禁じられた逢瀬

スケキヨ

文字の大きさ
上 下
74 / 100
開眼

開眼④

しおりを挟む
 祖父じいさんは厳しい眼差しで俺を見つめたまま、硬い声で告げた。

楠ノ瀬くすのせの娘のことも、諦めなさい」

「…………え」

 俺はだらしなく口を半開きにして、間の抜けた声を漏らすことしかできなかった。

「前にも言ったはずだ。高遠たかとおと楠ノ瀬が結びつくことは禁じられておる……と」

「…………」

「ましてや、藍原あいはら聡子さとこの息子が開眼かいがんの兆候を見せた今、何が原因で足元をすくわれるかしれん……。少しでも付け込まれる隙を作るな」

「藍原……サトコ?」

 藍原あいはら朔夜さくやの母親の名前だろうか。

「あぁ……照森てるもりの学生時代の同級生だった女だ」

 祖父さんが昔の記憶を辿るように、遠い目をして呟いた。

 そうか、父さんはずっとそのひとのことが好きだったんだな……。

「……付け込まれるって、どういうことだ?」

 父さんへの思慕を打ち切るように、祖父さんへと向き直る。

「町の人間、高遠の人間、楠ノ瀬人間や他にも……力や利権を狙う人間はどこにでもいる。弱みを握られれば厄介だ」

 祖父さんは奥歯に物が挟まったように、訥々と語った。

「まだ高校生のお前には、酷かもしれないが……腹を括ることだ。お前には覚えてもらわないといけないことも、たくさんあるしな」

 祖父さんはそう言って俺に背中を向けた。

 それでようやく俺は、祖父さんの刺すように鋭い視線から逃れることができた。
 祖父さんの言うとおり、高遠家の後継者として正式に認められるようになるには、俺にはまだまだいろんなものが足りてない。

 それなり名の知れた大学に進まないといけないから勉強もしないといけないし。
 さっきの祭で祖父さんがやっていたようなことも、やらなきゃならないんだろう。

「はぁ……」

 自分でも無意識のうちに吐いていた溜息が、行くあてもなく空中に漂った。

 ――諦めろ、と言われても……。

 俺はきつく目を閉じて、喉元をせり上がってくる熱い塊を呑み込んだ。
 瞼の裏に楠ノ瀬の白い肌と赤い痕が浮かんだ。





 *****

 観月祭かんげつさいの翌週――。
 俺は楠ノ瀬の家を訪れていた。

『治療』のためだ。

 しかし――。

 藍原の件があったせいか、楠ノ瀬の人たちの俺を見る目は冷たい。
 ヤツがいわゆる「隠し子」で、こともあろうに楠ノ瀬の次期党首に襲い掛かったのだ。
 高遠家への不信が高まるのも仕方のないことかもしれなかった。

 ――「神憑かみがかり」を行うのは久しぶりだ。
 徳堂とくどう直之なおしが怪我を負ったあの日以来、俺はそれを行っていない。

 俺と楠ノ瀬が隠し撮りされた画像の拡散や藍原のこともあってそれどころではなかったというのもあるけれど……。

 ――怖かったのだ。

 それまで半信半疑だった「神の力」の一端を思い知らされた俺は、その力の前に竦んでしまった。

 もし、またあの力に取り込まれそうになった時、俺は自分自身を保っていられるだろうか? 楠ノ瀬が隣にいなくても……。

「ごめん、待たせた?」

 楠ノ瀬が白い息を吐きながら、襖を開けて顔を出した。

「ううん、全然」

 俺は首を振りながら答えて、軽く笑ってみせた。
 安心したように相好を崩した楠ノ瀬が俺の向かいに来て腰を下ろした。

「楠ノ瀬、今までありがとな。……今日で、最後になると思う」

 楠ノ瀬の顔を正面から見れなくて、彼女の鎖骨あたりに目をやりながら伝えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...