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スケキヨ

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第2章:シエルの捜索

2-8.女の素性

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 シエルは出来るだけ鼻で息をしないようにして薬草をつまみ上げた。
 水に浸して柔らかくしてから、痣の広がる肌に貼り付けると、貼ったところから、スーッと冷たい感覚が通り抜けていく。

「気持ちいいな」

 ひんやりとした感覚が心地いいだけでなく、痛みも吸い取られていくようだ。

「さすが爺様。ありがたい」

 シエルは祖父に感謝した。
 薬草の効用なのか、頭の中まですっきりと冴えてきた気がする。

「……この薬草がサーシャにも効けばいいのに」

 シエルは痩せ衰えた従兄妹の姿を思い浮かべた。
 もちろんサーシャの病は気持ちから来ているものである。薬で治るものでない……そのことはシエルにも分かっている。分かってはいたが、それでもシエルはそう願わずにはいられなかった。

「それにしても、もう少し暑かったらこのまま身体を洗えるのに……」

 シエルは泉の澄んだ水を見て思った。
 一日中、森の中を歩きまわっていたシエルは泥だらけだ。切り傷から流れ出た血がこびりついているところもある。
 夏であれば、このままこの泉に飛び込んで、直接水浴びをしたいくらいだ。
 しかし、今はさすがに寒い。外套も羽織らずに外へ出てきたことを今さらながら後悔する。
 シエルは水浴びを諦めると、水を汲んだ桶をぐいっと抱えなおした。
 あの女が待っているはずだ。
 シエルは小屋に向かって踵を返した。




*****

「私の村に一緒に来ないか?」

 小屋に戻ると、さっそくシエルは泉のほとりで考えていた話を口にした。

「……え?」

 食卓を挟んで座る女の動きが止まる。
 突拍子もないシエルの申し出に、女が怪訝そうに眉をひそめた。

「こんな所に独りでいるのは危ないと思う。森の動物に襲われたら大変だし、病気になった時なんかも頼れる人がいないと困るだろう?」

 シエルの言葉に、女はわずかに目を見開いたまま、彼の顔をまじまじと凝視している。

「働き口も紹介できると思うし、そもそも貴女なら嫁の貰い手だっていっぱいあるはずだ」

 意気揚々と言い募るシエルとは対照的に、女は驚いたように絶句している。

「つかぬことを訊くが……どうしてこんな所に住んでいるんだ? 生まれはどこなんだ?」

 シエルの質問に、女はうつむいた。

「生まれは……たぶん貴方が来たのとは反対側にあった……小さな村です」

 女は小さな声で村の名を告げたが、シエルが聞いたことのない名だった。

「家族はいないのか?」

 女が小さく首を縦に振る。

「家族も……生まれた村も……もう何も残っていません。だからわたしは、ここに……」

 女の声に涙が混ざった。
 涙を拭うためか、両手で顔を覆っている。
 家族も故郷もすでにないと言う。
 酷なことだ。
 おそらく戦乱か何かに巻き込まれたのだろう……とシエルは推測する。

「とは言え、何もわざわざ危険の多い森の中で暮らす必要はないだろう。私と一緒に来ればいいさ。うちの村はそれほど大きくはないが、作物には恵まれている。気候も温暖で良いところだ。仲間を捜さないといけないから、すぐには無理かもしれないが」

 女が顔を上げて、シエルを見た。
 呆気にとられたように目をしばたかせている。

「あ…………ア、デ……ル……」

 女は口の中で何ごとかを呟いて、唇をわなわなと震わせた。

「ん?」

 シエルが首を傾げて訊き返すと――。
 女の目からぽとりと涙がこぼれた。白い頬を伝って床へと落ちていく。アメジストの瞳が涙で濡れて深みを増した。

 シエルは女を安心させようと、優しく微笑んでみせた。

「あ、あの……わたし、」

 女がためらいがちに口を開く。
 色白の頬がほのかに赤く染まっていた。

「なに、急がなくてもいい。ゆっくり考えてくれ」

 答えに詰まる女をシエルが気づかう。
 自分では名案だと思ったが、女の方からすれば、会って間もない男からこんなことを言われても困ってしまうに違いない。

「はい、あの……ありがと、う……ございます」

 まるで初めて口にする言葉のような、たどたどしい調子で、女が呟いた。その様子は、先ほどまでの妖艶な大人の雰囲気からはほど遠く、少女のようにあどけないものであった。

 そんな女の表情を見たシエルは、なぜかサーシャの幼い頃を思い出した。まだサーシャがレオポルトと婚約する前に見せていたあどけない笑顔を……。





 その夜、シエルは床の上に藁を敷いて眠った。
 女は寝台を使うようにと再三勧めたが、シエルは「女と同衾するわけにはいかない」と固辞したのだ。
 それでも女は言い縋り、シエルが困惑するほどだったが、彼がほだされることはなかった。
 だが、シエルも若い男である。
 そうは言っても美しい女がすぐそばにいては、気になって眠れないのではないかと思ったが、そんな心配は杞憂に終わった。一日中、道なき道を歩き回っていたシエルは、よっぽど疲れていたのか、横になってすぐ意識を失ってしまったらしかった。



 暗闇の中で彼を見つめる紫色の瞳が瞬いていたことにも気づかずに――。



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