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父子
父子④
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観月祭までの一週間ほどは何事もなく穏やかに過ぎていった。
いや、穏やかだったのは俺だけか……。
当主の名代として儀礼の一部を任されることになった楠ノ瀬は、準備に追われているのか、祭の前日の金曜日にはついに学校を休んだ。
俺の方は祭に参加すると言っても一参列者に過ぎず、儀式に必要な供物や薪なんかを担ぐだけだから楽なもんだ。
「それは今だけでしょ? あんただって正式に跡を継げば、やること増えるんだから」
楠ノ瀬のいない金曜日には、あやちゃんが俺の元へとやって来て、普通に世間話をしていたくらいだ。
そんな様子を、仁科のヤツがニヤニヤと笑いながら見ていた。
この調子では、俺が付き合っているのは楠ノ瀬ではなく、あやちゃんということで噂が広まってしまいそうだ。
まぁそれがあやちゃんの狙いかもしれないけど……。
*****
そして祭の日がやって来た。
「理森さん、こちらをお召しください」
シゲさんに連れられた俺は、されるがままに白衣と白袴を着せられる。最後に腰紐をキュッときつく締められると気持ちまで引き締まる気がするから衣装の力は偉大だ。
「旦那様がいらっしゃいました」
シゲさんが俺に耳打ちした。
足音のする方に目を向けると、ちょうど仏頂面の父さんが入ってくるところだった。
――目が合ってしまう。
「理森……久しぶりだな」
「……あぁ」
緊張で声が掠れた。
「なぁ父さん……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「…………藍原さんのことだよ」
俺は一瞬、躊躇した。
あいつの名前を出すことに。
藍原の名を耳にしても父さんは相変わらず無表情で、何を考えているかはわからなかった。
「……何を、聞きたい?」
冷静に問い返されて、俺は言葉に詰まった。
「あの、」
父さんに会ったら聞きたいことが山ほどあったはずなのに……いざ本人を前にすると、言葉がうまく出てこない。
「あいつに……藍原朔夜に……俺のケータイ番号、教えたのか?」
俺の質問に、父さんは意外そうに片方の眉をぴくっと上げた。
「……教えた覚えはないが、勝手に見た可能性は否定できない。……朔夜が何か言ってきたのか?」
父さんが「朔夜」と……藍原の名前を親し気に呼び捨てしたことで。
あぁ、あいつの言っていたことは本当だったんだな……と、改めて思う。
俺は少し言い淀んだ後で、吐き出すようにひと思いに告げた。
「『もし自分も開眼したら、高遠家を譲ってくれ』……って、言われたよ」
「な、に……!?」
あいつの言葉を伝えると、平静を保っていた父さんの表情がはじめて動いた。両方の眉をつり上げて、驚いたように目を大きく見開いている。
「父さんは……俺じゃなくて、あいつに跡を継がせたいと思ってるのか?」
泣きそうな声で呟いた俺に、
「……それは私の権限で決められることじゃない。……当主が決めることだ」
父さんは俺から目を逸らして、そう言った。
目頭が熱い。
「そんなわけない」と言ってほしかった。
「高遠の跡継ぎはお前しかいない」と――。
俺は、父さんがはっきり否定してくれなかったことに……自分でも意外なほど、傷付いているみたいだった。
いや、穏やかだったのは俺だけか……。
当主の名代として儀礼の一部を任されることになった楠ノ瀬は、準備に追われているのか、祭の前日の金曜日にはついに学校を休んだ。
俺の方は祭に参加すると言っても一参列者に過ぎず、儀式に必要な供物や薪なんかを担ぐだけだから楽なもんだ。
「それは今だけでしょ? あんただって正式に跡を継げば、やること増えるんだから」
楠ノ瀬のいない金曜日には、あやちゃんが俺の元へとやって来て、普通に世間話をしていたくらいだ。
そんな様子を、仁科のヤツがニヤニヤと笑いながら見ていた。
この調子では、俺が付き合っているのは楠ノ瀬ではなく、あやちゃんということで噂が広まってしまいそうだ。
まぁそれがあやちゃんの狙いかもしれないけど……。
*****
そして祭の日がやって来た。
「理森さん、こちらをお召しください」
シゲさんに連れられた俺は、されるがままに白衣と白袴を着せられる。最後に腰紐をキュッときつく締められると気持ちまで引き締まる気がするから衣装の力は偉大だ。
「旦那様がいらっしゃいました」
シゲさんが俺に耳打ちした。
足音のする方に目を向けると、ちょうど仏頂面の父さんが入ってくるところだった。
――目が合ってしまう。
「理森……久しぶりだな」
「……あぁ」
緊張で声が掠れた。
「なぁ父さん……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「…………藍原さんのことだよ」
俺は一瞬、躊躇した。
あいつの名前を出すことに。
藍原の名を耳にしても父さんは相変わらず無表情で、何を考えているかはわからなかった。
「……何を、聞きたい?」
冷静に問い返されて、俺は言葉に詰まった。
「あの、」
父さんに会ったら聞きたいことが山ほどあったはずなのに……いざ本人を前にすると、言葉がうまく出てこない。
「あいつに……藍原朔夜に……俺のケータイ番号、教えたのか?」
俺の質問に、父さんは意外そうに片方の眉をぴくっと上げた。
「……教えた覚えはないが、勝手に見た可能性は否定できない。……朔夜が何か言ってきたのか?」
父さんが「朔夜」と……藍原の名前を親し気に呼び捨てしたことで。
あぁ、あいつの言っていたことは本当だったんだな……と、改めて思う。
俺は少し言い淀んだ後で、吐き出すようにひと思いに告げた。
「『もし自分も開眼したら、高遠家を譲ってくれ』……って、言われたよ」
「な、に……!?」
あいつの言葉を伝えると、平静を保っていた父さんの表情がはじめて動いた。両方の眉をつり上げて、驚いたように目を大きく見開いている。
「父さんは……俺じゃなくて、あいつに跡を継がせたいと思ってるのか?」
泣きそうな声で呟いた俺に、
「……それは私の権限で決められることじゃない。……当主が決めることだ」
父さんは俺から目を逸らして、そう言った。
目頭が熱い。
「そんなわけない」と言ってほしかった。
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俺は、父さんがはっきり否定してくれなかったことに……自分でも意外なほど、傷付いているみたいだった。
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