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背後
背後①
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空は薄暗くなり始めている。
先ほどまでカーテン越しの窓から差し込んでいた夕方の光もいつのまにか消えていた。
俺は自分の部屋で電気も点けずにベッドに横たわっていた。
あの日……徳堂が山で怪我をした日から……一週間が過ぎた。
俺はこの一週間、学校にも行けなかった。
なぜなら――。
「理森さん、ちょっといいですか?」
ドア越しに俺を呼ぶ声がした。
この声は最近入った若い使用人のものだろう。
「……なに?」
思考を妨げられ、自分で思っていたよりも不愛想な声が漏れてしまった。
「お客さんがお見えです」
客?
「……誰?」
ドアの向こうに向かって探るように尋ねると、
「……高遠くん」
聞き覚えのある澄んだ声が聞こえた。
「あ、え……楠ノ瀬!?」
俺は慌てて身を起こした。
「うん。あの、入っていいかな?」
「あ、あぁ……ちょっと待って!」
俺は雑然とした室内をざっと見渡し、見られてマズいものをまとめてクローゼットに押し込んでから、楠ノ瀬を招き入れた。
少し落ち着かない様子で部屋に足を踏み入れた彼女は、物珍しそうに室内をきょろきょろと見回している。
今日の楠ノ瀬はオフホワイトのロングカーディガンに柔らかそうなグリーンのロングスカートを合わせていて、いつもより少しだけ大人っぽい。
「えーと……その辺、適当に座って」
楠ノ瀬が俺の部屋に来るなんて、もちろん初めてで……ちょっと緊張してしまう。
楠ノ瀬の方も少し迷った素ぶりを見せてから、部屋の真ん中に置いてある小さなガラステーブルの前にちょこんと正座した。
向かい合うように、俺もテーブルの反対側に腰を下ろした。
「高遠くん……その、目……」
俺の顔を見た楠ノ瀬が小さく息を呑んだ。
そう。
あの日以来、俺の目は元に戻らず、青いままなのだ。だから俺はここ一週間、学校にも行けないでいる。
「黒いカラコンをしてみるとかは……?」
楠ノ瀬が俺の目を覗き込みながら言った。
「うーん……一応、試してはみるけど、たぶん隠しきれないと思う」
厄介なことに、この目はただ青いだけではなく、わずかだが光を放っている。これが特に暗い所では、よく目立ってしまう。
「はぁ……そうだよね」
楠ノ瀬もカラコン程度ではカバーできないと悟ったのか、溜息を吐いて肩を落とした。
「やっぱり、やるしかないよね」
楠ノ瀬が拳を握ってボソッと呟いた。
「高遠くん、横になって」
「え?」
「その目を『治療』するの。高遠くん、早くベッドに入って」
そう言うと楠ノ瀬は立ち上がって、俺の手を引っ張った。
楠ノ瀬にされるがまま、俺はベッドに仰向けで寝かされる。
――冷たい。
目の上にひんやりと柔らかい布が被せられて、視界を奪われた。
ほのかに漂う甘い芳香……。
「この匂いは……」
「そう。あの泉の水を染み込ませてあるの」
楠ノ瀬が俺の耳元で囁いた。
そのまま口を寄せて、呪文のような何かを小声で唱える。
「じゃあ……始めるね」
甘い声がしたかと思うと――。
楠ノ瀬の温かく湿った唇が、俺の唇に触れた。
先ほどまでカーテン越しの窓から差し込んでいた夕方の光もいつのまにか消えていた。
俺は自分の部屋で電気も点けずにベッドに横たわっていた。
あの日……徳堂が山で怪我をした日から……一週間が過ぎた。
俺はこの一週間、学校にも行けなかった。
なぜなら――。
「理森さん、ちょっといいですか?」
ドア越しに俺を呼ぶ声がした。
この声は最近入った若い使用人のものだろう。
「……なに?」
思考を妨げられ、自分で思っていたよりも不愛想な声が漏れてしまった。
「お客さんがお見えです」
客?
「……誰?」
ドアの向こうに向かって探るように尋ねると、
「……高遠くん」
聞き覚えのある澄んだ声が聞こえた。
「あ、え……楠ノ瀬!?」
俺は慌てて身を起こした。
「うん。あの、入っていいかな?」
「あ、あぁ……ちょっと待って!」
俺は雑然とした室内をざっと見渡し、見られてマズいものをまとめてクローゼットに押し込んでから、楠ノ瀬を招き入れた。
少し落ち着かない様子で部屋に足を踏み入れた彼女は、物珍しそうに室内をきょろきょろと見回している。
今日の楠ノ瀬はオフホワイトのロングカーディガンに柔らかそうなグリーンのロングスカートを合わせていて、いつもより少しだけ大人っぽい。
「えーと……その辺、適当に座って」
楠ノ瀬が俺の部屋に来るなんて、もちろん初めてで……ちょっと緊張してしまう。
楠ノ瀬の方も少し迷った素ぶりを見せてから、部屋の真ん中に置いてある小さなガラステーブルの前にちょこんと正座した。
向かい合うように、俺もテーブルの反対側に腰を下ろした。
「高遠くん……その、目……」
俺の顔を見た楠ノ瀬が小さく息を呑んだ。
そう。
あの日以来、俺の目は元に戻らず、青いままなのだ。だから俺はここ一週間、学校にも行けないでいる。
「黒いカラコンをしてみるとかは……?」
楠ノ瀬が俺の目を覗き込みながら言った。
「うーん……一応、試してはみるけど、たぶん隠しきれないと思う」
厄介なことに、この目はただ青いだけではなく、わずかだが光を放っている。これが特に暗い所では、よく目立ってしまう。
「はぁ……そうだよね」
楠ノ瀬もカラコン程度ではカバーできないと悟ったのか、溜息を吐いて肩を落とした。
「やっぱり、やるしかないよね」
楠ノ瀬が拳を握ってボソッと呟いた。
「高遠くん、横になって」
「え?」
「その目を『治療』するの。高遠くん、早くベッドに入って」
そう言うと楠ノ瀬は立ち上がって、俺の手を引っ張った。
楠ノ瀬にされるがまま、俺はベッドに仰向けで寝かされる。
――冷たい。
目の上にひんやりと柔らかい布が被せられて、視界を奪われた。
ほのかに漂う甘い芳香……。
「この匂いは……」
「そう。あの泉の水を染み込ませてあるの」
楠ノ瀬が俺の耳元で囁いた。
そのまま口を寄せて、呪文のような何かを小声で唱える。
「じゃあ……始めるね」
甘い声がしたかと思うと――。
楠ノ瀬の温かく湿った唇が、俺の唇に触れた。
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