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共犯者
共犯者③
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音楽準備室に辿り着くとすぐにあやちゃんが扉に手をかけた。
「待って」
俺は彼女の腕を軽く掴んで、その手を止めた。
「……何があるかわからないから、俺が開ける」
あやちゃんの耳元で用心深く囁くと、あやちゃんは神妙な顔で頷いて俺の背に隠れるように一歩下がった。
あやちゃんが「準備室の鍵はかかっていた」と言っていたので、もしかしたら開けられないかもしれない、と思ったけれど……その心配は杞憂に終わった。
――鍵は開いていたからだ。
俺は出来るだけ音を立てないように扉を開けた。様子を伺いながら、一歩、足を踏み入れる。
俺の背中に隠れるようにしながら、あやちゃんも続けて中へ入ってくる。
意外にも電気は点いていて、室内は十分に明るかった。
壁の両側に設えられた棚に納まりきらない楽器やら譜面台やらが雑然と床に置かれているのがわかった。
――楠ノ瀬は、ここにいるのか?
俺は所狭しと置かれた荷物のせいで見通しの悪い室内に目を凝らして、楠ノ瀬の姿を探した。
「んんっ……っ」
部屋の奥から、くぐもった声が聞こえた気がした。
はっとした俺は後ろに目をやって、あやちゃんと顔を見合わせた。
「今の……聞こえた?」
俺が声を出さずに口の動きだけで問いかけると、あやちゃんも無言で大きく首を縦に振った。
声のした方に視線を向けると――。
部屋の最奥……窓の下に置かれたソファに向かって屈み込む男の背中が目に入った。
――藍原朔夜……か?
男の正体を確認するため、俺は斜め後ろに回り込んだ。首を伸ばし覗き込むと、男の下敷きになるような格好で、もう一人、誰かがいることが見てとれた。
視界の端で、ちらっ、とチェックの柄が揺れる。
濃いめのグリーンを基調にしたチェック柄は制服のスカートに間違いない。
「っ……楠ノ瀬っ……!」
自分でも無意識のうちに、彼女の名前を叫んでいた。
「お前っ……楠ノ瀬から離れろ!」
頭に血が上った俺がその男に掴みかかると、
「待って、高遠くん! その人は……」
聞き慣れた涼やかな声が俺を止めた。
「……楠ノ瀬……」
――よかった……。
楠ノ瀬の無事を確認して思わず顔が綻ぶ。
しかし、彼女の元気そうな声に安堵したのも束の間――。
床に膝をついてしゃがみ込んでいた男がゆらゆらと立ち上がって、のそりとこちらを振り返った。そのひょろりと細長いシルエットは、まるで斃しても斃しても蘇るゾンビのように思えた。
男から得体の知れない不気味さを感じとった俺は本能的に後ずさって、そいつとの距離を取る。
「え…………」
後ろから、あやちゃんの声が聞こえた。
それは、驚いたような……戸惑ったような……複雑な声色だった。
「待って」
俺は彼女の腕を軽く掴んで、その手を止めた。
「……何があるかわからないから、俺が開ける」
あやちゃんの耳元で用心深く囁くと、あやちゃんは神妙な顔で頷いて俺の背に隠れるように一歩下がった。
あやちゃんが「準備室の鍵はかかっていた」と言っていたので、もしかしたら開けられないかもしれない、と思ったけれど……その心配は杞憂に終わった。
――鍵は開いていたからだ。
俺は出来るだけ音を立てないように扉を開けた。様子を伺いながら、一歩、足を踏み入れる。
俺の背中に隠れるようにしながら、あやちゃんも続けて中へ入ってくる。
意外にも電気は点いていて、室内は十分に明るかった。
壁の両側に設えられた棚に納まりきらない楽器やら譜面台やらが雑然と床に置かれているのがわかった。
――楠ノ瀬は、ここにいるのか?
俺は所狭しと置かれた荷物のせいで見通しの悪い室内に目を凝らして、楠ノ瀬の姿を探した。
「んんっ……っ」
部屋の奥から、くぐもった声が聞こえた気がした。
はっとした俺は後ろに目をやって、あやちゃんと顔を見合わせた。
「今の……聞こえた?」
俺が声を出さずに口の動きだけで問いかけると、あやちゃんも無言で大きく首を縦に振った。
声のした方に視線を向けると――。
部屋の最奥……窓の下に置かれたソファに向かって屈み込む男の背中が目に入った。
――藍原朔夜……か?
男の正体を確認するため、俺は斜め後ろに回り込んだ。首を伸ばし覗き込むと、男の下敷きになるような格好で、もう一人、誰かがいることが見てとれた。
視界の端で、ちらっ、とチェックの柄が揺れる。
濃いめのグリーンを基調にしたチェック柄は制服のスカートに間違いない。
「っ……楠ノ瀬っ……!」
自分でも無意識のうちに、彼女の名前を叫んでいた。
「お前っ……楠ノ瀬から離れろ!」
頭に血が上った俺がその男に掴みかかると、
「待って、高遠くん! その人は……」
聞き慣れた涼やかな声が俺を止めた。
「……楠ノ瀬……」
――よかった……。
楠ノ瀬の無事を確認して思わず顔が綻ぶ。
しかし、彼女の元気そうな声に安堵したのも束の間――。
床に膝をついてしゃがみ込んでいた男がゆらゆらと立ち上がって、のそりとこちらを振り返った。そのひょろりと細長いシルエットは、まるで斃しても斃しても蘇るゾンビのように思えた。
男から得体の知れない不気味さを感じとった俺は本能的に後ずさって、そいつとの距離を取る。
「え…………」
後ろから、あやちゃんの声が聞こえた。
それは、驚いたような……戸惑ったような……複雑な声色だった。
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