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奪取
奪取④
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「あやちゃん、落ち着けって……」
泣き騒ぐあやちゃんを少しでも安心させようとら彼女の肩にそっと手を置いた。細い肩が小刻みに震えている。
「楠ノ瀬は、いつからいないんだ?」
俺が尋ねると、あやちゃんは記憶を辿るように遠くを見つめた。
「たぶん、一時間くらい前から……。清乃が音楽の先生に呼ばれて……今度の合唱コンクールで伴奏を頼まれたから、音楽室で練習することになって」
伴奏?
あぁ……そういえば、楠ノ瀬は子供の頃からピアノを習っていて、小学校や中学校でもよく弾いていたっけ。
「練習は楠ノ瀬が独りきりでやってたの?」
あやちゃんがふるふると首を左右に振った。
「もちろん、私も一緒に音楽室にいたわよ。私は、清乃のピアノを聴いてただけだけど……」
「じゃあ、楠ノ瀬がいなくなったのは?」
「一時間くらい練習して、そろそろ帰ろうか、って……運転手さんも待たせてるし。清乃が後片付けをしてる間に、私はトイレに行ったの。清乃から離れたのはその時だけ……十五分もなかったと思うけど、私がトイレから戻ったら……」
「楠ノ瀬が、いなくなってた?」
俺の指摘を肯定するように、あやちゃんが小さく頷いた。
「どうしよう……清乃に何かあったら……! 楠ノ瀬の家に何て言えばいいの!? 当主様にも顔向けできない……」
あやちゃんが両手で顔を覆って思いつめたように嘆いた。
「分家」という立場……そしておそらく楠ノ瀬の「見張り役」も命じられているであろうあやちゃんの立場からすると、自分がちょっと目を離した隙に楠ノ瀬が行方不明になるなんて、あってはならない一大事に違いなかった。
俺もあやちゃんが大袈裟だとは思えなかった。
楠ノ瀬は冗談でこんな人騒がせなメッセージを送ってくるタイプじゃない。本当に助けを呼ばなければならない状況に追い込まれているんだ……!
「迎えの車のところには来てないんだよな?」
「うん、先に行ったのかと思って最初に確かめたんだけど……。運転手さんも清乃のこと見てないって言ってるし」
「……それって、校門から出てないってことか?」
楠ノ瀬の迎えの車は、いつも校門を出て少し坂を下った所の道路脇に停まっていたはずだ。もし楠ノ瀬がそこを通ったら、運転手は気付くだろう。
「そうとは言い切れないんじゃない? 裏門から出た可能性もあるし」
「そうか、それもありえるな…………あぁ、くそっ!」
俺は頭を抱えて髪の毛を掻き毟った。
学校から出ていないのであれば捜索範囲も校内に絞り込めると思ったのに……。
俺とあやちゃんは途方に暮れて立ち尽くした。
わずかに俺たちを照らしていた陽の光はいつのまにかすっかり消え失せ、宵闇が辺りを包もうとしている。
「とりあえず、楠ノ瀬に今どこにいるか送ってみて。返信できる状況かわからないけど……。それから手分けして校内を捜そう……」
今できることを、何とかあやちゃんに提案したところで――
ブーブーブー……
俺のスマホが震えた。
画面には登録されていない番号が表示されている。
「……ったく、こんな時に誰だよ!?」
間の悪い着信に苛立った俺がそのまま無視しようとすると、
「待って! 清乃かもしれない……出てっ!」
あやちゃんが俺の腕を掴んで叫んだ。
泣き騒ぐあやちゃんを少しでも安心させようとら彼女の肩にそっと手を置いた。細い肩が小刻みに震えている。
「楠ノ瀬は、いつからいないんだ?」
俺が尋ねると、あやちゃんは記憶を辿るように遠くを見つめた。
「たぶん、一時間くらい前から……。清乃が音楽の先生に呼ばれて……今度の合唱コンクールで伴奏を頼まれたから、音楽室で練習することになって」
伴奏?
あぁ……そういえば、楠ノ瀬は子供の頃からピアノを習っていて、小学校や中学校でもよく弾いていたっけ。
「練習は楠ノ瀬が独りきりでやってたの?」
あやちゃんがふるふると首を左右に振った。
「もちろん、私も一緒に音楽室にいたわよ。私は、清乃のピアノを聴いてただけだけど……」
「じゃあ、楠ノ瀬がいなくなったのは?」
「一時間くらい練習して、そろそろ帰ろうか、って……運転手さんも待たせてるし。清乃が後片付けをしてる間に、私はトイレに行ったの。清乃から離れたのはその時だけ……十五分もなかったと思うけど、私がトイレから戻ったら……」
「楠ノ瀬が、いなくなってた?」
俺の指摘を肯定するように、あやちゃんが小さく頷いた。
「どうしよう……清乃に何かあったら……! 楠ノ瀬の家に何て言えばいいの!? 当主様にも顔向けできない……」
あやちゃんが両手で顔を覆って思いつめたように嘆いた。
「分家」という立場……そしておそらく楠ノ瀬の「見張り役」も命じられているであろうあやちゃんの立場からすると、自分がちょっと目を離した隙に楠ノ瀬が行方不明になるなんて、あってはならない一大事に違いなかった。
俺もあやちゃんが大袈裟だとは思えなかった。
楠ノ瀬は冗談でこんな人騒がせなメッセージを送ってくるタイプじゃない。本当に助けを呼ばなければならない状況に追い込まれているんだ……!
「迎えの車のところには来てないんだよな?」
「うん、先に行ったのかと思って最初に確かめたんだけど……。運転手さんも清乃のこと見てないって言ってるし」
「……それって、校門から出てないってことか?」
楠ノ瀬の迎えの車は、いつも校門を出て少し坂を下った所の道路脇に停まっていたはずだ。もし楠ノ瀬がそこを通ったら、運転手は気付くだろう。
「そうとは言い切れないんじゃない? 裏門から出た可能性もあるし」
「そうか、それもありえるな…………あぁ、くそっ!」
俺は頭を抱えて髪の毛を掻き毟った。
学校から出ていないのであれば捜索範囲も校内に絞り込めると思ったのに……。
俺とあやちゃんは途方に暮れて立ち尽くした。
わずかに俺たちを照らしていた陽の光はいつのまにかすっかり消え失せ、宵闇が辺りを包もうとしている。
「とりあえず、楠ノ瀬に今どこにいるか送ってみて。返信できる状況かわからないけど……。それから手分けして校内を捜そう……」
今できることを、何とかあやちゃんに提案したところで――
ブーブーブー……
俺のスマホが震えた。
画面には登録されていない番号が表示されている。
「……ったく、こんな時に誰だよ!?」
間の悪い着信に苛立った俺がそのまま無視しようとすると、
「待って! 清乃かもしれない……出てっ!」
あやちゃんが俺の腕を掴んで叫んだ。
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