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お仕置きは、車の中で……
お仕置きは、車の中で……(1)
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校舎を出ると、生温かい風がひな子の肌をねっとりと撫でた。シワになったスカートがかすかに揺れる。
九月も半ばだというのに、むぅっと蒸せるような風はまだ夏の名残を色濃く残しているようだった。ようやく沈みかけた太陽が、空を赤黒く染めている。
火神に解された身体の火照りはなかなか引いてくれなくて……。
ひな子は目と頬を赤らめたまま、校門に向かって足を速めた。
「あ、ひな子!」
うつむき加減で校門を通り過ぎようとしたひな子を聞き覚えのある声が呼び止めた。
「……龍ちゃん?」
声のした方に顔を向けると、龍一郎が笑いながら、大きく手を振っていた。ひな子を安心させるいつもの笑顔だ。
「龍ちゃ……」
龍一郎の元へと駆け寄ろうとしたひな子の足が止まる。
彼の傍らに、二つの人影が見えたからだ。ひな子のいる位置からは後ろ姿しか見えないが――。
肩より少し長いくらいの柔らかそうな栗色の髪の毛。
ライトブルーのブラウスにネイビーのタイトスカート。
スカートから覗くスラっとした長い脚。
――英語の真山先生だ。
龍一郎の声に促されるように、真山が振り向いた。ひな子の姿を認めて、一瞬、感情の読めない無表情を見せたかと思うと、
「あら、羽澄さん」
ニィっと赤い唇を大きく三日月の形に歪めて、親し気にひな子の名を呼んだ。
ひな子の肩が本能的にビクリと震える。
真山の隣にはもう一人……背の高い肩幅のがっしりとした男の影。
「よぉ、羽澄。久しぶり」
なれなれしい調子で声をかけてきたその男は、脇田勝利。
「勝利」と書いて「かつとし」と読む。この高校のOBで、今でもたまにコーチとして水泳部の練習を見に来ることがある。数年前までは日本でもトップレベルの選手だった。
「そうそう、羽澄さんには前に話したかもしれないけど。脇田くんとは高校のときの同級生なの」
真山はそう言うと、同意を求めるかのように脇田の太い腕に手を置いた。
「あぁ。けっこう長い付き合いだよな」
脇田は真山に笑いかけながら、彼女のくびれた腰に手を回した。
「ちょっとぉ、近すぎ」
脇田を軽く睨みながら、やんわりと抗議した真山が身をよじらせて距離を取る。
「はいはい。すいませんねぇ、真山先生」
わざとらしい口ぶりで真山のことを『先生』と呼んだ脇田が、彼女の腰から手を離した。
このとき……脇田の無骨な手が、真山の尻をひと撫でしたことを、ひな子は見逃さなかった。
「あれ、ひな子」
一歩下がって真山と脇田のやり取りを見ていた龍一郎がひな子の肩に手を置いた。腰をかがめて目線を落とすと、ひな子の顔をまっすぐに見つめた。
「なんか、目が赤いぞ。……もしかして、泣いてた?」
ひな子の顔を覗きこみながら、龍一郎が気づかわしげな声で尋ねる。子供の頃から変わらない優しい声だった。
「え……ううん、大丈夫……泣いてなんかないよ。ちょっとまつ毛が入っただけ」
火神の胸の中で泣いていた……なんて、言えるわけない。
ひな子は龍一郎に向かって、笑って見せた。
「なら、いいけど。そういえば、なんでこんな時間まで残ってたんだ?」
龍一郎が首を傾げながら聞いてくる。龍一郎のことだから単純に疑問を口にしただけで、そこになんの他意もないのだろう。
「うん、ちょっと……補習で」
罰の悪いひな子は言いづらそうに答えてから、龍一郎の顔をちらっと見やった。
「補習? 何の?」
「……化学」
ひな子は目の前にいる龍一郎にしか聞こえないくらいの小さな声で答えた。
しかし――。
「化学って……火神先生?」
耳ざとく聞き咎めた真山が、案の定、火神の名前を口にする。
「…………はい」
ひな子は下を向いた。真山の顔が見れない。突き刺さるような視線をひしひしと感じていた。
「そう……。羽澄さん、火神先生と仲が良いものね」
真山は笑っていた。
本来なら周囲の人間を虜にせずにはいられない魅力的な笑顔も、ひな子にとっては不気味以外のなにものでもない。
「なぁなぁ。『カガミ』って、衣梨奈が”狙ってる”って言ってた男か?」
話に割り込んできた脇田がニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。彼が真山を下の名前で呼んだことで、脇田と真山の親密さがうかがえた。
「ちょっと! 生徒の前でなに言ってんの!?」
声を荒げた真山があわてて手を伸ばし、脇田の口を塞いだ。
いつもは隙のない真山先生が見せた意外な様子に、
「なぁんだ、やっぱりそうなんだ……」
龍一郎が残念そうに肩を落とした。
わかりやすくショックを受けている姿に、ひな子はモヤモヤとしてしまう。
「女子の間でも人気あるもんなぁ、火神先生。そんなにいいか……? なぁ、ひな子?」
「え……!?」
いきなり話を振られたひな子の声が裏返る。
「はぁ~。ひな子も火神派かぁ」
大きなため息をつきながら、ガクリと首を垂れる龍一郎。
「は……なに言ってんの? 私は、」
「まぁ、どっちでもいいけど」
「え……」
龍一郎の気のない言いぐさに……ひな子の胸がチクリと痛んだ。
「じゃあ、オレたちはそろそろ失礼します。行こうぜ、ひな子」
龍一郎は真山たちに向かって一礼すると、そそくさと背中を向けて大股で歩いていく。
「はい、さようなら」
いつもの調子を取り戻した真山が、澄ました声で挨拶する。
「あ、龍ちゃん……待って!」
龍一郎の後を追おうとしたひな子の手首を、脇田がつかんだ。
「羽澄……またな」
脇田につかまれた手首が痛い。
ひな子の頬を一筋の汗が伝った。
別れ際。
脇田の大手がひな子の尻をひと撫でしたことには……真山も龍一郎も気付いていないようだった。
校舎を出ると、生温かい風がひな子の肌をねっとりと撫でた。シワになったスカートがかすかに揺れる。
九月も半ばだというのに、むぅっと蒸せるような風はまだ夏の名残を色濃く残しているようだった。ようやく沈みかけた太陽が、空を赤黒く染めている。
火神に解された身体の火照りはなかなか引いてくれなくて……。
ひな子は目と頬を赤らめたまま、校門に向かって足を速めた。
「あ、ひな子!」
うつむき加減で校門を通り過ぎようとしたひな子を聞き覚えのある声が呼び止めた。
「……龍ちゃん?」
声のした方に顔を向けると、龍一郎が笑いながら、大きく手を振っていた。ひな子を安心させるいつもの笑顔だ。
「龍ちゃ……」
龍一郎の元へと駆け寄ろうとしたひな子の足が止まる。
彼の傍らに、二つの人影が見えたからだ。ひな子のいる位置からは後ろ姿しか見えないが――。
肩より少し長いくらいの柔らかそうな栗色の髪の毛。
ライトブルーのブラウスにネイビーのタイトスカート。
スカートから覗くスラっとした長い脚。
――英語の真山先生だ。
龍一郎の声に促されるように、真山が振り向いた。ひな子の姿を認めて、一瞬、感情の読めない無表情を見せたかと思うと、
「あら、羽澄さん」
ニィっと赤い唇を大きく三日月の形に歪めて、親し気にひな子の名を呼んだ。
ひな子の肩が本能的にビクリと震える。
真山の隣にはもう一人……背の高い肩幅のがっしりとした男の影。
「よぉ、羽澄。久しぶり」
なれなれしい調子で声をかけてきたその男は、脇田勝利。
「勝利」と書いて「かつとし」と読む。この高校のOBで、今でもたまにコーチとして水泳部の練習を見に来ることがある。数年前までは日本でもトップレベルの選手だった。
「そうそう、羽澄さんには前に話したかもしれないけど。脇田くんとは高校のときの同級生なの」
真山はそう言うと、同意を求めるかのように脇田の太い腕に手を置いた。
「あぁ。けっこう長い付き合いだよな」
脇田は真山に笑いかけながら、彼女のくびれた腰に手を回した。
「ちょっとぉ、近すぎ」
脇田を軽く睨みながら、やんわりと抗議した真山が身をよじらせて距離を取る。
「はいはい。すいませんねぇ、真山先生」
わざとらしい口ぶりで真山のことを『先生』と呼んだ脇田が、彼女の腰から手を離した。
このとき……脇田の無骨な手が、真山の尻をひと撫でしたことを、ひな子は見逃さなかった。
「あれ、ひな子」
一歩下がって真山と脇田のやり取りを見ていた龍一郎がひな子の肩に手を置いた。腰をかがめて目線を落とすと、ひな子の顔をまっすぐに見つめた。
「なんか、目が赤いぞ。……もしかして、泣いてた?」
ひな子の顔を覗きこみながら、龍一郎が気づかわしげな声で尋ねる。子供の頃から変わらない優しい声だった。
「え……ううん、大丈夫……泣いてなんかないよ。ちょっとまつ毛が入っただけ」
火神の胸の中で泣いていた……なんて、言えるわけない。
ひな子は龍一郎に向かって、笑って見せた。
「なら、いいけど。そういえば、なんでこんな時間まで残ってたんだ?」
龍一郎が首を傾げながら聞いてくる。龍一郎のことだから単純に疑問を口にしただけで、そこになんの他意もないのだろう。
「うん、ちょっと……補習で」
罰の悪いひな子は言いづらそうに答えてから、龍一郎の顔をちらっと見やった。
「補習? 何の?」
「……化学」
ひな子は目の前にいる龍一郎にしか聞こえないくらいの小さな声で答えた。
しかし――。
「化学って……火神先生?」
耳ざとく聞き咎めた真山が、案の定、火神の名前を口にする。
「…………はい」
ひな子は下を向いた。真山の顔が見れない。突き刺さるような視線をひしひしと感じていた。
「そう……。羽澄さん、火神先生と仲が良いものね」
真山は笑っていた。
本来なら周囲の人間を虜にせずにはいられない魅力的な笑顔も、ひな子にとっては不気味以外のなにものでもない。
「なぁなぁ。『カガミ』って、衣梨奈が”狙ってる”って言ってた男か?」
話に割り込んできた脇田がニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。彼が真山を下の名前で呼んだことで、脇田と真山の親密さがうかがえた。
「ちょっと! 生徒の前でなに言ってんの!?」
声を荒げた真山があわてて手を伸ばし、脇田の口を塞いだ。
いつもは隙のない真山先生が見せた意外な様子に、
「なぁんだ、やっぱりそうなんだ……」
龍一郎が残念そうに肩を落とした。
わかりやすくショックを受けている姿に、ひな子はモヤモヤとしてしまう。
「女子の間でも人気あるもんなぁ、火神先生。そんなにいいか……? なぁ、ひな子?」
「え……!?」
いきなり話を振られたひな子の声が裏返る。
「はぁ~。ひな子も火神派かぁ」
大きなため息をつきながら、ガクリと首を垂れる龍一郎。
「は……なに言ってんの? 私は、」
「まぁ、どっちでもいいけど」
「え……」
龍一郎の気のない言いぐさに……ひな子の胸がチクリと痛んだ。
「じゃあ、オレたちはそろそろ失礼します。行こうぜ、ひな子」
龍一郎は真山たちに向かって一礼すると、そそくさと背中を向けて大股で歩いていく。
「はい、さようなら」
いつもの調子を取り戻した真山が、澄ました声で挨拶する。
「あ、龍ちゃん……待って!」
龍一郎の後を追おうとしたひな子の手首を、脇田がつかんだ。
「羽澄……またな」
脇田につかまれた手首が痛い。
ひな子の頬を一筋の汗が伝った。
別れ際。
脇田の大手がひな子の尻をひと撫でしたことには……真山も龍一郎も気付いていないようだった。
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