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共犯者
共犯者②
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あやちゃんは長い髪を靡かせ、ずんずんと迷いのない足取りで進んでいく。
「はぁはぁ……っ、あやちゃん、足速いよ……」
そりゃたしかに俺は特別俊足というわけではないけれど……。それでも男子の平均程度には走れるはずなのに、なかなか彼女に追いつくことができない。
俺がもたもたしている間に、あやちゃんはさっさと校内に入って階段を駆けあがっていく。
息を切らした俺がようやく彼女に追いつけたのは、二階の踊り場だった。
「はぁっ……あやちゃんっ……! どこに、向かってるんだ!?」
俺が声を張り上げて尋ねると、あやちゃんは振り返りもせず前を向いたまま「音楽室!」と小さく叫んだ。
「え、でも……音楽室からいなくなったんだよな? 楠ノ瀬は……」
俺がふと疑問を口にすると、
「……の隣の、音楽準備室!」
音楽準備室?
楠ノ瀬とのことが噂になったときに、あやちゃんに連れていかれた教室だよな……。たしか四階のつきあたりにあったはずだ。俺は、埃っぽく雑然とした室内を思い出した。
あやちゃんも疲れてきたのか、ややスピードを落としながら説明する。
「いつもは大抵開けっ放しなのに、今日は珍しく鍵がかかってたの。てっきり私たちが音楽室に行く前から閉まってたのかと思って、よく見てなかった……。まさか、そんなすぐ側にいるとは思わなかったし。「灯台下暗し」とはまさにこのことね……」
あやちゃんが眉間に皺を寄せて、ぶつぶつと呟いた。最後のほうは完全に独り言のようである。
「……でも、なんで音楽準備室なんだ?」
「さっき電話から聞こえた音……ガシャーンって……あれ、シンバルだと思う」
「シンバル……!」
たしかに後を引くように反響した金属音は、あの楽器の音によく似ていた。
「あと、シンバルの音に紛れてトライアングルみたいな小さな音もしてたでしょ?」
トライアングルというと、あの小さな三角形の楽器のことか……俺でも演奏できそうな……。たしかに、うるさい金属音がした後で、チリン……というかすかな音を聞いた気がする。
「あの準備室には古い楽器が結構適当に置かれてるから。……清乃が暴れた拍子に落ちたのかもしれない」
楠ノ瀬の名前を出したとき、あやちゃんの表情が曇った。それは一瞬のことだったが……今にも泣きそうな顔だったのを俺は見てしまった。
「……大丈夫だよ、楠ノ瀬は。いつもは大人しくて控えめだけど、いざっていう時はすげぇ頼もしいから。俺も何回も助けてもらってる。だから大丈夫だ……きっと」
俺はあやちゃんを励ますため……そして自分にも言い聞かせるように、力強く言い切った。
「…………うん」
あやちゃんが消え入りそうな声で小さく頷く。
「急ごう」
俺はあやちゃんの肩をポンと叩いた。
「……わかってるわよ。場所を変えられたら面倒だし」
気を取り直したらしいあやちゃんが、いつもの強気な口調で応えた。
藍原からの通話はすでに切られている。
俺たちがヤツの居場所に気付いたことを勘付かれているかもしれない。
俺とあやちゃんは口を閉じて、階段を上る足を速めた。
「はぁはぁ……っ、あやちゃん、足速いよ……」
そりゃたしかに俺は特別俊足というわけではないけれど……。それでも男子の平均程度には走れるはずなのに、なかなか彼女に追いつくことができない。
俺がもたもたしている間に、あやちゃんはさっさと校内に入って階段を駆けあがっていく。
息を切らした俺がようやく彼女に追いつけたのは、二階の踊り場だった。
「はぁっ……あやちゃんっ……! どこに、向かってるんだ!?」
俺が声を張り上げて尋ねると、あやちゃんは振り返りもせず前を向いたまま「音楽室!」と小さく叫んだ。
「え、でも……音楽室からいなくなったんだよな? 楠ノ瀬は……」
俺がふと疑問を口にすると、
「……の隣の、音楽準備室!」
音楽準備室?
楠ノ瀬とのことが噂になったときに、あやちゃんに連れていかれた教室だよな……。たしか四階のつきあたりにあったはずだ。俺は、埃っぽく雑然とした室内を思い出した。
あやちゃんも疲れてきたのか、ややスピードを落としながら説明する。
「いつもは大抵開けっ放しなのに、今日は珍しく鍵がかかってたの。てっきり私たちが音楽室に行く前から閉まってたのかと思って、よく見てなかった……。まさか、そんなすぐ側にいるとは思わなかったし。「灯台下暗し」とはまさにこのことね……」
あやちゃんが眉間に皺を寄せて、ぶつぶつと呟いた。最後のほうは完全に独り言のようである。
「……でも、なんで音楽準備室なんだ?」
「さっき電話から聞こえた音……ガシャーンって……あれ、シンバルだと思う」
「シンバル……!」
たしかに後を引くように反響した金属音は、あの楽器の音によく似ていた。
「あと、シンバルの音に紛れてトライアングルみたいな小さな音もしてたでしょ?」
トライアングルというと、あの小さな三角形の楽器のことか……俺でも演奏できそうな……。たしかに、うるさい金属音がした後で、チリン……というかすかな音を聞いた気がする。
「あの準備室には古い楽器が結構適当に置かれてるから。……清乃が暴れた拍子に落ちたのかもしれない」
楠ノ瀬の名前を出したとき、あやちゃんの表情が曇った。それは一瞬のことだったが……今にも泣きそうな顔だったのを俺は見てしまった。
「……大丈夫だよ、楠ノ瀬は。いつもは大人しくて控えめだけど、いざっていう時はすげぇ頼もしいから。俺も何回も助けてもらってる。だから大丈夫だ……きっと」
俺はあやちゃんを励ますため……そして自分にも言い聞かせるように、力強く言い切った。
「…………うん」
あやちゃんが消え入りそうな声で小さく頷く。
「急ごう」
俺はあやちゃんの肩をポンと叩いた。
「……わかってるわよ。場所を変えられたら面倒だし」
気を取り直したらしいあやちゃんが、いつもの強気な口調で応えた。
藍原からの通話はすでに切られている。
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俺とあやちゃんは口を閉じて、階段を上る足を速めた。
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