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碧い目
碧い目①
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朝の四時――。
白い靄が辺りを覆う中、祖父さんと俺は二人きりで山にいた。
「神社」というのはうちの氏神を祀る「楠神社」のことで、楠ノ瀬の家が管理している。
標高五百メートルほどの「楠山」の頂上に建っているが、舗装された道もなく、こうやって歩いて行くしかない。
祖父さんは年齢を感じさせぬ矍鑠とした足取りで山道を登っていく。
俺は眠気と戦いながら、祖父さんの背中を追いかける。
――祖父さんは一言も話さない。
俺たちの呼吸音と踏み折った枝の音が耳につくくらいで、山の中は静けさに満ちている。
二時間ほどかかって山の頂まで登った後、最後に百段弱の石段を上がって、ようやく目的地へと辿り着いた。
この石段が地味にキツい。
祖父さんもさすがにしんどいのか、ぜぇぜぇと大きく肩を揺らしている。
――ここへ来るのは何年ぶりだろう。
俺は懐かしさを覚えながら、正面に構える鳥居をくぐった。
風雨に晒された朱い鳥居はところどころ色が剥げている。
「修繕が必要だな」
鳥居を見上げながら、祖父さんが言った。
境内に入ってすぐ右側に立つ門柱にはこの神社の名前が刻まれている。
この門柱にも賽銭箱にも、乾いた土がこびりついていた。
「儂もあいつも歳を取って、細かいところまで手が回らなくなってきた……そろそろ後継を考えろということか……」
寂れかけた神社の様子を見た祖父さんが、誰にともなく呟いた。
俺たちは参道を並んで進むと、横に並んで拝殿の前に立った。
祖父さんが鈴を振ると、人気のない山の中にしゃんしゃん、という清冷な音が鳴り響いた。
参拝を済ますと、祖父さんは神社の裏に回り、さらに奥へと進んでいく。
「ついてこい」とも何とも言われてはいないが、俺は黙って祖父さんの後をついていく。
神社の裏にこんな道があったのか、と思いながら道とも呼べない険しい獣道を進んでいく。
三十分ほど歩いたところで茂みが途切れ、視界が開けた。
「なんだ、ここ……」
俺は思わず感嘆の声を上げた。
そこには見たこともないような碧い色の泉が広がっていて、昇ったばかりの太陽の光が水面を翡翠のように輝かせている。水面からは霧が立ちのぼり、ほのかに甘い芳香を放っていた。
――あれ? この匂い、どこかで……。
「こっちだ」
夢想にふける俺を、祖父さんが現実に呼び戻した。
祖父さんの後に従いて泉の縁を半周ほど辿ると、眼前に古い祠が現れた。
祠の前にはわずかに傾いだ鳥居が立っていたが、その色が変わっている。
「碧い鳥居……?」
その鳥居はさっきの泉と同じような碧い翡翠で造られているようだった。
「祖父さん、ここは?」
ここが目的地に違いないと確信した俺は、祖父さんに問いかける。
「……ここにおられるのが、うちの守り神様だ」
祖父さんは祠に向かって手を合わせて厳かに告げた。
「お前も昨日見たはずだ」
――何を? とは聞かなかった。聞かなくてもわかってる。
「……祖父さんの目が青く光ってたことか? ……あれは何だったんだ?」
祖父さんが振り向いて俺の顔を見据え、おもむろに口を開いた。
「あれが……『神様』だ」
「…………はぁ!?」
祖父さんの言葉を理解するのに時間がかかった。それでも理解できずに驚きの声をあげてしまう。
「お前も一度、アレを経験している。……覚えているか?」
祖父さんが探るような目で俺の顔を伺っている。
「覚えてるかって……何を?」
そういえば昨日もそんなことを言っていた。祖父さんは一体何のことを言ってるんだ?
――俺は、一体何を忘れてしまったんだ……?
白い靄が辺りを覆う中、祖父さんと俺は二人きりで山にいた。
「神社」というのはうちの氏神を祀る「楠神社」のことで、楠ノ瀬の家が管理している。
標高五百メートルほどの「楠山」の頂上に建っているが、舗装された道もなく、こうやって歩いて行くしかない。
祖父さんは年齢を感じさせぬ矍鑠とした足取りで山道を登っていく。
俺は眠気と戦いながら、祖父さんの背中を追いかける。
――祖父さんは一言も話さない。
俺たちの呼吸音と踏み折った枝の音が耳につくくらいで、山の中は静けさに満ちている。
二時間ほどかかって山の頂まで登った後、最後に百段弱の石段を上がって、ようやく目的地へと辿り着いた。
この石段が地味にキツい。
祖父さんもさすがにしんどいのか、ぜぇぜぇと大きく肩を揺らしている。
――ここへ来るのは何年ぶりだろう。
俺は懐かしさを覚えながら、正面に構える鳥居をくぐった。
風雨に晒された朱い鳥居はところどころ色が剥げている。
「修繕が必要だな」
鳥居を見上げながら、祖父さんが言った。
境内に入ってすぐ右側に立つ門柱にはこの神社の名前が刻まれている。
この門柱にも賽銭箱にも、乾いた土がこびりついていた。
「儂もあいつも歳を取って、細かいところまで手が回らなくなってきた……そろそろ後継を考えろということか……」
寂れかけた神社の様子を見た祖父さんが、誰にともなく呟いた。
俺たちは参道を並んで進むと、横に並んで拝殿の前に立った。
祖父さんが鈴を振ると、人気のない山の中にしゃんしゃん、という清冷な音が鳴り響いた。
参拝を済ますと、祖父さんは神社の裏に回り、さらに奥へと進んでいく。
「ついてこい」とも何とも言われてはいないが、俺は黙って祖父さんの後をついていく。
神社の裏にこんな道があったのか、と思いながら道とも呼べない険しい獣道を進んでいく。
三十分ほど歩いたところで茂みが途切れ、視界が開けた。
「なんだ、ここ……」
俺は思わず感嘆の声を上げた。
そこには見たこともないような碧い色の泉が広がっていて、昇ったばかりの太陽の光が水面を翡翠のように輝かせている。水面からは霧が立ちのぼり、ほのかに甘い芳香を放っていた。
――あれ? この匂い、どこかで……。
「こっちだ」
夢想にふける俺を、祖父さんが現実に呼び戻した。
祖父さんの後に従いて泉の縁を半周ほど辿ると、眼前に古い祠が現れた。
祠の前にはわずかに傾いだ鳥居が立っていたが、その色が変わっている。
「碧い鳥居……?」
その鳥居はさっきの泉と同じような碧い翡翠で造られているようだった。
「祖父さん、ここは?」
ここが目的地に違いないと確信した俺は、祖父さんに問いかける。
「……ここにおられるのが、うちの守り神様だ」
祖父さんは祠に向かって手を合わせて厳かに告げた。
「お前も昨日見たはずだ」
――何を? とは聞かなかった。聞かなくてもわかってる。
「……祖父さんの目が青く光ってたことか? ……あれは何だったんだ?」
祖父さんが振り向いて俺の顔を見据え、おもむろに口を開いた。
「あれが……『神様』だ」
「…………はぁ!?」
祖父さんの言葉を理解するのに時間がかかった。それでも理解できずに驚きの声をあげてしまう。
「お前も一度、アレを経験している。……覚えているか?」
祖父さんが探るような目で俺の顔を伺っている。
「覚えてるかって……何を?」
そういえば昨日もそんなことを言っていた。祖父さんは一体何のことを言ってるんだ?
――俺は、一体何を忘れてしまったんだ……?
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