「承知しました。」~業務命令により今夜もトロトロに焦らされています〜

スケキヨ

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16. もちろんです

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「すみません、忙しいのにお時間を取っていただいて」

 鴻上こうがみが恐縮して頭を下げると、目の前の相手が首を振った。

「いえいえ、気にしないでください。むしろ嬉しいです、鴻上さんから連絡くださって」

 絵に描いたような爽やかな台詞と爽やかな笑顔でそう応じたのは、小田桐おだぎり直人なおとだ。

 二人がいるのは社内に設けられたフリースペースの一画である。
 大きめのワンフロアがパーテーションでいくつかのスペースに区切られており、ちょっとしたミーティングなどに使われている。一つのスペースには大きめの机が一卓と、モニターが一台。隅には小型のパキラが置かれ、無機質な空間に緑を添えていた。
 このフロアには特定の部署が入っていないため、違う部署の人間と打ち合わせする場合などに重宝されている。いまの鴻上と小田桐のように。

「『社内申請システム』の件でしたっけ?」

 机を挟んで向かい合わせに腰を下ろすと、挨拶もそこそこに、さっそく用件を切り出したのは小田桐だ。

「はい。最初は情報システム部に相談してみたんですが、どうにも腰が重くて。これは上のほうも巻き込んでいく必要があるなと思って、小田桐さんにご連絡した次第です」

 鴻上の言葉を受けて、小田桐が苦笑した。

「私はまだまだしたですけどね……。でも社内全体に関わることですし、業務の効率化にもなりますから、喜んで協力させていただきます」

「転職してきたばかりなのに、差し出がましかったでしょうか」

 鴻上が遠慮がちに頭を掻くと、

「いえ、非効率な慣習も内部にいるとそれが当たり前になってしまって改善しようとも思わなくなりますからね。外から来た人に指摘してもらうのは有り難いですよ」

 謙遜しながらも小田桐は鷹揚おうような笑顔で力づよく頷いてみせた。

「そう言ってもらえると助かります。さっそくなんですが、こちらを見ていただけますか?」

 鴻上は持参したノートパソコンにモニターのケーブルを繋いで、自作の資料をスクリーンに映し出した。現状のシステムの不便な点や、それによって発生している無駄な作業などについてまとめたものだ。以前、琴子ことこと話していた「クソめんどうなシステム」を何とかしようと、琴子以外のメンバーや他の課の課長にもヒアリングして問題点を洗い出した。

 時おり挟まれる小田桐の質問に答えながら、鴻上は現状の課題について端的に説明していく。

「ありがとうございます。現状の問題点がよくわかりました。作ってもらった資料もすごくわかりやすかったし。さすが鴻上さん、麻生あそうさんが推すだけのことはありますね」

 ひと通りの説明を聞き終わると、小田桐が感心したように礼を言った。鴻上を持ち上げることを忘れないあたりも、ソツがない。
 ちなみに「麻生さん」というのは鴻上をこの会社に紹介した人物で、小田桐と同じ経営企画部に在籍している。

「私からも情シスに掛け合ってみます。予算の関係もあるし、うちの部でも議題に挙げてみますね。もしかすると他の部署からも応援をお願いすることになるかもしれませんので、なにかありましたら、ご協力のほど、よろしくお願いします」

 小田桐は立ち上がると、人当たりのいい笑顔を浮かべて頭を下げた。

「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」

 鴻上も同じように笑顔で応じる。
 小田桐がホッと息をついてその場を離れようとしたとき、ブルブルブル……と彼のジャケットの内ポケットが震えた。

「すみません。今日はありがとうございました。それでは失礼します」

 早口でそう言うと、小田桐はスマホを取り出しながらパーテーションの向こう側に姿を消した。

 鴻上は小田桐の後ろ姿を見送ってから呟いた。

「……いい奴だな、小田桐さん」

 ほんの三十分ほどの打合せで相手の人となりを判断するのは早計だろうが、少なくとも「二度と会いたくない」と思うような嫌な人間ではなかった。それどころか、むしろ充分「一緒に働きたい」と思える人物だった。鴻上の説明に対する質問も的確だし、実行力もありそうだ。彼が次期社長であることは社員として歓迎すべきことのはずた。

 ――もっと嫌なヤツであってほしかった。

 鴻上は思う。
 もっと「仕事のできない嫌味でアホな二世」であればよかったのに……と。

 鴻上は眉間にシワを寄せて「ふぅ」と、ひとつ溜め息をついてから、パソコンを脇に抱えた。パーテーションを潜ると、ちょうど電話を終えたらしい小田桐の姿が目に入った。軽く会釈をすると、

「鴻上さん!」

 小田桐が小走りで駆け寄ってくる。

「よかった、まだいらして。もう少しだけ、お時間よろしいですか?」

 少しあわてた様子の小田桐を前に、「何の用だろう?」と小さく首を捻りながらも、鴻上は愛想笑いを浮かべて、こう答えるしかなかった。

「もちろんです」


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