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夜のプールサイドで……
夜のプールサイドで……(2)
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「ひな! 久しぶり」
夏休み明けの学校でひな子に声をかけてきたのは、クラスメイトの相澤果穂だ。
休み前と変わらない友達の笑顔にほっとする。ひな子も笑顔で挨拶を返すと、ふたりは並んで始業式の行われる体育館へと足を向けた。
「どうだった、夏休みは?」
果穂がひな子に向かって笑いかけた。ひな子より十センチほど小柄な果穂の目線は自然と上目づかいになる。彼女のこうした仕草を見ると、ひな子はいつも人懐っこい小型犬を思い出した。
「夏休みっていっても、ほとんど夏期講習でつぶれちゃったよ」
ひな子が眉を下げながら答える。
「だよねぇ……まぁ受験生だし、仕方ないか。部活は? もう引退したんだっけ?」
果穂が思い出したように尋ねると、
「うん……。まぁ私は大した選手でもないし、誰かと違ってスポーツ推薦なんて無理だから、普通に勉強しないとね」
ひな子は水泳部だった。学校での部活動とは別に、子供の頃からスイミングスクールにも通っている。受験生ということもあって最近はほとんど通えていないけれど。
もともとは仲の良い幼なじみに誘われて何となく始めたことではあったが、長年打ち込んできただけに、これといった成績を残せなかったことは少しだけ悔しかった。
「そっかぁ、残念だね。ひな子の水着姿が見れなくなるなんて」
「もう、なにバカなこと言ってんの」
「だって、すっごくスタイルいいんだもん! いいなぁ、うらやましいなぁ……って、いつも思ってたの!」
「え、そんな不純な目で見てたの!?」
ひな子と果穂がじゃれ合いながら歩いていると、通路いっぱいに広がって廊下を塞いでいる集団に出くわした。近くまで来ると、何種類かの種類が混ざったような化粧品の匂いが鼻をつく。朝だというのにメイクもばっちりの彼女たちはひな子と同じ三年生である。
そんな華やかな集団の中央には、彼女たちより頭ひとつ分ほど背の高い男性の姿があった。すらっとした長身に、軽く羽織った白衣がよく映えている。
「火神先生、今日も大人気だね」
取り巻きの集団を見た果穂が呆れたように呟いた。
「……うん。まぁ、他に若い男の先生いないし」
ひな子も彼女たちには聞こえないように小さな声で同意する。
火神は化学の先生だ。年配の教師が多いこの学校では貴重な二十代である。
そのせいか女子生徒にすごく人気があって、今も先生の周りを派手めな女子たちが取り囲んでいる。集団の中でも気の強そうな女の子が、絡みつくように先生の腕を抱き込んで自分の胸を押しつけていた。他のメンバーたちも嬉しそうに先生の顔を見つめている。
「でも火神先生なら、『先生』っていうオプションがなくてもモテモテだよねぇ、きっと」
「そう……だね」
果穂の皮肉に頷きつつ、ひな子は改めて火神先生に目を向けた。
涼しげな奥二重の目元に、すっと通った鼻筋。滑らかそうな白い肌。形の良い薄い唇は何も塗っていないだろうに赤く艶めいて見える。
――綺麗な男。
ひな子が釘付けになったようにその場に立ち止まっていると。
彼女の視線に気づいたらしい先生がチラリ、と目を上げた。
「ひな、行こう。遅れちゃうよ!」
果穂が急かすように、ひな子の腕を引いた。我に返ったひな子があわてて廊下の端に寄りながら集団を行き過ぎようとした、その時――。
軽く伸ばした火神先生の指先が、ひな子の腕にそっと触れた。半袖の白いシャツから伸びた、肘のあたり。
それは一瞬のことだった。
果穂にも、先生を取り巻く女の子たちにも……誰にも気づかせないくらいの短い瞬間、刹那の悪戯。
ぞわぞわと、ひな子の身体がざわめきたった。
先生の指が触れたところが……熱い。
ひな子は振り返ったが、先生はもうこちらを見てはいなかった。
あぁ、あの指が。
昨夜、私のことを好きなように弄んだのだ――。
「ひな! 久しぶり」
夏休み明けの学校でひな子に声をかけてきたのは、クラスメイトの相澤果穂だ。
休み前と変わらない友達の笑顔にほっとする。ひな子も笑顔で挨拶を返すと、ふたりは並んで始業式の行われる体育館へと足を向けた。
「どうだった、夏休みは?」
果穂がひな子に向かって笑いかけた。ひな子より十センチほど小柄な果穂の目線は自然と上目づかいになる。彼女のこうした仕草を見ると、ひな子はいつも人懐っこい小型犬を思い出した。
「夏休みっていっても、ほとんど夏期講習でつぶれちゃったよ」
ひな子が眉を下げながら答える。
「だよねぇ……まぁ受験生だし、仕方ないか。部活は? もう引退したんだっけ?」
果穂が思い出したように尋ねると、
「うん……。まぁ私は大した選手でもないし、誰かと違ってスポーツ推薦なんて無理だから、普通に勉強しないとね」
ひな子は水泳部だった。学校での部活動とは別に、子供の頃からスイミングスクールにも通っている。受験生ということもあって最近はほとんど通えていないけれど。
もともとは仲の良い幼なじみに誘われて何となく始めたことではあったが、長年打ち込んできただけに、これといった成績を残せなかったことは少しだけ悔しかった。
「そっかぁ、残念だね。ひな子の水着姿が見れなくなるなんて」
「もう、なにバカなこと言ってんの」
「だって、すっごくスタイルいいんだもん! いいなぁ、うらやましいなぁ……って、いつも思ってたの!」
「え、そんな不純な目で見てたの!?」
ひな子と果穂がじゃれ合いながら歩いていると、通路いっぱいに広がって廊下を塞いでいる集団に出くわした。近くまで来ると、何種類かの種類が混ざったような化粧品の匂いが鼻をつく。朝だというのにメイクもばっちりの彼女たちはひな子と同じ三年生である。
そんな華やかな集団の中央には、彼女たちより頭ひとつ分ほど背の高い男性の姿があった。すらっとした長身に、軽く羽織った白衣がよく映えている。
「火神先生、今日も大人気だね」
取り巻きの集団を見た果穂が呆れたように呟いた。
「……うん。まぁ、他に若い男の先生いないし」
ひな子も彼女たちには聞こえないように小さな声で同意する。
火神は化学の先生だ。年配の教師が多いこの学校では貴重な二十代である。
そのせいか女子生徒にすごく人気があって、今も先生の周りを派手めな女子たちが取り囲んでいる。集団の中でも気の強そうな女の子が、絡みつくように先生の腕を抱き込んで自分の胸を押しつけていた。他のメンバーたちも嬉しそうに先生の顔を見つめている。
「でも火神先生なら、『先生』っていうオプションがなくてもモテモテだよねぇ、きっと」
「そう……だね」
果穂の皮肉に頷きつつ、ひな子は改めて火神先生に目を向けた。
涼しげな奥二重の目元に、すっと通った鼻筋。滑らかそうな白い肌。形の良い薄い唇は何も塗っていないだろうに赤く艶めいて見える。
――綺麗な男。
ひな子が釘付けになったようにその場に立ち止まっていると。
彼女の視線に気づいたらしい先生がチラリ、と目を上げた。
「ひな、行こう。遅れちゃうよ!」
果穂が急かすように、ひな子の腕を引いた。我に返ったひな子があわてて廊下の端に寄りながら集団を行き過ぎようとした、その時――。
軽く伸ばした火神先生の指先が、ひな子の腕にそっと触れた。半袖の白いシャツから伸びた、肘のあたり。
それは一瞬のことだった。
果穂にも、先生を取り巻く女の子たちにも……誰にも気づかせないくらいの短い瞬間、刹那の悪戯。
ぞわぞわと、ひな子の身体がざわめきたった。
先生の指が触れたところが……熱い。
ひな子は振り返ったが、先生はもうこちらを見てはいなかった。
あぁ、あの指が。
昨夜、私のことを好きなように弄んだのだ――。
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