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焦燥
焦燥①
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「え? 最後って……え?」
俺の言葉に、楠ノ瀬の顔がこわばる。
「こういう『治療』は、今日で最後にしたい……と、思ってるんだ」
俺が目を伏せたままで言うと、
「そう……」
ほっとしたように楠ノ瀬が顔を綻ばせた。
「よかった……なんか永遠の別れみたいな言い方だったから。高遠くんに嫌われちゃったのかと思った」
楠ノ瀬がぽつりと呟いた。
「そんなわけ……!」
俺は彼女の言葉を否定するように、何回も首を横に振った。
「うちのお祖母ちゃんも言ってたよ。私という媒介がなくても神様を呼び出せるようになったんなら、あと少しだ……って」
「だといいんだけど……」
楠ノ瀬が励ましてくれているのがわかった。
まだ自信のない俺は苦笑いを浮かべるしかない。最終的には祖父さんのように、自分の意志で神を憑かせ、自分の意志で憑依を解けるようにならなければならないのだから。
「だから、今日は何もせずに見ててほしい」
「うん、わかった」
楠ノ瀬が、かしこまった顔で頷いた。
俺は畳の上で胡坐をかいて目を瞑り、あの時のことを思い出した。
視界を閉ざすと、さっきまでは気にもしなかった些細な音まで耳に入ってくる。
俺は楠ノ瀬のかすかな息遣いと、時おり障子を揺らす風の音に耳を澄ませた。
あの時――泉の畔で楠ノ瀬の手を借りずにあの『声』を聞いた時のことを。
――あの時俺は、徳堂に連れ戻されそうになった楠ノ瀬を奪われたくなくて。
――楠ノ瀬の意志を無視するあいつが許せなくて。
――でも自分一人では何もできなくて、そんな無力な自分が嫌になって……。
俺は無意識のうちに、神の救けを求めていたんだろうか……?
自分の内面を掘り下げて、どうすれば神を呼び出せるのか……あの『声』を聴けるのか、を考える。
自分の意思とは関係なく「憑かれて」しまっているうちは、まだダメだ。
それじゃあ、ただ「振り回されている」だけだ。
神が顕れるのは、俺の感情が昂ぶった時のような気がするけど……。
どうすれば、自由に制御できるんだ!?
「うぅ~……わからない」
「……大丈夫?」
心の声をついつい漏らしていたらしい。
心配そうな楠ノ瀬の声で我に返る。
「そんなに焦らなくてもいいんじゃない? ……あの人のせい?」
俺の顔を見つめながら、探るように囁いた。
「それは……」
もちろん、藍原朔夜が現れたことは大きい。
あいつよりも先に、この力を自分のものにしたいと思った。
俺を選んでくれた祖父さんの期待にも応えたかった。
それに……。
「いつも助けてもらってばっかりだからな、楠ノ瀬に……。情けないよな、俺」
俯いて自嘲気味に笑う。
そんな俺の手に、楠ノ瀬のひんやりとした手が重なった。
「そんなことないよ……。高遠くんの力になれてるなら、私は嬉しいんだから」
頬を染めながら呟いた楠ノ瀬が、するすると俺の方へにじり寄る。
甘い匂いが鼻をついた。
俺の言葉に、楠ノ瀬の顔がこわばる。
「こういう『治療』は、今日で最後にしたい……と、思ってるんだ」
俺が目を伏せたままで言うと、
「そう……」
ほっとしたように楠ノ瀬が顔を綻ばせた。
「よかった……なんか永遠の別れみたいな言い方だったから。高遠くんに嫌われちゃったのかと思った」
楠ノ瀬がぽつりと呟いた。
「そんなわけ……!」
俺は彼女の言葉を否定するように、何回も首を横に振った。
「うちのお祖母ちゃんも言ってたよ。私という媒介がなくても神様を呼び出せるようになったんなら、あと少しだ……って」
「だといいんだけど……」
楠ノ瀬が励ましてくれているのがわかった。
まだ自信のない俺は苦笑いを浮かべるしかない。最終的には祖父さんのように、自分の意志で神を憑かせ、自分の意志で憑依を解けるようにならなければならないのだから。
「だから、今日は何もせずに見ててほしい」
「うん、わかった」
楠ノ瀬が、かしこまった顔で頷いた。
俺は畳の上で胡坐をかいて目を瞑り、あの時のことを思い出した。
視界を閉ざすと、さっきまでは気にもしなかった些細な音まで耳に入ってくる。
俺は楠ノ瀬のかすかな息遣いと、時おり障子を揺らす風の音に耳を澄ませた。
あの時――泉の畔で楠ノ瀬の手を借りずにあの『声』を聞いた時のことを。
――あの時俺は、徳堂に連れ戻されそうになった楠ノ瀬を奪われたくなくて。
――楠ノ瀬の意志を無視するあいつが許せなくて。
――でも自分一人では何もできなくて、そんな無力な自分が嫌になって……。
俺は無意識のうちに、神の救けを求めていたんだろうか……?
自分の内面を掘り下げて、どうすれば神を呼び出せるのか……あの『声』を聴けるのか、を考える。
自分の意思とは関係なく「憑かれて」しまっているうちは、まだダメだ。
それじゃあ、ただ「振り回されている」だけだ。
神が顕れるのは、俺の感情が昂ぶった時のような気がするけど……。
どうすれば、自由に制御できるんだ!?
「うぅ~……わからない」
「……大丈夫?」
心の声をついつい漏らしていたらしい。
心配そうな楠ノ瀬の声で我に返る。
「そんなに焦らなくてもいいんじゃない? ……あの人のせい?」
俺の顔を見つめながら、探るように囁いた。
「それは……」
もちろん、藍原朔夜が現れたことは大きい。
あいつよりも先に、この力を自分のものにしたいと思った。
俺を選んでくれた祖父さんの期待にも応えたかった。
それに……。
「いつも助けてもらってばっかりだからな、楠ノ瀬に……。情けないよな、俺」
俯いて自嘲気味に笑う。
そんな俺の手に、楠ノ瀬のひんやりとした手が重なった。
「そんなことないよ……。高遠くんの力になれてるなら、私は嬉しいんだから」
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甘い匂いが鼻をついた。
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