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罰
罰④
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地震のあった日以来、楠ノ瀬とはろくに話せていない。
学校で出くわしても、俺のことを避けるかのように、そそくさと姿を隠してしまうのだ。
楠ノ瀬の不自然な様子に、あやちゃんも首を傾げていた。
十一月の満月の日に行われた観月祭から、そろそろ一カ月が経とうとしている。
もうすぐ年が明けて後継者として正式にお披露目されるというのに……俺はまだ、あの力を自分のものにできてはいなかった。
それどころか――。
神に憑かれる気配も……ない。
藍原朔夜という高遠家の血をひく新しい憑代をみつけて、俺のことなど要らなくなってしまったのかもしれない。
観月祭での一件以降、藍原が俺の前に姿を現すことはなかった。
開眼したことを藍原本人は覚えていないみたいだけど、あの場にいた人間はしっかり見ていたはずだ。
――父さんは、藍原が開眼したのを見て……どう思ったのだろう?
俺よりあいつを後継者にしたいという想いが強くなったんじゃないだろうか……。
開眼すれば、高遠家の正式な息子ではなくても町の人たちを納得させられる……あの「碧い目」にはそれくらいの説得力があると思う。
「あぁぁ~……っ」
ひとりでいると、とめどなく嫌なことばかり考えてしまう。
「……会いたいな、楠ノ瀬に」
俺は、地震の日に彼女の瞳から零れ落ちた――透明な涙の粒を思い出していた。
*****
ひとりで悶々としていても何も始まらない。
放課後、俺は楠ノ瀬のいる隣のクラスを訪れた。
逃げられても構わない……その時はどこまでも追いかけようと思った。
だけど残念ながら教室には楠ノ瀬もあやちゃんもいなかった。
二人と一緒にいるところを見かけたことのある女子をつかまえて尋ねてみると、
「楠ノ瀬さん? たぶん音楽室じゃないかな」
「音楽室?」
「うん。ピアノの練習があるとか言ってたけど……」
ピアノか……。
そういえば、前に楠ノ瀬が藍原に攫われたときも、音楽室でピアノの練習をしていたんだっけ……。
「それって、あやちゃんも一緒?」
「ううん、今日はお休みだから、楠ノ瀬さんひとりだと思うよ」
「…………」
――嫌な予感がする。
俺は教えてくれた女子に礼を言うと、急いで音楽室へと向かった。
音楽室は四階の端にある。
うちの学校の吹奏楽部には専用の部室があるから、授業以外で音楽室に寄りつく人間なんてほとんどいないはずだ。
楠ノ瀬にまた何かあったら――。
俺は逸る気持ちを抑えきれずに、階段を二段飛ばしで駆けあがった。
「はぁ……はぁ……っ」
全力疾走してきたせいで息が苦しい。
音楽室の扉を開ける前に、膝に手をついて呼吸を整えようとした。
――その時。
背後から伸びてきた手が俺の口を塞いだ。
「……うっ」
後ろを振り返る余裕もなく、首筋に鈍い痛みが走る。
脳味噌が揺れるような衝撃が走って――
俺は意識を失った。
学校で出くわしても、俺のことを避けるかのように、そそくさと姿を隠してしまうのだ。
楠ノ瀬の不自然な様子に、あやちゃんも首を傾げていた。
十一月の満月の日に行われた観月祭から、そろそろ一カ月が経とうとしている。
もうすぐ年が明けて後継者として正式にお披露目されるというのに……俺はまだ、あの力を自分のものにできてはいなかった。
それどころか――。
神に憑かれる気配も……ない。
藍原朔夜という高遠家の血をひく新しい憑代をみつけて、俺のことなど要らなくなってしまったのかもしれない。
観月祭での一件以降、藍原が俺の前に姿を現すことはなかった。
開眼したことを藍原本人は覚えていないみたいだけど、あの場にいた人間はしっかり見ていたはずだ。
――父さんは、藍原が開眼したのを見て……どう思ったのだろう?
俺よりあいつを後継者にしたいという想いが強くなったんじゃないだろうか……。
開眼すれば、高遠家の正式な息子ではなくても町の人たちを納得させられる……あの「碧い目」にはそれくらいの説得力があると思う。
「あぁぁ~……っ」
ひとりでいると、とめどなく嫌なことばかり考えてしまう。
「……会いたいな、楠ノ瀬に」
俺は、地震の日に彼女の瞳から零れ落ちた――透明な涙の粒を思い出していた。
*****
ひとりで悶々としていても何も始まらない。
放課後、俺は楠ノ瀬のいる隣のクラスを訪れた。
逃げられても構わない……その時はどこまでも追いかけようと思った。
だけど残念ながら教室には楠ノ瀬もあやちゃんもいなかった。
二人と一緒にいるところを見かけたことのある女子をつかまえて尋ねてみると、
「楠ノ瀬さん? たぶん音楽室じゃないかな」
「音楽室?」
「うん。ピアノの練習があるとか言ってたけど……」
ピアノか……。
そういえば、前に楠ノ瀬が藍原に攫われたときも、音楽室でピアノの練習をしていたんだっけ……。
「それって、あやちゃんも一緒?」
「ううん、今日はお休みだから、楠ノ瀬さんひとりだと思うよ」
「…………」
――嫌な予感がする。
俺は教えてくれた女子に礼を言うと、急いで音楽室へと向かった。
音楽室は四階の端にある。
うちの学校の吹奏楽部には専用の部室があるから、授業以外で音楽室に寄りつく人間なんてほとんどいないはずだ。
楠ノ瀬にまた何かあったら――。
俺は逸る気持ちを抑えきれずに、階段を二段飛ばしで駆けあがった。
「はぁ……はぁ……っ」
全力疾走してきたせいで息が苦しい。
音楽室の扉を開ける前に、膝に手をついて呼吸を整えようとした。
――その時。
背後から伸びてきた手が俺の口を塞いだ。
「……うっ」
後ろを振り返る余裕もなく、首筋に鈍い痛みが走る。
脳味噌が揺れるような衝撃が走って――
俺は意識を失った。
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