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奪取
奪取③
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「はあぁぁぁ……」
魂がごっそり抜けてしまいそうなほど大きな溜息が漏れた。
教壇では古文の先生が声を張り上げて、先週やった小テストを返却している。自分の点数に一喜一憂してざわつくクラスメイト達のおかげで、俺の溜息も雑多な音に紛れて消えていった。
机の上に頬杖をついて窓の外に目をやると、今にも落っこちてきそうな重々しい灰色の空が広がっていた。駐輪場の裏に植えられた銀杏の木が風に吹かれて揺れている。
祖父さんの部屋で話を聞いてから、もう三日が経っていた。
相変わらず、父さんには会えていない。
そう……あの男には、うちとは別にもう一つの「家」があるのだ。そこで、母さん以外の女の人と一緒に暮らしているらしい。
いわゆる「愛人」というやつだ。
俺の母さんとは家が決めた結婚だったらしいし、祖父さんと比べられて、町の人からも蔑ろにされて……。
父さんが溜まった鬱憤を他所で晴らしたいと思うのは仕方ないのかもしれない……と、最近の俺は無理やり自分に言い聞かせていた。
俺や母さんと一緒にいるよりも、その女と一緒にいるときの方が、父さんは気が安らぐのだろう、きっと。
だからと言って傷つくほど、俺はもう小さな子供ではないけれど……。
なんとも言えないやり切れなさを感じてしまうのは、自分でも抑えようがなかった。
「はぁ……」
俺はもう一度溜息を吐いて、頭を掻いた。
「三十点に満たない者は今日の放課後、補習と再テストを行うからな」
先生の言葉に、俺は手元のテスト用紙に目を落とした。
28点。
「はあぁ……」
もう何度目かわからない溜息を吐き出して、机に顔を突っ伏した。
*****
補習を終えて校舎を出ると、陽はほとんど沈みかけていた。
気の早い一番星が遠い西の空でかすかに光って見える。
「ちょっ、高遠くんっ……!」
校門を抜けようとしたところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「あれ、珍しいな。こんな時間まで残ってるなんて」
植え込みの影からまるで俺のことを待ち構えていたかのように飛び出してきたのは、あやちゃんだった。
「き、清乃、知らない……!?」
あやちゃんの声が上擦っている。
「楠ノ瀬? 今日は見てないけど、」
「あぁ……っ! どうしよう……どこ行っちゃったのよ……」
いつもは冷静なあやちゃんが、今にも泣きそうな声でぶつぶつと独り言ちた。吊り目がちな大きな目が真っ赤に潤んでいる。
「どうしたんだ? 楠ノ瀬に何かあったのか……?」
俺はおろおろと狼狽えるあやちゃんの肩を掴んで、自分の方を向かせた。
あやちゃんが俺を見上げながら、ぐしゃっと顔を歪める。
「こ、これ……見て……」
あやちゃんが震える手で、俺の顔の前にスマホの画面をかざして見せた。
「……え」
画面に映し出された文字を見て、言葉を失う。
そこに書かれていた文字は――
「『たすけて』って……清乃から、送られてきた。ねぇ、何なのこれ……意味わかんないよ……」
あやちゃんの目から、堪えきれなくなった涙が、ついに零れ落ちた。
魂がごっそり抜けてしまいそうなほど大きな溜息が漏れた。
教壇では古文の先生が声を張り上げて、先週やった小テストを返却している。自分の点数に一喜一憂してざわつくクラスメイト達のおかげで、俺の溜息も雑多な音に紛れて消えていった。
机の上に頬杖をついて窓の外に目をやると、今にも落っこちてきそうな重々しい灰色の空が広がっていた。駐輪場の裏に植えられた銀杏の木が風に吹かれて揺れている。
祖父さんの部屋で話を聞いてから、もう三日が経っていた。
相変わらず、父さんには会えていない。
そう……あの男には、うちとは別にもう一つの「家」があるのだ。そこで、母さん以外の女の人と一緒に暮らしているらしい。
いわゆる「愛人」というやつだ。
俺の母さんとは家が決めた結婚だったらしいし、祖父さんと比べられて、町の人からも蔑ろにされて……。
父さんが溜まった鬱憤を他所で晴らしたいと思うのは仕方ないのかもしれない……と、最近の俺は無理やり自分に言い聞かせていた。
俺や母さんと一緒にいるよりも、その女と一緒にいるときの方が、父さんは気が安らぐのだろう、きっと。
だからと言って傷つくほど、俺はもう小さな子供ではないけれど……。
なんとも言えないやり切れなさを感じてしまうのは、自分でも抑えようがなかった。
「はぁ……」
俺はもう一度溜息を吐いて、頭を掻いた。
「三十点に満たない者は今日の放課後、補習と再テストを行うからな」
先生の言葉に、俺は手元のテスト用紙に目を落とした。
28点。
「はあぁ……」
もう何度目かわからない溜息を吐き出して、机に顔を突っ伏した。
*****
補習を終えて校舎を出ると、陽はほとんど沈みかけていた。
気の早い一番星が遠い西の空でかすかに光って見える。
「ちょっ、高遠くんっ……!」
校門を抜けようとしたところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「あれ、珍しいな。こんな時間まで残ってるなんて」
植え込みの影からまるで俺のことを待ち構えていたかのように飛び出してきたのは、あやちゃんだった。
「き、清乃、知らない……!?」
あやちゃんの声が上擦っている。
「楠ノ瀬? 今日は見てないけど、」
「あぁ……っ! どうしよう……どこ行っちゃったのよ……」
いつもは冷静なあやちゃんが、今にも泣きそうな声でぶつぶつと独り言ちた。吊り目がちな大きな目が真っ赤に潤んでいる。
「どうしたんだ? 楠ノ瀬に何かあったのか……?」
俺はおろおろと狼狽えるあやちゃんの肩を掴んで、自分の方を向かせた。
あやちゃんが俺を見上げながら、ぐしゃっと顔を歪める。
「こ、これ……見て……」
あやちゃんが震える手で、俺の顔の前にスマホの画面をかざして見せた。
「……え」
画面に映し出された文字を見て、言葉を失う。
そこに書かれていた文字は――
「『たすけて』って……清乃から、送られてきた。ねぇ、何なのこれ……意味わかんないよ……」
あやちゃんの目から、堪えきれなくなった涙が、ついに零れ落ちた。
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