15 / 100
許嫁
許嫁①
しおりを挟む
朝起きると、楠ノ瀬の姿がなかった。
俺は身を起こして、きょろきょろと辺りを見回す。
だだっ広く殺風景な部屋にいるのは俺一人だけで、他に気配はない。
障子からは朝の光が照りこんでいる。
さわさわと木々が揺れる音と遠くで鳴く鳥の声がかすかに聞こえた。
ぺたぺたぺた……。
外から聞こえる穏やかな自然の音に、人の足音が混じった。
「楠ノ瀬?」
襖の前で止まった人影に向かって声をかけると、
「……悪かったわね、清乃じゃなくて」
現れたのは、あやちゃんだった。
相変わらず不機嫌そうな仏頂面を浮かべている。
まぁそれはいつものことだけど……。
いつもと違うのは服装だった。
彼女は白衣に緋袴を身につけ、長い髪を後ろで一つに束ねている。
「巫女さん?」
あやちゃんの姿を見て思いついた言葉をそのまま口に出すと、
「……私も一応この家の人間なの。分家だけど」
なるほど。
楠ノ瀬とあやちゃんは何となく顔や雰囲気が似ていると思っていたが……親戚だったということか。
「これ、朝ごはん」
あやちゃんは運んできたお盆を俺の前に差し出した。
お盆の上には土鍋に入ったお粥と白いレンゲが載っている。お粥の中央には一粒の梅干しが添えられていた。
「あ、ありがとう」
まさか楠ノ瀬の家でご飯まで食べさせてもらえるとは思っていなかった。
驚いた俺が素直に礼を言うと、
「食べたらさっさと帰って」
あやちゃんがすげなく答えた。
……うん。格好は違っても、いつものあやちゃんだ。
「……病人みたいなメニューだな」
白いお粥からは湯気が立ち上っている。
体には良さそうだが味気のないメニューを前に、俺は思わず呟いてしまう。
「そりゃ、昨日のあんたを見たら……」
俺の呟きが耳に入ったらしいあやちゃんが言った。
「なぁ……昨日の俺、どうなったんだ?」
「……覚えてないの?」
あやちゃんが訝しげに眉をひそめる。
「あぁ……」
俺は心臓を握りつぶされるような痛みを思い出して、思わず左胸に手を当てた。
「大変だったのよ。こっちの言うことは全っ然聞こえてないみたいだし、目は完全にイッちゃってるし……」
「目……」
俺は右手を持ち上げて、そっと自分の瞼に添えてみる。
「俺の目、どうなってた? ……青かった?」
あやちゃんは躊躇するように視線をさまよわせた後、俺の問いかけを肯定するように、小さく首を縦に振った。
「……今は? 今も青いのか……?」
彼女が俺の顔に目を向ける。
探るように目を細めた後、今度は首を横に振った。
「そっか……よかった」
安心した俺は、ほっと息をついた。
「楠ノ瀬家の人たちが、助けてくれたのか?」
「そう。まあ私は何もしてないけど……当主様と清乃が鎮めてくださったわ」
――また楠ノ瀬が助けてくれたんだな。
「そういえば、楠ノ瀬は?」
あやちゃんに尋ねると、
「知らない……知ってても教えないし」
そう言って、ぷいと顔を逸らされた。
……うん、いつものあやちゃんだ。
「いただきます」
俺はちょっと冷めかけたお粥に手を伸ばし、ゆっくりと口に運んだ。
俺は身を起こして、きょろきょろと辺りを見回す。
だだっ広く殺風景な部屋にいるのは俺一人だけで、他に気配はない。
障子からは朝の光が照りこんでいる。
さわさわと木々が揺れる音と遠くで鳴く鳥の声がかすかに聞こえた。
ぺたぺたぺた……。
外から聞こえる穏やかな自然の音に、人の足音が混じった。
「楠ノ瀬?」
襖の前で止まった人影に向かって声をかけると、
「……悪かったわね、清乃じゃなくて」
現れたのは、あやちゃんだった。
相変わらず不機嫌そうな仏頂面を浮かべている。
まぁそれはいつものことだけど……。
いつもと違うのは服装だった。
彼女は白衣に緋袴を身につけ、長い髪を後ろで一つに束ねている。
「巫女さん?」
あやちゃんの姿を見て思いついた言葉をそのまま口に出すと、
「……私も一応この家の人間なの。分家だけど」
なるほど。
楠ノ瀬とあやちゃんは何となく顔や雰囲気が似ていると思っていたが……親戚だったということか。
「これ、朝ごはん」
あやちゃんは運んできたお盆を俺の前に差し出した。
お盆の上には土鍋に入ったお粥と白いレンゲが載っている。お粥の中央には一粒の梅干しが添えられていた。
「あ、ありがとう」
まさか楠ノ瀬の家でご飯まで食べさせてもらえるとは思っていなかった。
驚いた俺が素直に礼を言うと、
「食べたらさっさと帰って」
あやちゃんがすげなく答えた。
……うん。格好は違っても、いつものあやちゃんだ。
「……病人みたいなメニューだな」
白いお粥からは湯気が立ち上っている。
体には良さそうだが味気のないメニューを前に、俺は思わず呟いてしまう。
「そりゃ、昨日のあんたを見たら……」
俺の呟きが耳に入ったらしいあやちゃんが言った。
「なぁ……昨日の俺、どうなったんだ?」
「……覚えてないの?」
あやちゃんが訝しげに眉をひそめる。
「あぁ……」
俺は心臓を握りつぶされるような痛みを思い出して、思わず左胸に手を当てた。
「大変だったのよ。こっちの言うことは全っ然聞こえてないみたいだし、目は完全にイッちゃってるし……」
「目……」
俺は右手を持ち上げて、そっと自分の瞼に添えてみる。
「俺の目、どうなってた? ……青かった?」
あやちゃんは躊躇するように視線をさまよわせた後、俺の問いかけを肯定するように、小さく首を縦に振った。
「……今は? 今も青いのか……?」
彼女が俺の顔に目を向ける。
探るように目を細めた後、今度は首を横に振った。
「そっか……よかった」
安心した俺は、ほっと息をついた。
「楠ノ瀬家の人たちが、助けてくれたのか?」
「そう。まあ私は何もしてないけど……当主様と清乃が鎮めてくださったわ」
――また楠ノ瀬が助けてくれたんだな。
「そういえば、楠ノ瀬は?」
あやちゃんに尋ねると、
「知らない……知ってても教えないし」
そう言って、ぷいと顔を逸らされた。
……うん、いつものあやちゃんだ。
「いただきます」
俺はちょっと冷めかけたお粥に手を伸ばし、ゆっくりと口に運んだ。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。



女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる