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後継者
後継者③
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「あ、おかえりなさい」
浮かない顔で戻った俺を、若い男の使用人が出迎えた。
玄関前の広場に散らばる落ち葉を、若々しい彼とは不釣り合いな古い竹箒で掃いている。
「……ただいま」
俺と同じぐらいの年頃だろうか?
見慣れない顔の男に疑問を感じながらも、楠ノ瀬の婆さんに言われたことで頭がいっぱいだった俺は、軽く挨拶だけして家に入った。
上着だけ脱いで、まっすぐ祖父の部屋へと向かう。
「祖父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
廊下から襖越しに声を掛ける。
しばらく待ってみたが――
返事は、ない。
「祖父さん、楠ノ瀬の婆さ……当主様から、知りたいことがあるなら祖父さんに聞け、って言われたんだ。ちょっとでいいから、時間取ってくれないか?」
襖の向こうからはなんの反応もない。
俺が諦めて自分の部屋へ戻ろうとしたところで、
「……入りなさい」
襖越しに祖父さんのくぐもった声が聞こえた。
俺は軽く深呼吸をしてから、そっと襖を開ける。
広々とした和室の中央に、胡坐をかいて座る祖父さんの姿があった。
丸まった背中は前に見た時より少し小さくなった気がする。
床の間の一輪挿しに飾られたリンドウの青紫色が、やけに目についた。
俺は畳の縁を踏まないように意識するともなく足を進めると、祖父さんの斜め後ろに正座した。
「あの、」
「何が聞きたい?」
俺が切り出すより先に、祖父さんが口を開いた。
祖父とはいえ、この人の前に出ると緊張する……俺は浅くなった呼吸を整えようと、もう一度深呼吸をしてから声を出した。
「……どうして、高遠と楠ノ瀬が……結びついてはいけないんだ……?」
「……」
俺の声が虚しく室内に木霊した。
祖父さんはこちらに一瞥すらくれず、背を向けたままだ。
「あの、」
沈黙に耐えかねた俺が言葉を継ぐように呟くと、
「お前、楠ノ瀬の孫娘に惚れてるな……」
「え……!?」
俺が狼狽えて聞き返すと、
「とっくに知っておった。お前たちが子供の頃、儂らの目を盗んで逢引きしてた時から」
祖父さんが静かな声で言った。
「逢引きって……そんな大袈裟な」
俺は苦笑いしながら否定する。
あの頃は、愛だの恋だのといった想いはなかった。
……なかった、と思う。
「儂らは、お前たちを許すわけにはいかん」
思案に暮れる俺の目を醒ますかのように、祖父さんがはっきりと告げた。
「……なんでだよ?」
俺の口から思わず不満げな声が漏れる。
「違うな……儂らが許しても、『神様』が許さんだろう……」
祖父さんがそう呟くと、おもむろに立ち上がって部屋の隅へと行った。藍染の座布団を持って戻ってくると、それを自分の正面に置いて、
「理森、こちらに来い」
と、俺を呼んだ。
俺は言われるがまま祖父さんの向かい側に回り込んで、座布団の上に腰を下ろした。
「儂の目を見ろ」
俺は顔を上げて、祖父さんの目を見つめた。
「……っ!」
――息を呑んだ。
俺が呑み込んだ息の音が、静かな部屋に響く。
祖父さんの目が青く……いや、青と緑を溶かし混ぜた翡翠のように、深い碧色の光を湛えていた。
浮かない顔で戻った俺を、若い男の使用人が出迎えた。
玄関前の広場に散らばる落ち葉を、若々しい彼とは不釣り合いな古い竹箒で掃いている。
「……ただいま」
俺と同じぐらいの年頃だろうか?
見慣れない顔の男に疑問を感じながらも、楠ノ瀬の婆さんに言われたことで頭がいっぱいだった俺は、軽く挨拶だけして家に入った。
上着だけ脱いで、まっすぐ祖父の部屋へと向かう。
「祖父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
廊下から襖越しに声を掛ける。
しばらく待ってみたが――
返事は、ない。
「祖父さん、楠ノ瀬の婆さ……当主様から、知りたいことがあるなら祖父さんに聞け、って言われたんだ。ちょっとでいいから、時間取ってくれないか?」
襖の向こうからはなんの反応もない。
俺が諦めて自分の部屋へ戻ろうとしたところで、
「……入りなさい」
襖越しに祖父さんのくぐもった声が聞こえた。
俺は軽く深呼吸をしてから、そっと襖を開ける。
広々とした和室の中央に、胡坐をかいて座る祖父さんの姿があった。
丸まった背中は前に見た時より少し小さくなった気がする。
床の間の一輪挿しに飾られたリンドウの青紫色が、やけに目についた。
俺は畳の縁を踏まないように意識するともなく足を進めると、祖父さんの斜め後ろに正座した。
「あの、」
「何が聞きたい?」
俺が切り出すより先に、祖父さんが口を開いた。
祖父とはいえ、この人の前に出ると緊張する……俺は浅くなった呼吸を整えようと、もう一度深呼吸をしてから声を出した。
「……どうして、高遠と楠ノ瀬が……結びついてはいけないんだ……?」
「……」
俺の声が虚しく室内に木霊した。
祖父さんはこちらに一瞥すらくれず、背を向けたままだ。
「あの、」
沈黙に耐えかねた俺が言葉を継ぐように呟くと、
「お前、楠ノ瀬の孫娘に惚れてるな……」
「え……!?」
俺が狼狽えて聞き返すと、
「とっくに知っておった。お前たちが子供の頃、儂らの目を盗んで逢引きしてた時から」
祖父さんが静かな声で言った。
「逢引きって……そんな大袈裟な」
俺は苦笑いしながら否定する。
あの頃は、愛だの恋だのといった想いはなかった。
……なかった、と思う。
「儂らは、お前たちを許すわけにはいかん」
思案に暮れる俺の目を醒ますかのように、祖父さんがはっきりと告げた。
「……なんでだよ?」
俺の口から思わず不満げな声が漏れる。
「違うな……儂らが許しても、『神様』が許さんだろう……」
祖父さんがそう呟くと、おもむろに立ち上がって部屋の隅へと行った。藍染の座布団を持って戻ってくると、それを自分の正面に置いて、
「理森、こちらに来い」
と、俺を呼んだ。
俺は言われるがまま祖父さんの向かい側に回り込んで、座布団の上に腰を下ろした。
「儂の目を見ろ」
俺は顔を上げて、祖父さんの目を見つめた。
「……っ!」
――息を呑んだ。
俺が呑み込んだ息の音が、静かな部屋に響く。
祖父さんの目が青く……いや、青と緑を溶かし混ぜた翡翠のように、深い碧色の光を湛えていた。
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