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誰もいない更衣室で……
誰もいない更衣室で……(1)
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*****
「あぁ~……疲れた」
体操着の胸元をぱたぱたと扇ぎながら、果穂がげんなりと呻いた。
薄い雲が太陽を覆っているせいで陽射しは強くないが、九月も半ばだと言うのに、まとわりつくような蒸し暑さは一向に変わらない。
おまけに体育の授業では三キロほど走らされて汗だくだ。汗のせいで湿った体操着が肌に張り付いて気持ち悪い。
「……いいなぁ」
ひな子の胸の辺りにじっと熱い視線を送っていた果穂がぼそっと呟いた。
「何が?」
ひな子の問いかけに、果穂は無言で自身の胸元へと視線を落とした。ほとんど凹凸のない小学生の女の子のような胸を見て、果穂の口から「はあぁ~」と大きな溜息が漏れる。
「いいな、いいな、巨乳いいなぁ」
「なに言ってんの、胸なんてない方がいいよ。肩は凝るし、太って見えるし……ジャマなだけ!」
さっきの体育の授業だって、走るたびに胸が揺れて痛いくらいだったのだ。
「えぇ~……でもやっぱり憧れるよぉ。ねぇ、ちょっと触ってもいい?」
「は? ヤダ」
「いいじゃん、ちょっとくらい。ひなのケチ~。どうせ水島くんには毎日揉まれてるんでしょ?」
ニヤニヤと笑いながら果穂がからかう。
「あのねぇ……何回も言ってるけど、龍ちゃんとはそういう関係じゃないから」
呆れたように答えながら、ひな子は自分の胸に目を落とす。
この柔肉を好きなように弄んだ男たちの顔が思い浮かんだ。こりこりと固くなった先端を執拗に嬲った指の感触がよみがえって、ひな子の身体の中心がじわりと疼いた。
「それより、早く着替えよ。帰りのホームルームに遅れちゃう」
雑念を振り払うようにひな子は果穂を追い立てて、校庭のはずれにある旧更衣室へと向かった。
半年ほど前に新しい更衣室が校舎の近くに建てられたのだが、ひな子も果穂も使い慣れた古い更衣室の方が好きだった。今年入った一年生なんかはそもそもこの更衣室の存在すら知らないらしく、おかげで使う人が少なくて気楽なのだ。少々長居しようが、場所を広く使おうが、文句を言われることもない。
「あ、真山」
果穂が更衣室の方向からこちらに向かって歩いてきた真山先生に気付いて呟いた。
若くて美人な真山先生は男子からの人気は絶大だが、女子の間での評判は悪い。果穂もあまり良い印象を持ってはいないようだった。まぁ、ほとんどはただのやっかみだが……。
「あら、羽澄さん」
こちらに気付いた真山がひな子を呼び止めた。
コーラルピンクのサマーニットにライトグレーのフレアスカート。ぴったりとしたニットが、大きすぎず、小さすぎず……程よい大きさのバストを強調している。
「六限は体育だったの? おつかれさま」
「はぁ……」
真山は親し気に話しかけてくるが、ひな子にとってはその馴れ馴れしい態度が不気味で仕方なかった。ちなみに隣にいる果穂のことは完全にスルーだ。
「羽澄さんは水泳部なんだよね? 水島くんが言ってたわ」
「龍ちゃんが……」
龍一郎が今さらひな子のことを自分からべらべら話すとも思えない。
真山が聞き出したのだろうか……?
美人女教師に話しかけられてデレデレと鼻の下を伸ばす龍一郎の顔が頭に浮かんで、ひな子は暗くなった。
「実は私の高校時代の同級生が水泳部のコーチをやってるみたいなの。今度、応援に行かなきゃね。水島くんも『来て来て』って、うるさいし」
人懐っこい龍一郎のことだ。真山にも犬のようにじゃれついているのだろう。
そう思うと、ひな子のテンションがまた下がった。
「はい、あの……ありがとうございます。龍ちゃんも喜ぶと思います……」
何と言っていいかわからないので、とりあえず礼を言っておく。
「ひ~な、早く行こ! 時間なくなっちゃうよ」
自分の存在を無視された果穂が苛立ったようにひな子の腕を引いた。
「そうだった! じゃあ、失礼します」
ひな子は真山から逃れる理由を作ってくれた果穂に感謝しつつ、軽く頭を下げて真山の脇を通りすぎようとした、が――。
「待って、羽澄さん」
真山に呼び止められてしまった。
「ねぇ……火神先生、知らない?」
「え……」
唐突に火神の名前を出されて、ひな子の足が固まる。
「こちらの方に歩いていくのを見かけた気がしたんだけど……。羽澄さん、知らないかな?」
首をかしげた真山の動きに合わせて、栗色の柔らかそうな髪の毛が揺れた。
「知りません、けど」
「あら、そう……。おかしいわね、どこ行ったのかしら」
真山はぶつぶつと呟きながら、ひな子に意味ありげな視線を向けてくる。
まるでひな子が火神の居場所を知っているのに隠しているとでも言いたいみたいだ。
「私たち、火神先生なんて見てませんから。行こう、ひな!」
果穂がピシャリと告げて、ひな子を急き立てた。そのおかげで、ひな子はようやく真山から解放されたのだった。
*****
「あれ? おかしいな……」
首を捻りながら、ひな子が呟いた。
「どうしたの?」
「……ネックレスが、見当たらないんだよね」
「あぁ、あのいつも付けてるやつ? 水島くんに貰ったっていう……」
「ひな、毎日付けてるよねぇ~」と、またもや果穂がニヤニヤと面白がって冷やかしてくるが、それどころではなかった。
そのネックレスは去年の誕生日に龍一郎がくれたもので、四つ葉のクローバーをモチーフにしたデザインに、小さなアクアブルーの石が付いている。龍一郎がそんなプレゼントをくれるなんて初めてのことで、ひな子は内心飛び上がるほど嬉しかった。値段はわからないけれど、それがたとえ百円であったとしても、ひな子にとっては大切な宝物だった。
それくらい大切なものなのに、どこに消えてしまったのだろう……。
果穂にも手伝ってもらい、ロッカーの隙間からゴミ箱の中まで漁ったというのに全然見つからない。
「私、もうちょっと探してみるから……。果穂は先に行ってて」
ひな子は着替えるのも忘れて、誰もいなくなった更衣室の中を必死になって探しまわった。
「うそ……。なんでないの……?」
ひな子がひとり、泣きそうになっていると――
「きゃ……っ!」
後ろから伸びてきた大きな手が、彼女の口をふさいだ。
「あぁ~……疲れた」
体操着の胸元をぱたぱたと扇ぎながら、果穂がげんなりと呻いた。
薄い雲が太陽を覆っているせいで陽射しは強くないが、九月も半ばだと言うのに、まとわりつくような蒸し暑さは一向に変わらない。
おまけに体育の授業では三キロほど走らされて汗だくだ。汗のせいで湿った体操着が肌に張り付いて気持ち悪い。
「……いいなぁ」
ひな子の胸の辺りにじっと熱い視線を送っていた果穂がぼそっと呟いた。
「何が?」
ひな子の問いかけに、果穂は無言で自身の胸元へと視線を落とした。ほとんど凹凸のない小学生の女の子のような胸を見て、果穂の口から「はあぁ~」と大きな溜息が漏れる。
「いいな、いいな、巨乳いいなぁ」
「なに言ってんの、胸なんてない方がいいよ。肩は凝るし、太って見えるし……ジャマなだけ!」
さっきの体育の授業だって、走るたびに胸が揺れて痛いくらいだったのだ。
「えぇ~……でもやっぱり憧れるよぉ。ねぇ、ちょっと触ってもいい?」
「は? ヤダ」
「いいじゃん、ちょっとくらい。ひなのケチ~。どうせ水島くんには毎日揉まれてるんでしょ?」
ニヤニヤと笑いながら果穂がからかう。
「あのねぇ……何回も言ってるけど、龍ちゃんとはそういう関係じゃないから」
呆れたように答えながら、ひな子は自分の胸に目を落とす。
この柔肉を好きなように弄んだ男たちの顔が思い浮かんだ。こりこりと固くなった先端を執拗に嬲った指の感触がよみがえって、ひな子の身体の中心がじわりと疼いた。
「それより、早く着替えよ。帰りのホームルームに遅れちゃう」
雑念を振り払うようにひな子は果穂を追い立てて、校庭のはずれにある旧更衣室へと向かった。
半年ほど前に新しい更衣室が校舎の近くに建てられたのだが、ひな子も果穂も使い慣れた古い更衣室の方が好きだった。今年入った一年生なんかはそもそもこの更衣室の存在すら知らないらしく、おかげで使う人が少なくて気楽なのだ。少々長居しようが、場所を広く使おうが、文句を言われることもない。
「あ、真山」
果穂が更衣室の方向からこちらに向かって歩いてきた真山先生に気付いて呟いた。
若くて美人な真山先生は男子からの人気は絶大だが、女子の間での評判は悪い。果穂もあまり良い印象を持ってはいないようだった。まぁ、ほとんどはただのやっかみだが……。
「あら、羽澄さん」
こちらに気付いた真山がひな子を呼び止めた。
コーラルピンクのサマーニットにライトグレーのフレアスカート。ぴったりとしたニットが、大きすぎず、小さすぎず……程よい大きさのバストを強調している。
「六限は体育だったの? おつかれさま」
「はぁ……」
真山は親し気に話しかけてくるが、ひな子にとってはその馴れ馴れしい態度が不気味で仕方なかった。ちなみに隣にいる果穂のことは完全にスルーだ。
「羽澄さんは水泳部なんだよね? 水島くんが言ってたわ」
「龍ちゃんが……」
龍一郎が今さらひな子のことを自分からべらべら話すとも思えない。
真山が聞き出したのだろうか……?
美人女教師に話しかけられてデレデレと鼻の下を伸ばす龍一郎の顔が頭に浮かんで、ひな子は暗くなった。
「実は私の高校時代の同級生が水泳部のコーチをやってるみたいなの。今度、応援に行かなきゃね。水島くんも『来て来て』って、うるさいし」
人懐っこい龍一郎のことだ。真山にも犬のようにじゃれついているのだろう。
そう思うと、ひな子のテンションがまた下がった。
「はい、あの……ありがとうございます。龍ちゃんも喜ぶと思います……」
何と言っていいかわからないので、とりあえず礼を言っておく。
「ひ~な、早く行こ! 時間なくなっちゃうよ」
自分の存在を無視された果穂が苛立ったようにひな子の腕を引いた。
「そうだった! じゃあ、失礼します」
ひな子は真山から逃れる理由を作ってくれた果穂に感謝しつつ、軽く頭を下げて真山の脇を通りすぎようとした、が――。
「待って、羽澄さん」
真山に呼び止められてしまった。
「ねぇ……火神先生、知らない?」
「え……」
唐突に火神の名前を出されて、ひな子の足が固まる。
「こちらの方に歩いていくのを見かけた気がしたんだけど……。羽澄さん、知らないかな?」
首をかしげた真山の動きに合わせて、栗色の柔らかそうな髪の毛が揺れた。
「知りません、けど」
「あら、そう……。おかしいわね、どこ行ったのかしら」
真山はぶつぶつと呟きながら、ひな子に意味ありげな視線を向けてくる。
まるでひな子が火神の居場所を知っているのに隠しているとでも言いたいみたいだ。
「私たち、火神先生なんて見てませんから。行こう、ひな!」
果穂がピシャリと告げて、ひな子を急き立てた。そのおかげで、ひな子はようやく真山から解放されたのだった。
*****
「あれ? おかしいな……」
首を捻りながら、ひな子が呟いた。
「どうしたの?」
「……ネックレスが、見当たらないんだよね」
「あぁ、あのいつも付けてるやつ? 水島くんに貰ったっていう……」
「ひな、毎日付けてるよねぇ~」と、またもや果穂がニヤニヤと面白がって冷やかしてくるが、それどころではなかった。
そのネックレスは去年の誕生日に龍一郎がくれたもので、四つ葉のクローバーをモチーフにしたデザインに、小さなアクアブルーの石が付いている。龍一郎がそんなプレゼントをくれるなんて初めてのことで、ひな子は内心飛び上がるほど嬉しかった。値段はわからないけれど、それがたとえ百円であったとしても、ひな子にとっては大切な宝物だった。
それくらい大切なものなのに、どこに消えてしまったのだろう……。
果穂にも手伝ってもらい、ロッカーの隙間からゴミ箱の中まで漁ったというのに全然見つからない。
「私、もうちょっと探してみるから……。果穂は先に行ってて」
ひな子は着替えるのも忘れて、誰もいなくなった更衣室の中を必死になって探しまわった。
「うそ……。なんでないの……?」
ひな子がひとり、泣きそうになっていると――
「きゃ……っ!」
後ろから伸びてきた大きな手が、彼女の口をふさいだ。
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