大嫌いなアイツが媚薬を盛られたらしいので、不本意ながらカラダを張って救けてあげます

スケキヨ

文字の大きさ
1 / 10

ますます不憫だ

しおりを挟む
「はぁ……」

 ミアは昼食のパンを持ったまま、溜め息をついた。
 
 官吏見習いのミアは王宮に隣接した庁舎が職場だ。伝統的な様式に則って建てられた庁舎は荘厳な雰囲気を漂わせている。古い神殿を思わせる回廊と開放的な中庭。季節の花々が彩りを添える庭には職員の休憩用にとテーブルとベンチが数セットほど設置されていて、ミアのお気に入りの場所だった。

 昼休憩のいま、庭にいるのはミアひとりだ。

 大体いつもここで昼食をとっている。とくべつ孤立しているわけではないが、昼食を共にするほど親しい人間は職場にはいなかった。人一倍負けん気の強いミアの性格もさることながら、やはり官吏として働く人材にはまだまだ貴族が多く、平民出身者はミアを含めても数人しかいないことが大きい。その中でも女性はミアひとりだった。

 中庭にはうららかな陽光が差し込んで庭の草木を輝かせているが、ミアの気分はどうにも晴れない。

「隣、座ってもいいか?」

 背後から声をかけられてミアが顔を上げると、見知った顔があった。
 声の主はミアの返事を待たず、当然のようにドカッと彼女の隣の椅子に腰を下ろした。
 ミアはだらしなく座っていた椅子に座りなおし姿勢を正す。
 ……この人の前だと緊張する。

 短く切りそろえられた黒い髪に落ち着いたブルーグレーの瞳。
 細身だが引き締まったその体躯は、身長こそ弟より少しばかり低めだが、落ち着いた身のこなしのせいか、年齢以上の貫禄を醸し出している。

 ミアの隣に腰を下ろしたその人は――リアムの兄、ラウルだった。

「どうした? 元気がないじゃないか、ミア。リアムに会えなくて寂しいのか?」

 ラウルがミアの顔を覗きこむように首を傾けた。その目には愉快そうな色が浮かんでいる。

「違います」

 面白がられていることがわかっているミアは迷うことなく即答する。

「そんなに速攻で否定しないでやってくれ。アイツが不憫すぎる」

 悲しそうに眉を下げるラウルに、

「どうしてリアムが不憫なんですか?」

 ミアは顔をしかめて問い返した。

「……ますます不憫だ」

 頭を抱えるラウルの意味不明な態度に、ミアは首を捻るしかなかった。
 なぜリアムが不憫なのか。いまだって皇太子に随伴して外遊中だというのに。
 随行メンバーに選ばれるだけでも名誉なことだし、おまけに外遊先のセリーニャ王国は温かい気候に恵まれた豊穣の国だと聞く。魚介類が美味しく、女性は美人が多いという。
 女性ウケのすこぶる良いリアムのことだ、きっと今ごろ美味しいものをたらふく食べて美女と戯れていることだろう。意外に女好きみたいだし……。

 ――リアムのニヤついた顔を想像したら、余計にムカムカしてきた。

 ミアは思わず手に持っていたパンを握りつぶしてしまった。ぐしゃりとつぶれたパンから中に入っていたクリームが零れた。隣でラウルが「あぁ……」と悲嘆の声をあげる。

 リアムが皇太子のお伴でこの国を離れてから、もうすぐ一ヶ月だ。
 寄ってくる女たちをことごとく袖にしているから、てっきり女性には淡白なのかと思いきや、リアムって結構……。
 ミアは外遊に旅立つ前のリアムの様子を思い浮かべた。

 二か月ほど前の生誕祭の日、ミアはとんでもない目にあった。同僚のシモンとその仲間たちに怪しげな媚薬を飲まされ襲われたのだ。

 シモンの奴め……!

 貴族なのに、平民のミアにも分け隔てなく声をかけてくれて悪い人ではないと思っていたのに。あんなロクでもない男だったなんて……海に沈めても気が済まない!

 ちなみに、シモンとその仲間たちはいつの間にか庁舎から消えていた。
 リアムが裏から手を回したらしい……。

 それにしても未遂で済んだからよかったようなものの、あいつらに輪姦まわされていたらと思うとゾッとする。
 リアムが救けてくれたおかげでなんとかシモンたちには犯されずに済んだけれど……。
 なんと、リアムとは「未遂」で済まなかったらしい。
 らしい……という曖昧な言い方になってしまうのは、ミアがそのときの行為をよく覚えていないからだ。
 でも、覚えていなくてよかった、とミアは心の底から思っていた。もし覚えていたとしたら……恥ずかしすぎてリアムと顔を合わすことなんてできなかっただろう。

 もちろん救けてもらったことには感謝している。
 しかし、あの事件の後――リアムから妙に熱のこもった視線を感じるようになった気がするのだ。
 気のせいかとも思ったが、視線を感じてミアがそちらに目を向けると、なぜか顔を真っ赤にしたリアムが慌てて目を逸らすということがあったのだ。それも何回も。さすがにミアの勘違いというわけでもないだろう。
 それに、以前よりもスキンシップ(?)が増えた気がする。リアムは隙あらばミアに触れようとしてくる。リアムに触れられると、なんだか背筋がゾワゾワするから、やめてほしい。

「はぁ……」

 ミアはまた溜め息をついた。

「やっぱり元気がないな。何を悩んでるんだ?」
 
 ラウムが今度は本当に心配そうな顔で尋ねた。
 リアムと同じブルーグレーの瞳で見つめられて、ミアはドギマギしてしまう。
 ミアより五歳ほど年長の彼は皇太子殿下の補佐官の一人だ。皇太子の補佐官といえば、将来の宰相候補である。ミアにとっては雲のような存在であり、同い年のリアムに感じるような競争心は最初から抱きようもない。

 実は単純な見た目だけでいうと、リアムよりラウルのほうがミアの好みだったりする。
 もちろん、だからと言って、彼とどうこうなりたいわけではない。
 長兄のラウルはいずれモレロ公爵家を継ぐ身である。身分の差がありすぎる。

「身分の差なんて気にすることないぞ」

 ミアの思考を読んだかのようなラウルの発言に、ミアは思わず「へっ!?」と声が裏返ってしまった。

「今の国王陛下は身分の差に関わらず優秀な人材を取り立てていこうという方針だし、皇太子殿下もその意志を継いでいらっしゃる。まずは職業選択の自由からだが、そのうち婚姻制度にも適用されるはずだ。そうすればミアとリアムだって好きに結婚できるようになるさ」

「は!? ど、どうしていきなり私とリアムが結婚する話になるんですか?」

 国の未来について力強く語るのはいいが、ミアにとって少々的外れな意見は見過ごせない。

「まぁ家は俺が継ぐし、アイツは次男だから好きにしたらいいさ」

 ラウルの中では、リアムとミアのカップリングは既に既定路線らしかった。

「いえ、あの、本当にリアムは関係ないんですけど」

「えー。じゃあ何をそんなに思い悩んでるんだ?」

「実は上長から課題を出されまして……」

 ミアたち新米官吏に課された議題は『経済的に困窮した貴族の救済案』。
 ミアの溜め息の理由はこれだった。
 正直あまり気が進まない。
 最初から家も土地もあるような恵まれた環境に生まれておきながら、それを活かせなかった貴族など知ったことではない。
 公費で救済すべき人々は他にたくさんいるでしょう? 平民のミアにはどうしてもそう思えてならないのだ。

「はっきり言って、『自分で何とかしろ』という感じですね」

「手厳しいなぁ」

 ミアの発言にラウルが苦笑いを浮かべる。

「まぁ自己責任とはいっても、みんながみんなミアのように自分で道を切り開いていけるわけじゃないから。才覚の乏しい人間だっている。でもそういう人たちを見捨てていては国は成り立たない。それにどんなに健康な人間だって病気になることはあるし、裕福な商人が商売に失敗することもある。そうして弱った人間を支援し保護することも、国の大切な役割のひとつだ。そうだろう?」

「そうですね。そうですけど……」

 ラウルのもっともな意見に、ミアは同意するほかなかった。さすが若くして国の中枢を担う要職に就いているだけのことはある。正論すぎて、ぐうの音もでない。

「まぁ、リアムが戻ったら相談してみたらどうだ? アイツもミアに頼られたら張り切るだろうし」

「……張り切らなくていいです」

 リアムのことだ。本気を出したらきっとミアが思いもつかないような名案を出してくるにちがいない。そうしたら、ますます敵わなくなってしまう!

「いいなぁ、二人は仲が良くて。羨ましいよ、まったく。俺も恋人が欲しいなぁ」

「いや、あの、だから……もういいです……」

 ミアはラウルの誤解を解こうと反論しかけたものの途中で諦めた。
 何を言っても笑って流されそうだし、それになんだか、ラウルの顔が寂しそうだったからだ。
 もしかしてラウルにも想いを寄せる女性がいるのだろうか?
 家柄、能力、容姿。すべてを兼ね備えたラウルが女性にモテないわけはないだろうが、そういえば決まった相手がいるという話は聞いたことがない。
  次男のリアムと違って、ラウルは公爵家を継ぐことが義務付けられている。結婚も自分の選んだ女性と自由に付き合うわけにもいかないのだろう、とミアは目の前で鷹揚に笑うラウルを少し不憫に思うのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない

橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。 そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。 1~2万文字の短編予定→中編に変更します。 いつもながらの溺愛執着ものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

処理中です...