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5. ……教えない
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サクちゃんと知り合ったのは五年ほど前になる。琴子が大学四年生の頃だ。
五年……!?
あらためて思い返してみると、それなりに長い年月のように感じる。
「ヘンなの。名前もろくに知らないのに」
琴子は思わず笑ってしまった。
五年も関係がありながら、サクちゃんの本名すらろくに知らないのだ。笑うしかない。
「サク」というのは下の名前だろうか? それとも苗字?
案外、苗字かもしれない。
琴子に彼を引き合わせた先輩は琴子のことも苗字由来で「サキちゃん」と呼ぶくらいだから、苗字に「ちゃん」付けで呼ぶタイプの人なのかも。サクちゃんだったら、「サクタ」とか「サクマ」とか……?
ちなみに先輩は琴子よりもずっと綺麗な女なので、サクちゃんはきっと彼女とも関係を持っているに違いない、と琴子は睨んでいた。
別にそれでも構わない。
先輩は去年結婚してしまったので、さすがに今は何もないと思うけれど。
そういえば、サクちゃんは独身なのだろうか。
まさか既婚者じゃないよね。
もしそうだったら困る。このご時世に。
知らないうちに人様の家庭を壊すようなことになったら申し訳ないし、後味が悪すぎる……!
そもそも、不倫というリスクを抱えるほどの感情をサクちゃんに抱いていないのだ。
奥さんだけならまだしも、お子さんがいたら? どうする?
きっとサクちゃんの家庭が気になってしまって、今までみたいに頭を空っぽにして、ただただ快楽に溺れることなんてできなくなってしまうだろう。
琴子は隣で眠るサクちゃんに目を向けた。
毛布からはみ出した胸板がしっとりと汗ばんでいる。
さっきまで、しがみついていた身体だ。
琴子はそっと手を伸ばすと、人差し指の先で小さな乳首を軽くつついてみた。
「なんか可愛い」
さらにクルクルと撫でまわしてみると、だんだんと固くなってきた。
自分の指の動きに合わせて敏感に反応するのが面白くて、琴子がその行為に夢中になっていると――
「まだ足りないの? サキちゃん」
いつのまにか目を覚ましていたらしいサクちゃんが琴子の顔をじっと見つめていた。
「あっ、ごめんなさい」
「いや、別に謝らなくていいよ。ちょっとこそばゆかったけど」
ぼんやりした口調でそう言うと、サクちゃんは琴子の顔から目をそらした。
「せっかくサキちゃんから誘ってくれてるのに申し訳ないんだけどさ、俺、今日はちょっと疲れてて……。明日の朝になれば回復すると思うから、ちょっとだけ我慢してくれる?」
サクちゃんは眠たそうに目を擦りながら、大きなあくびをした。
「……大丈夫。私そんなに盛ってないから」
琴子は思わず苦笑いを浮かべる。
ふと、サクちゃんが眠そうに目を擦っていた左手に意識が向いた。その薬指に指輪はない。琴子が覚えているかぎり、一度もそこに何かが嵌まっていたことはないはずだった。
「ねぇ、サクちゃんってさぁ」
「んー?」
「あの……栞さんともヤッたことある?」
「はぁ!?」
栞さん、というのはサクちゃんと琴子を引き合わせた先輩だ。
おかしい。
ほんとに聞きたかったのは別のことなのに、いざ口にすると、まったく別の質問が出てきてしまった。
……まぁ栞さんとの関係も気になるといえば気になるけど。
「そんなわけないだろ。あの子は俺のシン……」
身を起こして何か言いかけたサクちゃんの言葉が途中で止まる。
「シン……?」
「まぁいいや。それより、ようやくサキちゃんも俺に興味出てきた?」
サクちゃんはそう言うと琴子に向かってニヤリと笑ってみせた。
「……そうですね。まぁ」
そんなことより栞さんとの関係が気になったが、琴子はとりあえず頷いておく。
純粋な興味と呼ぶには自分本位で下世話すぎる気がするけども。
「なんだよ、まぁって」
サクちゃんの表情が苦笑いに変わる。
「まぁでも、サキちゃんが俺のこと知りたがるなんて珍しいね。他には? なんか聞きたいことある?」
サクちゃんに促されて琴子は戸惑う。
この質問をすると、変な風に勘違いされない? と、少しためらったものの、
「んー……じゃあ、ご結婚はされていらっしゃるんですか?」
結局、聞いてしまった。しかも必要以上に敬語に敬語を重ねてしまった。
「なになに? 婚活でも始めた?」
サクちゃんが毛布から身を乗り出して琴子の顔を覗きこんだ。さっきまで眠たそうにとろんとしていた目が、心なしか生き生きと輝いている。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。確認しておいたほうがいいかな、と思って。そういうのに厳しい時代ですし」
「サキちゃん、スポンサーでもついてんの?」
サクちゃんが笑いながら軽口を叩いた。
「でもちょっとショックだなぁ。今さらそんな基本プロフィールについて聞かれるなんて。もう結構長い付き合いだよ、俺たち」
「……ですよね」
サクちゃんのもっともなツッコミに、琴子は苦笑するしかない。
「サキちゃんは俺が独身だと嬉しい?」
「別に嬉しくはないですけど。とりあえず安心はできます」
「……安心ね。ふぅん」
つまらなそうに呟くと、サクちゃんは再び横になった。頭の下で手を組んで何やら天井を睨んでいる。
「……で。結局、結婚してるんですか? してないですよね?」
念を押すように聞いた琴子に、
「……教えない」
サクちゃんはふいっと横を向いて、琴子に背を向けた。
「えー」
琴子が不満の声を上げると、
「サキちゃんも早く寝な。起きたらまた抱いてやるから」
サクちゃんが不機嫌そうに言い捨てた。取り付く島もない。
「なんですか、それ……」
サクちゃんは応えない。
琴子が気を揉んでいるうちに、いつしか彼の寝息が聞こえてきたものだから。琴子もあきらめて横になったのだった。
五年……!?
あらためて思い返してみると、それなりに長い年月のように感じる。
「ヘンなの。名前もろくに知らないのに」
琴子は思わず笑ってしまった。
五年も関係がありながら、サクちゃんの本名すらろくに知らないのだ。笑うしかない。
「サク」というのは下の名前だろうか? それとも苗字?
案外、苗字かもしれない。
琴子に彼を引き合わせた先輩は琴子のことも苗字由来で「サキちゃん」と呼ぶくらいだから、苗字に「ちゃん」付けで呼ぶタイプの人なのかも。サクちゃんだったら、「サクタ」とか「サクマ」とか……?
ちなみに先輩は琴子よりもずっと綺麗な女なので、サクちゃんはきっと彼女とも関係を持っているに違いない、と琴子は睨んでいた。
別にそれでも構わない。
先輩は去年結婚してしまったので、さすがに今は何もないと思うけれど。
そういえば、サクちゃんは独身なのだろうか。
まさか既婚者じゃないよね。
もしそうだったら困る。このご時世に。
知らないうちに人様の家庭を壊すようなことになったら申し訳ないし、後味が悪すぎる……!
そもそも、不倫というリスクを抱えるほどの感情をサクちゃんに抱いていないのだ。
奥さんだけならまだしも、お子さんがいたら? どうする?
きっとサクちゃんの家庭が気になってしまって、今までみたいに頭を空っぽにして、ただただ快楽に溺れることなんてできなくなってしまうだろう。
琴子は隣で眠るサクちゃんに目を向けた。
毛布からはみ出した胸板がしっとりと汗ばんでいる。
さっきまで、しがみついていた身体だ。
琴子はそっと手を伸ばすと、人差し指の先で小さな乳首を軽くつついてみた。
「なんか可愛い」
さらにクルクルと撫でまわしてみると、だんだんと固くなってきた。
自分の指の動きに合わせて敏感に反応するのが面白くて、琴子がその行為に夢中になっていると――
「まだ足りないの? サキちゃん」
いつのまにか目を覚ましていたらしいサクちゃんが琴子の顔をじっと見つめていた。
「あっ、ごめんなさい」
「いや、別に謝らなくていいよ。ちょっとこそばゆかったけど」
ぼんやりした口調でそう言うと、サクちゃんは琴子の顔から目をそらした。
「せっかくサキちゃんから誘ってくれてるのに申し訳ないんだけどさ、俺、今日はちょっと疲れてて……。明日の朝になれば回復すると思うから、ちょっとだけ我慢してくれる?」
サクちゃんは眠たそうに目を擦りながら、大きなあくびをした。
「……大丈夫。私そんなに盛ってないから」
琴子は思わず苦笑いを浮かべる。
ふと、サクちゃんが眠そうに目を擦っていた左手に意識が向いた。その薬指に指輪はない。琴子が覚えているかぎり、一度もそこに何かが嵌まっていたことはないはずだった。
「ねぇ、サクちゃんってさぁ」
「んー?」
「あの……栞さんともヤッたことある?」
「はぁ!?」
栞さん、というのはサクちゃんと琴子を引き合わせた先輩だ。
おかしい。
ほんとに聞きたかったのは別のことなのに、いざ口にすると、まったく別の質問が出てきてしまった。
……まぁ栞さんとの関係も気になるといえば気になるけど。
「そんなわけないだろ。あの子は俺のシン……」
身を起こして何か言いかけたサクちゃんの言葉が途中で止まる。
「シン……?」
「まぁいいや。それより、ようやくサキちゃんも俺に興味出てきた?」
サクちゃんはそう言うと琴子に向かってニヤリと笑ってみせた。
「……そうですね。まぁ」
そんなことより栞さんとの関係が気になったが、琴子はとりあえず頷いておく。
純粋な興味と呼ぶには自分本位で下世話すぎる気がするけども。
「なんだよ、まぁって」
サクちゃんの表情が苦笑いに変わる。
「まぁでも、サキちゃんが俺のこと知りたがるなんて珍しいね。他には? なんか聞きたいことある?」
サクちゃんに促されて琴子は戸惑う。
この質問をすると、変な風に勘違いされない? と、少しためらったものの、
「んー……じゃあ、ご結婚はされていらっしゃるんですか?」
結局、聞いてしまった。しかも必要以上に敬語に敬語を重ねてしまった。
「なになに? 婚活でも始めた?」
サクちゃんが毛布から身を乗り出して琴子の顔を覗きこんだ。さっきまで眠たそうにとろんとしていた目が、心なしか生き生きと輝いている。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。確認しておいたほうがいいかな、と思って。そういうのに厳しい時代ですし」
「サキちゃん、スポンサーでもついてんの?」
サクちゃんが笑いながら軽口を叩いた。
「でもちょっとショックだなぁ。今さらそんな基本プロフィールについて聞かれるなんて。もう結構長い付き合いだよ、俺たち」
「……ですよね」
サクちゃんのもっともなツッコミに、琴子は苦笑するしかない。
「サキちゃんは俺が独身だと嬉しい?」
「別に嬉しくはないですけど。とりあえず安心はできます」
「……安心ね。ふぅん」
つまらなそうに呟くと、サクちゃんは再び横になった。頭の下で手を組んで何やら天井を睨んでいる。
「……で。結局、結婚してるんですか? してないですよね?」
念を押すように聞いた琴子に、
「……教えない」
サクちゃんはふいっと横を向いて、琴子に背を向けた。
「えー」
琴子が不満の声を上げると、
「サキちゃんも早く寝な。起きたらまた抱いてやるから」
サクちゃんが不機嫌そうに言い捨てた。取り付く島もない。
「なんですか、それ……」
サクちゃんは応えない。
琴子が気を揉んでいるうちに、いつしか彼の寝息が聞こえてきたものだから。琴子もあきらめて横になったのだった。
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