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私のお部屋にいらっしゃらない?
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「リアムったら、あの娘とナニをしていらしたの?」
ビアンカは有無を言わさぬ態度でリアムを宴席に戻すと、べったりと彼に身を寄せて豊満な胸を押しつけてきた。
「仕事のことでちょっと……。大したことではありません、彼女は同僚ですので」
リアムはさりげなく王女の身体を押し戻しながら、当たり障りのない答えを返すしかない。
「ウーゴ! アレをお持ちして」
王女が声を張り上げると、初老の男性が一本のワインを捧げ持って現れた。褐色の肌に白髪が混ざった赤茶色の髪。ビアンカが故国から連れてきた執事らしい。
ウーゴと呼ばれた男はリアムの前にワイングラスを置くと、持ってきたワインをなみなみと注いだ。そのワインは透きとおった赤色に見えたかと思うと、光の加減によって濁った紫色にも見える。
「これはね、セリーニャ特産のワインなの。きっと喜んでいただけると思いますわ」
ビアンカは甘えた口調でそう言うと、ねっとりとした上目遣いでリアムを見つめた。
「は、はい。……いただきます」
王女と目が合わないように気を付けながらリアムは恐る恐るグラスを手に取った。グラスの中で赤紫色の液体が揺れる。
「さぁ、どうぞお飲みになって」
首を伸ばしたビアンカがリアムの耳元で囁く。
王女の呼気が耳穴に吹き込まれて、リアムは思わず肩をすくませた。グラスを持ち上げて、ゆっくりと口元へ運ぶ。唇を縁に付けるとひんやりとした感触。自分の唇に向けられた王女の視線をひしひしと感じて、リアムの額に嫌な汗が浮かんだ。
リアムは「ふぅ」と大きく息をつくと、思い切って、その赤紫色の液体をぐいっと呷った。
――甘い。そして、ほのかに苦い。
「不思議な味ですね。我々の国ではあまりない種類の酒です」
リアムがワインの感想を口にすると、
「そうでしょう? 我が国自慢の一品ですの」
ビアンカはニタリと笑って自分の唇を舐めた。王女の肉感的な赤い唇が濡れて艶めかしく光る。
何気なく王女の唇に目を留めてしまったリアムは、慌てて目を顔を逸らしてもう一度ワインに口を付けた。のどごしの苦味は多少気になるが、不思議と癖になる味だった。
ワインを飲み進めるリアムをビアンカ王女が満足そうに目を細めて見つめている。
ビアンカの熱っぽい視線を避けるように、リアムはますますワインを呷った。
――おかしい。
王女の香水の匂いがやけに鼻につく。
おかしい。
さっきまでは不快でしかなかったその香りを心地よく感じはじめている。
おかしい。
王女の大きく開いた胸元に自然と目が行ってしまう。深紅のドレスは今にもずり落ちそうで、ちょっと指を引っかければ、豊満な乳房がこぼれ落ちそうだった。
おかしい。
そんなことを想像してしまう自分が信じられなくて、リアムは激しく頭を振った。
「どうしたの、リアム? そんなに頭を振ったら、酔いが回ってしまうわ」
ビアンカはリアムの腕を取って自分の胸元へと抱え込んだ。リアムの手のひらを指の先でスリスリとなぞる。
「んっ……」
王女の指に撫でられるたびに、ぞくぞくと粟立つような感覚がリアムの背筋を駆け巡る。
リアムは危険を感じて、王女に抱え込まれた自分の腕を引き抜いた。
「あぁ……っ」
その拍子に王女がよろめいて、テーブルに置かれていた彼女のハンカチがハラリと床へ落ちて、テーブルの下へと入り込んでしまった。
「あっ……申し訳ございません!」
賓客の持ち物を落としてしまうなんて大変な粗相である。リアムは慌てて席を立ってハンカチを拾うためにしゃがみこんだ。すると、同じように身をかがめたビアンカの吐息が頬を掠める。甘ったるい香りがテーブルの下の狭い空間にぷぅんと匂い立った。
皇太子は反対側に座る高官たちと談笑していて、テーブルの陰に隠れて死角になったリアムとビアンカに気づいていない。
ハンカチを掴むリアムの手にビアンカの指が触れる。リアムの骨ばった長い指をビアンカの熱い指先がなぞっていく。一本、一本、ビアンカの指の動きに煽られるように、リアムの体内を流れる血がざわざわと沸き立つように騒ぎだす。
「ねぇ、リアム」
テーブルの下、秘めやかに、ビアンカがリアムの耳元に唇を寄せた。
強烈な花の匂いがリアムの鼻腔をつく。
「ねぇ、リアム。……この後、私のお部屋にいらっしゃらない?」
「リアムったら、あの娘とナニをしていらしたの?」
ビアンカは有無を言わさぬ態度でリアムを宴席に戻すと、べったりと彼に身を寄せて豊満な胸を押しつけてきた。
「仕事のことでちょっと……。大したことではありません、彼女は同僚ですので」
リアムはさりげなく王女の身体を押し戻しながら、当たり障りのない答えを返すしかない。
「ウーゴ! アレをお持ちして」
王女が声を張り上げると、初老の男性が一本のワインを捧げ持って現れた。褐色の肌に白髪が混ざった赤茶色の髪。ビアンカが故国から連れてきた執事らしい。
ウーゴと呼ばれた男はリアムの前にワイングラスを置くと、持ってきたワインをなみなみと注いだ。そのワインは透きとおった赤色に見えたかと思うと、光の加減によって濁った紫色にも見える。
「これはね、セリーニャ特産のワインなの。きっと喜んでいただけると思いますわ」
ビアンカは甘えた口調でそう言うと、ねっとりとした上目遣いでリアムを見つめた。
「は、はい。……いただきます」
王女と目が合わないように気を付けながらリアムは恐る恐るグラスを手に取った。グラスの中で赤紫色の液体が揺れる。
「さぁ、どうぞお飲みになって」
首を伸ばしたビアンカがリアムの耳元で囁く。
王女の呼気が耳穴に吹き込まれて、リアムは思わず肩をすくませた。グラスを持ち上げて、ゆっくりと口元へ運ぶ。唇を縁に付けるとひんやりとした感触。自分の唇に向けられた王女の視線をひしひしと感じて、リアムの額に嫌な汗が浮かんだ。
リアムは「ふぅ」と大きく息をつくと、思い切って、その赤紫色の液体をぐいっと呷った。
――甘い。そして、ほのかに苦い。
「不思議な味ですね。我々の国ではあまりない種類の酒です」
リアムがワインの感想を口にすると、
「そうでしょう? 我が国自慢の一品ですの」
ビアンカはニタリと笑って自分の唇を舐めた。王女の肉感的な赤い唇が濡れて艶めかしく光る。
何気なく王女の唇に目を留めてしまったリアムは、慌てて目を顔を逸らしてもう一度ワインに口を付けた。のどごしの苦味は多少気になるが、不思議と癖になる味だった。
ワインを飲み進めるリアムをビアンカ王女が満足そうに目を細めて見つめている。
ビアンカの熱っぽい視線を避けるように、リアムはますますワインを呷った。
――おかしい。
王女の香水の匂いがやけに鼻につく。
おかしい。
さっきまでは不快でしかなかったその香りを心地よく感じはじめている。
おかしい。
王女の大きく開いた胸元に自然と目が行ってしまう。深紅のドレスは今にもずり落ちそうで、ちょっと指を引っかければ、豊満な乳房がこぼれ落ちそうだった。
おかしい。
そんなことを想像してしまう自分が信じられなくて、リアムは激しく頭を振った。
「どうしたの、リアム? そんなに頭を振ったら、酔いが回ってしまうわ」
ビアンカはリアムの腕を取って自分の胸元へと抱え込んだ。リアムの手のひらを指の先でスリスリとなぞる。
「んっ……」
王女の指に撫でられるたびに、ぞくぞくと粟立つような感覚がリアムの背筋を駆け巡る。
リアムは危険を感じて、王女に抱え込まれた自分の腕を引き抜いた。
「あぁ……っ」
その拍子に王女がよろめいて、テーブルに置かれていた彼女のハンカチがハラリと床へ落ちて、テーブルの下へと入り込んでしまった。
「あっ……申し訳ございません!」
賓客の持ち物を落としてしまうなんて大変な粗相である。リアムは慌てて席を立ってハンカチを拾うためにしゃがみこんだ。すると、同じように身をかがめたビアンカの吐息が頬を掠める。甘ったるい香りがテーブルの下の狭い空間にぷぅんと匂い立った。
皇太子は反対側に座る高官たちと談笑していて、テーブルの陰に隠れて死角になったリアムとビアンカに気づいていない。
ハンカチを掴むリアムの手にビアンカの指が触れる。リアムの骨ばった長い指をビアンカの熱い指先がなぞっていく。一本、一本、ビアンカの指の動きに煽られるように、リアムの体内を流れる血がざわざわと沸き立つように騒ぎだす。
「ねぇ、リアム」
テーブルの下、秘めやかに、ビアンカがリアムの耳元に唇を寄せた。
強烈な花の匂いがリアムの鼻腔をつく。
「ねぇ、リアム。……この後、私のお部屋にいらっしゃらない?」
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