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後継者
後継者①
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「あやちゃん……ごめん」
俺が小声で言うと、俺の胸に凭れかかって息を整えていたあやちゃんがビクッと体を震わせた。
彼女はのろのろと俺の体から離れて部屋の隅にあるティッシュの箱に手を伸ばす。無表情で自分の股間を拭うと、俺にティッシュを放って寄こした。
彼女は俺を一切見ないで乱れた巫女装束を整えると、そのまま部屋を立ち去ろうとする。
「……待ってくれ!」
俺はあやちゃんを呼び止めた。
「……あやちゃんは、なんであいつの言いなりになってんの?」
「……」
あやちゃんは何も答えない。
「家の事情で逆らえないのか? それとも……」
「さっさと帰って」
俺の話を、あやちゃんが強い口調で遮った。
「心配しなくても、私は言いふらしたりしないから。……あの男がどうするかは知らないけど」
俺に背を向けたまま言うあやちゃん。
切れかけの蛍光灯がチラチラと彼女の顔に陰影を落としていた。こちらを見ようともしない彼女がどんな表情をしているのか……俺にはまったくわからない。
俺は射精後の虚脱感と……楠ノ瀬以外の女の子と関係してしまった罪悪感で、しばらく動けなかった。だらしなく座り込んだまま、廊下をしずしずと歩き去るあやちゃんの後ろ姿を見送るほかなかった。
*****
ふらつく足どりで山を下り、家に着く頃には日付が変わっていた。
古い廊下は軋みやすい。
俺が家の人間に気付かれないように、なるべく息を潜めて歩いていると――
「遅かったな」
背後から掛けられた声に一瞬肩が上がる。
「……父さん」
振り返ると、廊下の暗がりに紛れるように、俺の父親がひっそりと立っていた。
「帰ってきてたんだ。珍しいな」
俺の言葉を耳にした父さんが不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「……自分の家に居ちゃ悪いのか?」
「いや、悪くないけど」
別に嫌味で言ったわけじゃない。
実際、俺の父親がこの家にいるのは「珍しい」のだ。
「お前もまだ高校生だろ。明日も学校なんだし、早く寝なさい」
「わかってるって」
祖父さんの力が強いせいもあるが、うちの父親の影はなんとなく薄い。
祖父さんは市議会議員を三期も務めたが、父さんは選挙に出ようという気配すらない。町の人たちからも、どことなく蔑ろにされている感すらある。
「お前……」
自分の部屋へと足を向けた俺を、ふいに父さんが呼び止めた。
「なに?」
「……『開眼』したんだってな」
父さんが重々しい声音で告げた。
「うん、まあ……。とは言っても、まだ完全に制御できてないけど」
一人ではいつも喰われそうになる自分が情けなくて、答える声が弱々しいものになる。
いつも救けてくれる楠ノ瀬の姿が頭をよぎった。
「そうか……よかったな。頑張れよ」
父さんの声は言葉の内容とは裏腹に、暗く沈んでいて……とても喜んではいるようには聞こえなかった。
「そういえば、父さんには取り憑かないの? あの『神様』は……」
「…………あぁ」
父さんは小さく頷いて、力なく笑った。
俺が小声で言うと、俺の胸に凭れかかって息を整えていたあやちゃんがビクッと体を震わせた。
彼女はのろのろと俺の体から離れて部屋の隅にあるティッシュの箱に手を伸ばす。無表情で自分の股間を拭うと、俺にティッシュを放って寄こした。
彼女は俺を一切見ないで乱れた巫女装束を整えると、そのまま部屋を立ち去ろうとする。
「……待ってくれ!」
俺はあやちゃんを呼び止めた。
「……あやちゃんは、なんであいつの言いなりになってんの?」
「……」
あやちゃんは何も答えない。
「家の事情で逆らえないのか? それとも……」
「さっさと帰って」
俺の話を、あやちゃんが強い口調で遮った。
「心配しなくても、私は言いふらしたりしないから。……あの男がどうするかは知らないけど」
俺に背を向けたまま言うあやちゃん。
切れかけの蛍光灯がチラチラと彼女の顔に陰影を落としていた。こちらを見ようともしない彼女がどんな表情をしているのか……俺にはまったくわからない。
俺は射精後の虚脱感と……楠ノ瀬以外の女の子と関係してしまった罪悪感で、しばらく動けなかった。だらしなく座り込んだまま、廊下をしずしずと歩き去るあやちゃんの後ろ姿を見送るほかなかった。
*****
ふらつく足どりで山を下り、家に着く頃には日付が変わっていた。
古い廊下は軋みやすい。
俺が家の人間に気付かれないように、なるべく息を潜めて歩いていると――
「遅かったな」
背後から掛けられた声に一瞬肩が上がる。
「……父さん」
振り返ると、廊下の暗がりに紛れるように、俺の父親がひっそりと立っていた。
「帰ってきてたんだ。珍しいな」
俺の言葉を耳にした父さんが不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「……自分の家に居ちゃ悪いのか?」
「いや、悪くないけど」
別に嫌味で言ったわけじゃない。
実際、俺の父親がこの家にいるのは「珍しい」のだ。
「お前もまだ高校生だろ。明日も学校なんだし、早く寝なさい」
「わかってるって」
祖父さんの力が強いせいもあるが、うちの父親の影はなんとなく薄い。
祖父さんは市議会議員を三期も務めたが、父さんは選挙に出ようという気配すらない。町の人たちからも、どことなく蔑ろにされている感すらある。
「お前……」
自分の部屋へと足を向けた俺を、ふいに父さんが呼び止めた。
「なに?」
「……『開眼』したんだってな」
父さんが重々しい声音で告げた。
「うん、まあ……。とは言っても、まだ完全に制御できてないけど」
一人ではいつも喰われそうになる自分が情けなくて、答える声が弱々しいものになる。
いつも救けてくれる楠ノ瀬の姿が頭をよぎった。
「そうか……よかったな。頑張れよ」
父さんの声は言葉の内容とは裏腹に、暗く沈んでいて……とても喜んではいるようには聞こえなかった。
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「…………あぁ」
父さんは小さく頷いて、力なく笑った。
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