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噂
噂③
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「私も、直之さんじゃないと思う」
楠ノ瀬があやちゃんの答えを擁護するように言い継いだ。
二人とも口を揃えてそう言うということは、徳堂の容態は俺が聞かされているより良くないのかもしれない……。
そもそも徳堂が俺の家を……それも部屋の内部を撮影することなんてできるだろうか?
――できない、と思う。
それに徳堂がやるのだとすれば、俺の家じゃなくて、楠ノ瀬の家でやった方がはるかに簡単だ。楠ノ瀬家はあいつのテリトリーなんだから……。
さらに、俺と楠ノ瀬の噂を流したところで、あいつに何の得がある?
町の人たちに対して俺の評判を落とすことはできるかもしれないけど、このやり方だと、楠ノ瀬の側もダメージを受けるはずだ。楠ノ瀬と、楠ノ瀬家の威光を利用したい徳堂にとってもデメリットにしかならない。
――じゃあ、一体誰が……?
「他に心当たりはないの? 清乃とあんたの噂を流して喜ぶようなヤツの……」
あやちゃんが俺に目をくれながら、厳しい口調で問いかけてくる。
俺は彼女の責めるような視線を避けるように、目を閉じた。
楠ノ瀬が家に来た日のことを思い出してみる。
「あ……」
ふいに頭を過ぎったのは……人懐っこい、小動物みたいな……あの笑顔。
タイミングよく俺の部屋の前に現れた……あの若い使用人。
「誰か、思い当たる人がいるの……?」
楠ノ瀬が気づかわしげな表情を浮かべて、俺を見つめていた。
「え? あぁ……」
俺は目を伏せて、言葉を濁した。
あの男に違いない、と俺の直感は告げていたが、まだ確証が取れていない。
――ちゃんと確認しなければならない……。
俺は拳を握りしめた。
「迷惑かけて、ごめん。俺が何とかするから……」
「何とかって、どうする気?」
あやちゃんが俺を見据えながら言った。
「一度出回った噂を完全に『なかったこと』にはできないでしょ? それとも高遠の力なら何とかなるの?」
「いや……それは、わからないけど……」
曖昧に答えた俺に、あやちゃんが呆れたように大きく息を吐いた。
「……まぁ、いざとなれば……私が清乃の代わりになるから。そのための影武者なんだし」
「え? それ、どういうことだ?」
あやちゃんの発言に俺が疑問の声を上げると、
「あんたと付き合ってるのは、清乃じゃなくて私……ってことにすればいい、ってこと」
俯いたあやちゃんが低い声で答えた。
「嫌。そんなの、やだ……」
あやちゃんの答えを受けた楠ノ瀬が涙声で呟いた。
埃っぽい音楽準備室に、楠ノ瀬の鼻を啜る小さな音だけが響いた。
「楠ノ瀬……」
俺が楠ノ瀬に向かって口を開いたところで――
ガタッと音を立てて音楽準備室の戸が無造作に開かれた。
ビクッと体を揺らしてそちらを向くと、
「あぁ、なんだお前ら……勝手に入るなよ」
ひょろっと背の高い男性教師が、眉をひそめて立っていた。
「あ……すみませーん」
「でも鍵をかけ忘れた先生も悪いと思いまーす」
音楽の授業を選択していない俺はその先生の名前も思い出せなかったが、楠ノ瀬とあやちゃんは顔見知りらしく、親しげな様子で先生に抗議している。
「もう午後の授業が始まるぞ。早く教室に戻りなさい」
「はーい」
楠ノ瀬とあやちゃんは特に悪びれることもなく、軽く返事をして出口へと向かった。
「高遠くんも。行こう」
楠ノ瀬が上目遣いに俺の顔を見やりながら、腕を引っ張った。
「あ、うん……」
彼女に引きずられるようにして音楽準備室を後にする。
ろくに挨拶もしないで逃げるように立ち去ろうとする俺を、先生が眼鏡を直しながら苦い顔で見送っていた。
楠ノ瀬があやちゃんの答えを擁護するように言い継いだ。
二人とも口を揃えてそう言うということは、徳堂の容態は俺が聞かされているより良くないのかもしれない……。
そもそも徳堂が俺の家を……それも部屋の内部を撮影することなんてできるだろうか?
――できない、と思う。
それに徳堂がやるのだとすれば、俺の家じゃなくて、楠ノ瀬の家でやった方がはるかに簡単だ。楠ノ瀬家はあいつのテリトリーなんだから……。
さらに、俺と楠ノ瀬の噂を流したところで、あいつに何の得がある?
町の人たちに対して俺の評判を落とすことはできるかもしれないけど、このやり方だと、楠ノ瀬の側もダメージを受けるはずだ。楠ノ瀬と、楠ノ瀬家の威光を利用したい徳堂にとってもデメリットにしかならない。
――じゃあ、一体誰が……?
「他に心当たりはないの? 清乃とあんたの噂を流して喜ぶようなヤツの……」
あやちゃんが俺に目をくれながら、厳しい口調で問いかけてくる。
俺は彼女の責めるような視線を避けるように、目を閉じた。
楠ノ瀬が家に来た日のことを思い出してみる。
「あ……」
ふいに頭を過ぎったのは……人懐っこい、小動物みたいな……あの笑顔。
タイミングよく俺の部屋の前に現れた……あの若い使用人。
「誰か、思い当たる人がいるの……?」
楠ノ瀬が気づかわしげな表情を浮かべて、俺を見つめていた。
「え? あぁ……」
俺は目を伏せて、言葉を濁した。
あの男に違いない、と俺の直感は告げていたが、まだ確証が取れていない。
――ちゃんと確認しなければならない……。
俺は拳を握りしめた。
「迷惑かけて、ごめん。俺が何とかするから……」
「何とかって、どうする気?」
あやちゃんが俺を見据えながら言った。
「一度出回った噂を完全に『なかったこと』にはできないでしょ? それとも高遠の力なら何とかなるの?」
「いや……それは、わからないけど……」
曖昧に答えた俺に、あやちゃんが呆れたように大きく息を吐いた。
「……まぁ、いざとなれば……私が清乃の代わりになるから。そのための影武者なんだし」
「え? それ、どういうことだ?」
あやちゃんの発言に俺が疑問の声を上げると、
「あんたと付き合ってるのは、清乃じゃなくて私……ってことにすればいい、ってこと」
俯いたあやちゃんが低い声で答えた。
「嫌。そんなの、やだ……」
あやちゃんの答えを受けた楠ノ瀬が涙声で呟いた。
埃っぽい音楽準備室に、楠ノ瀬の鼻を啜る小さな音だけが響いた。
「楠ノ瀬……」
俺が楠ノ瀬に向かって口を開いたところで――
ガタッと音を立てて音楽準備室の戸が無造作に開かれた。
ビクッと体を揺らしてそちらを向くと、
「あぁ、なんだお前ら……勝手に入るなよ」
ひょろっと背の高い男性教師が、眉をひそめて立っていた。
「あ……すみませーん」
「でも鍵をかけ忘れた先生も悪いと思いまーす」
音楽の授業を選択していない俺はその先生の名前も思い出せなかったが、楠ノ瀬とあやちゃんは顔見知りらしく、親しげな様子で先生に抗議している。
「もう午後の授業が始まるぞ。早く教室に戻りなさい」
「はーい」
楠ノ瀬とあやちゃんは特に悪びれることもなく、軽く返事をして出口へと向かった。
「高遠くんも。行こう」
楠ノ瀬が上目遣いに俺の顔を見やりながら、腕を引っ張った。
「あ、うん……」
彼女に引きずられるようにして音楽準備室を後にする。
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