かそこらのはずだが、鴻上にとってはとてつもなく長い時間のように感じられた。
 小田桐社長も咲坂さきさか専務もさすがに企業のトップに立つだけあって、顔はニコニコと笑っていても、なんというか……あつがすごい。
 そんな二人に挟まれて居心地悪いことこの上ない鴻上が発する無言のSOSを察してくれたのか、小田桐が早めに切り上げて社長室から連れ出してくれたのだった。

「そうなんですか」

「ええ。咲坂さんとは同期で仲が良かったみたいです。良かった、って過去形じゃないですね。いまもすごく仲良いですから。それこそお互いの子供を結婚させようとするくらい」

 小田桐が唇の片側だけを引き上げてクスッと笑った。さわやかで謙虚な小田桐には似合わない笑い方だ、と鴻上は思った。

「あの……つかぬことをお聞きしますが」

 鴻上はためらいがちに口を開いて、どうしても聞いてみたかったことを思い切って口にした。

「本当に結婚されるんですか? 小田桐さんと咲坂さん」

「え?」

 鴻上の質問が予想外だったのか、小田桐がかすかに目を瞬かせた。

「いえ、親同士の仲が良いのはわかりますけど。だからと言って、いまどき親の決めた結婚なんて……ないですよね?」

 鴻上の忌憚きたんのない意見に、小田桐が口を開けて笑う。口元からこぼれた白い歯は清潔感に溢れていて、いまの笑い方は自然だ、と鴻上は安堵しながら相手の反応を待った。

「たしかに鴻上さんの仰るとおりです。時代錯誤ですよねぇ。でも」

 笑いを止めた小田桐が正面にあるエレベーターのドアを見つめて答えた。

「僕は彼女のことが大切だし、もし彼女が他に結婚したいと思うくらい好きな男が現れないんであれば、そのまま結婚してもいいと思ってるんです」

 その答えは鴻上の期待していたものではなかった。
 隣に立つ鴻上に視線を向けることなく、小田桐は前を見つめたまま、話をつづける。

「だって昔はみんな『見合い』とか『知り合いの紹介』で結婚してたわけじゃないですか。周りが勝手にその人に合う相手をみつくろってくれたわけでしょう? いまの時代は自由すぎると思うんですよね、逆に。だから頑張って婚活とかしないと結婚できなくなってる。正直、面倒くさいですよ。誰かに決めてもらったほうがラクでいい」

 思わず漏れた小田桐の本音に、鴻上は意外な思いで彼の横顔をまじまじと見つめてしまった。「人当たりのいい爽やか御曹司」が初めて生身の人間に見える。

「じゃあ小田桐さんは、咲坂さんがもし彼氏を連れてきて『この人と結婚したい』って言ったら、身を引くんですか」

 小田桐はようやく鴻上のほうに顔を向けて答えた。

「もちろんです。琴子ことこのことは子供の頃から知ってますし、たとえ結婚しなくても、もう家族みたいなもんです。あいつが幸せになれるんなら、相手は僕じゃなくてもいい。まぁ、親は残念がるでしょうけどね」

「琴子」。小田桐の口から自然と漏れたその呼び方に、鴻上はなんとも言えないイラ立ちを覚える。その言い方があまりにも自然だったからかもしれない。小田桐は別に鴻上に聞かせるためにワザとそう呼んだわけではない。きっと、ただただ無意識にが出てしまっただけだ。

「……小田桐さんのほうはどうなんです? 咲坂さんのほかに気になる女性とか、いないんですか?」

 内心のイラ立ちを隠しながら鴻上が小田桐に話を向けると、

「そうですね……近寄ってくる女の子はいますけどね……。ただ別に、に興味があるわけではないでしょうから」

 小田桐の声がぐっと低く沈んだものになった。

 御曹司。次期社長。

 小田桐の背負っている肩書きが、世の結婚したい女性たちにとって、ひどく魅力的なものに映るであろうことは、女性の気持ちに無頓着な鴻上でもさすがに想像できた。

「条件だけを見て寄ってくる女はりってわけですか?」

「まぁ……そういうことです」

 小田桐が疲れたように笑う。

 鴻上は戸惑っていた。
 琴子が小田桐と婚約していると知ったときからずっと不思議に思っていたことがある。それは――なぜ真面目な彼女が、婚約者がいるにも関わらず、他の男とも関係を持っていたのか――ということだ。
 その疑問は、普段の琴子を知るにつれて、ますます大きくなっていった。

 だから鴻上はこう思ったのだ。
 もしかして周りが盛り上がっているだけで、当人たちは結婚なんてする気がないんじゃないか、と。

 しかし小田桐の答えは鴻上の期待していたものではなかった。

 もし琴子にその気はなくても、小田桐が「どうしても彼女と結婚したい」と強く願っているのであれば……。自分はもう大人しく身を引くしかない、と思っていた。彼女との五年に及んだ関係はきれいさっぱり忘れて、スマホの中に大切に保存している何枚かの秘蔵画像も削除して……。そう、思っていた。
 この間は悪ノリしてちょっとイジメすぎてしまったけれど、彼女に言われるまでもなく鴻上自身もわかっている。もう終わりだ、と。

 だが、小田桐の返事は鴻上の予想していた答えのどれでもなかった。
 だから、途方に暮れてしまうのだ。
 これまで、仕事でもプライベートでも、自分が何を求められているのか、何をすればいいのか、はっきりと理解していた。鴻上はどちらかと言えば頭のいい人間である。何が自分のためになるかを考えて、感情よりも理性を優先できる人間だ。

 なのに――。

 いまは自分がどうしたいのか、どうしたらいいのか……わからない。

「鴻上さん? どうしたんですか?」

 ハッとして声のしたほうに目をやると、いつのまにか到着していたらしいエレベーターに小田桐が乗り込んでいた。

「あ、すみません。乗ります」

 軽く頭を下げてから、鴻上もあわててその狭い空間に足を踏み入れた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

処理中です...