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開眼
開眼③
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藍原朔夜の『治療』が終わるのを待つという祖父さんと父さんを残して、俺はひと足先に山を下りた。
楠ノ瀬が……俺に対するのと同じような行為を、自分のすぐ側で藍原にも施しているかと思うと……大人しく待っていることなどできなかったからだ。
興奮して乱暴につけてしまった「痕」を、楠ノ瀬はどう思っただろうか?
あの赤い痕は俺の小っさな独占欲の塊だ。
楠ノ瀬は泣いてるようにも笑っているようにも見える不思議な表情で胸元の痕をひと撫でしてから、俺の胸を離れていった。自分の「役目」を果たすために……。
俺は悶々としながら、山道を下った。
ちょっとでも立ち止まると頭の中に楠ノ瀬とあいつの絡み合う姿が浮かんできてしまう。
雑念を振り払うように、ひたすらに山を駆け下りた。
ますます天高く昇った月だけが、俺の後を追いかけてきていた。
*****
父さんに担がれて戻ってきた藍原は、「開眼」した際の記憶を失っていた。
――俺の時と同じだ。
「……祖父さんの力、なのか? 記憶を操作するなんて…」
父さんに引きずられるようにして高遠の家を後にする藍原を見やりながら、俺は声を潜めて祖父さんに尋ねた。
「儂の力ではない…………神の力、だ」
祖父さんも彼らの後ろ姿に目をやったまま、隣に立つ俺にだけようやく聞こえるくらいの小さな声で呟いた。
「お前もいずれ出来るようになるだろう。神の力を制御できるようになれば、」
「俺で……いいのか?」
祖父さんの言葉を遮るように、俺はずっと気になっていたことを口にした。
「……何が、だ?」
片方の眉をつり上げて、祖父さんが俺に視線を向けた。怪訝そうに俺の顔を見つめている。
「あいつも……藍原も『開眼』した。それはあいつにも、資格があるってことじゃないのか……?」
語尾が消え入りそうに、弱々しく震えた。
「理森……。照森が何と言おうと、高遠の跡継ぎはお前だ。儂が決めた。誰にも文句を言わせはしない」
祖父さんが俺の目を見て、言った。力強い声だった。
――だけど。
『照森が何と言おうと』
祖父さんが何気なく言った一言が気になった。
――父さんは、あいつに継がせたがっているのか……。
胸がずきり、と軋んだ。
父さんが俺よりもあいつに愛情を注いでいることに……俺は自分でも意外なほど傷ついているらしかった。
「あいつの方が俺より先に生まれてる。高遠家の長男は……あっちだ」
「なに馬鹿なことを言ってるんだ!」
祖父さんが鋭い声で一喝した。
「本家の嫡子はお前だけだ。しっかりしろ」
俺の顔をまっすぐ射抜くように見つめてそう言った祖父さんの声は……抑えているのに、有無を言わせない威厳に満ちていた。
「年明けにも町の人間に公表する。高遠の跡継ぎはお前だと。すでに開眼もしておる……と」
楠ノ瀬が……俺に対するのと同じような行為を、自分のすぐ側で藍原にも施しているかと思うと……大人しく待っていることなどできなかったからだ。
興奮して乱暴につけてしまった「痕」を、楠ノ瀬はどう思っただろうか?
あの赤い痕は俺の小っさな独占欲の塊だ。
楠ノ瀬は泣いてるようにも笑っているようにも見える不思議な表情で胸元の痕をひと撫でしてから、俺の胸を離れていった。自分の「役目」を果たすために……。
俺は悶々としながら、山道を下った。
ちょっとでも立ち止まると頭の中に楠ノ瀬とあいつの絡み合う姿が浮かんできてしまう。
雑念を振り払うように、ひたすらに山を駆け下りた。
ますます天高く昇った月だけが、俺の後を追いかけてきていた。
*****
父さんに担がれて戻ってきた藍原は、「開眼」した際の記憶を失っていた。
――俺の時と同じだ。
「……祖父さんの力、なのか? 記憶を操作するなんて…」
父さんに引きずられるようにして高遠の家を後にする藍原を見やりながら、俺は声を潜めて祖父さんに尋ねた。
「儂の力ではない…………神の力、だ」
祖父さんも彼らの後ろ姿に目をやったまま、隣に立つ俺にだけようやく聞こえるくらいの小さな声で呟いた。
「お前もいずれ出来るようになるだろう。神の力を制御できるようになれば、」
「俺で……いいのか?」
祖父さんの言葉を遮るように、俺はずっと気になっていたことを口にした。
「……何が、だ?」
片方の眉をつり上げて、祖父さんが俺に視線を向けた。怪訝そうに俺の顔を見つめている。
「あいつも……藍原も『開眼』した。それはあいつにも、資格があるってことじゃないのか……?」
語尾が消え入りそうに、弱々しく震えた。
「理森……。照森が何と言おうと、高遠の跡継ぎはお前だ。儂が決めた。誰にも文句を言わせはしない」
祖父さんが俺の目を見て、言った。力強い声だった。
――だけど。
『照森が何と言おうと』
祖父さんが何気なく言った一言が気になった。
――父さんは、あいつに継がせたがっているのか……。
胸がずきり、と軋んだ。
父さんが俺よりもあいつに愛情を注いでいることに……俺は自分でも意外なほど傷ついているらしかった。
「あいつの方が俺より先に生まれてる。高遠家の長男は……あっちだ」
「なに馬鹿なことを言ってるんだ!」
祖父さんが鋭い声で一喝した。
「本家の嫡子はお前だけだ。しっかりしろ」
俺の顔をまっすぐ射抜くように見つめてそう言った祖父さんの声は……抑えているのに、有無を言わせない威厳に満ちていた。
「年明けにも町の人間に公表する。高遠の跡継ぎはお前だと。すでに開眼もしておる……と」
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