19 / 43
あの夜
あの夜(1)
しおりを挟む
「ハハ、ハ…………」
ひと頻り笑ってしまうと、もう笑っているのか、泣いているのか、自分でもわからなくなった。火神は身を起こして、目尻に滲んだ涙を指先で拭った。
せっかく仮眠しようと思っていたのに、とても眠れそうにない。
火神は立ち上がると、さっきまで自分が横になっていた布団を跨いで、窓のそばへと移動した。その窓は校庭に面していて、カーテンを開くと、闇に沈んだ校庭が一望できる。
仮眠室から漏れ出た明かりが、校庭の端っこに転がっていたサッカーボールに影を作った。それ以外には人影ひとつない。
火神は校庭の隅にひっそりと佇む屋外プールに目を向けた。
――あの日。
プールサイドで、初めてひな子に触れた日のことを思い出す。
あの夏の夜も、火神はこの窓からプールを見ていた。
今よりはもう少し早い時間帯だったかもしれない……プールの隣に設置された更衣室の辺りでチラついた、小さな光。
こんな時間に誰かいるのか……不審に思いながら、火神は懐中電灯を片手にプールへと向かった。
施錠されているはずの更衣室の扉が開いている。
室内に明かりを向けると、壁に沿ってずらりと並べて置かれたスチール製のロッカーが浮かび上がった。
懐中電灯の光を部屋の中央へと向けると、乱雑に散らかった床が目に入る。
そこには、何本かのビールの空き缶が転がっていた。缶の口にはタバコの吸い殻が無造作に突っ込まれている。さらに何個か散らばった……コンドームの空き袋。
「おいおい……何だよ、これ」
火神が言葉をなくして立ち尽くしていると――
ちゃぽん、という水音が耳をついた。
「……誰か、いるのか……?」
顔を顰めて舌打ちしながら、火神は音のしたプールの方へと足を向けた。
(まったく、面倒なことになったな……)
深夜の学校への侵入も、酒も、タバコも、セックスも……見つけてしまったからには、教師として放置するわけにはいかない。生徒の仕業なら事実を確認し、然るべき処分と指導をしなければならない。
(そういうの、苦手なんだよ……)
化学のことならいくらでも教えてやれるが、道徳やら倫理やら……そういったものはどう教えていいかわからない。そもそも誰かに偉そうなことを言えるほど、自分も立派な人間ではないというのに……。
火神が重い気分でプールサイドに足を踏み入れると、青い水面にひとりの女が浮かんでいるのが目に入った。月明かりに照らされて、そこだけスポットライトが当たっているみたいに、灰白く浮かび上がっている。
「おいっ……大丈夫か!?」
火神は懐中電灯を放り出すと、血相を変えてプールの中へと飛び込んだ。
身じろぎもせず、ただ水の動きに任せて揺れているその女が、死体のように思えたのだ。
水を含んで纏わりつく衣服に難儀しながらも、火神は何とか女の浮かぶプールの中ほどまで辿り着いた。
「っ……! お前は……」
女の顔を見た火神が、小さく息を呑む。
――女は、三年A組の羽澄ひな子だった。
「羽澄っ! おい、大丈夫か?! しっかりしろ!」
火神が軽く頬を叩いても、焦点の合わない目でどこか遠くを見つめているひな子。彼女の視線を追って上を見やると、そこにはぼんやりと白い光を放つ月があった。
「月が……視てる」
ひな子の口が幽かに動いた。
「……え?」
火神が聞き返すと、ひな子はそこで初めて彼の存在に気づいたのか……驚いたように目を大きく見開いた。
火神の姿を映した瞳が、怯えたようにふるふると震える。正気を取り戻した目に、じわじわと涙が溜まっていく。
「ぁ……か、がみ、せんせ……? ……なんで、ここ……に」
唇をわななかせながら、言葉にならない言葉を紡ぐひな子。震えるその唇が、火神にはやけに赤く見えた。
「……とにかく、上がれ」
きつめの口調でそう言うと、火神はひな子の腕を掴むと強く引っ張って、水の中を進んだ。ひな子は引きずられるがまま、火神の後をついていく。
水から上がると、ひな子は浜辺に打ち上げられた人魚のように、力なくプールサイドに倒れ込んだ。しなやかに伸びる白い脚が、月明かりの下、まるで人魚の尾のように輝いている。
火神はその白い脚に目を奪われた。
細い足首、程よく筋肉のついたふくらはぎ、そして、引き締まった太腿……。
吸いつけられたように、目が離せなかった。
さらに目線を上へ辿ると、くびれた腰から、なだらかな曲線を描いて大きく盛り上がる胸元が嫌でも目に入ってくる。
(どこを見てるんだ、俺は……。生徒だぞ……!)
そう思うのに、濡れた水着の中で窮屈そうに息づく、その柔らかそうな白い双丘から、どうしても目を逸らせない……。
(……触りたい)
身体の中心に血が集まって、熱を帯びる。
(何を考えてるんだ……相手は生徒なんだぞ)
頭の隅で、なけなしの理性が囁いている。
(わかってる)
わかってるんだ。だけど――
(触りたい、触りたい、触りたい……)
自分でも気がつかないうちに、火神の身体が動いていた。
そして――
気づいた時には、もう遅かった。
濡れたプールサイドでぐちゃぐちゃになりながら、羽澄ひな子を……犯していた。
ひと頻り笑ってしまうと、もう笑っているのか、泣いているのか、自分でもわからなくなった。火神は身を起こして、目尻に滲んだ涙を指先で拭った。
せっかく仮眠しようと思っていたのに、とても眠れそうにない。
火神は立ち上がると、さっきまで自分が横になっていた布団を跨いで、窓のそばへと移動した。その窓は校庭に面していて、カーテンを開くと、闇に沈んだ校庭が一望できる。
仮眠室から漏れ出た明かりが、校庭の端っこに転がっていたサッカーボールに影を作った。それ以外には人影ひとつない。
火神は校庭の隅にひっそりと佇む屋外プールに目を向けた。
――あの日。
プールサイドで、初めてひな子に触れた日のことを思い出す。
あの夏の夜も、火神はこの窓からプールを見ていた。
今よりはもう少し早い時間帯だったかもしれない……プールの隣に設置された更衣室の辺りでチラついた、小さな光。
こんな時間に誰かいるのか……不審に思いながら、火神は懐中電灯を片手にプールへと向かった。
施錠されているはずの更衣室の扉が開いている。
室内に明かりを向けると、壁に沿ってずらりと並べて置かれたスチール製のロッカーが浮かび上がった。
懐中電灯の光を部屋の中央へと向けると、乱雑に散らかった床が目に入る。
そこには、何本かのビールの空き缶が転がっていた。缶の口にはタバコの吸い殻が無造作に突っ込まれている。さらに何個か散らばった……コンドームの空き袋。
「おいおい……何だよ、これ」
火神が言葉をなくして立ち尽くしていると――
ちゃぽん、という水音が耳をついた。
「……誰か、いるのか……?」
顔を顰めて舌打ちしながら、火神は音のしたプールの方へと足を向けた。
(まったく、面倒なことになったな……)
深夜の学校への侵入も、酒も、タバコも、セックスも……見つけてしまったからには、教師として放置するわけにはいかない。生徒の仕業なら事実を確認し、然るべき処分と指導をしなければならない。
(そういうの、苦手なんだよ……)
化学のことならいくらでも教えてやれるが、道徳やら倫理やら……そういったものはどう教えていいかわからない。そもそも誰かに偉そうなことを言えるほど、自分も立派な人間ではないというのに……。
火神が重い気分でプールサイドに足を踏み入れると、青い水面にひとりの女が浮かんでいるのが目に入った。月明かりに照らされて、そこだけスポットライトが当たっているみたいに、灰白く浮かび上がっている。
「おいっ……大丈夫か!?」
火神は懐中電灯を放り出すと、血相を変えてプールの中へと飛び込んだ。
身じろぎもせず、ただ水の動きに任せて揺れているその女が、死体のように思えたのだ。
水を含んで纏わりつく衣服に難儀しながらも、火神は何とか女の浮かぶプールの中ほどまで辿り着いた。
「っ……! お前は……」
女の顔を見た火神が、小さく息を呑む。
――女は、三年A組の羽澄ひな子だった。
「羽澄っ! おい、大丈夫か?! しっかりしろ!」
火神が軽く頬を叩いても、焦点の合わない目でどこか遠くを見つめているひな子。彼女の視線を追って上を見やると、そこにはぼんやりと白い光を放つ月があった。
「月が……視てる」
ひな子の口が幽かに動いた。
「……え?」
火神が聞き返すと、ひな子はそこで初めて彼の存在に気づいたのか……驚いたように目を大きく見開いた。
火神の姿を映した瞳が、怯えたようにふるふると震える。正気を取り戻した目に、じわじわと涙が溜まっていく。
「ぁ……か、がみ、せんせ……? ……なんで、ここ……に」
唇をわななかせながら、言葉にならない言葉を紡ぐひな子。震えるその唇が、火神にはやけに赤く見えた。
「……とにかく、上がれ」
きつめの口調でそう言うと、火神はひな子の腕を掴むと強く引っ張って、水の中を進んだ。ひな子は引きずられるがまま、火神の後をついていく。
水から上がると、ひな子は浜辺に打ち上げられた人魚のように、力なくプールサイドに倒れ込んだ。しなやかに伸びる白い脚が、月明かりの下、まるで人魚の尾のように輝いている。
火神はその白い脚に目を奪われた。
細い足首、程よく筋肉のついたふくらはぎ、そして、引き締まった太腿……。
吸いつけられたように、目が離せなかった。
さらに目線を上へ辿ると、くびれた腰から、なだらかな曲線を描いて大きく盛り上がる胸元が嫌でも目に入ってくる。
(どこを見てるんだ、俺は……。生徒だぞ……!)
そう思うのに、濡れた水着の中で窮屈そうに息づく、その柔らかそうな白い双丘から、どうしても目を逸らせない……。
(……触りたい)
身体の中心に血が集まって、熱を帯びる。
(何を考えてるんだ……相手は生徒なんだぞ)
頭の隅で、なけなしの理性が囁いている。
(わかってる)
わかってるんだ。だけど――
(触りたい、触りたい、触りたい……)
自分でも気がつかないうちに、火神の身体が動いていた。
そして――
気づいた時には、もう遅かった。
濡れたプールサイドでぐちゃぐちゃになりながら、羽澄ひな子を……犯していた。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さな恋のトライアングル
葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児
わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係
人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった
*✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻*
望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL
五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長
五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる