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第1章:レオポルトの悪夢
1-5.サーシャ……すまない ※
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レオポルトはその晩も女を抱いた。
次の日もその次の日も、昼と言わず、夜と言わず――女と交わりつづけた。
女はいつも微笑んで、レオポルトを受け入れた。
レオポルトは自分が女を抱いていると思っていたが、その実、抱かれていたのは彼の方だったのかもしれない。
なぜ年若い女がこんな森の奥にたった一人で暮らしているのか?
森が危険だということは、村の人間なら子供でも知っているというのに……。
レオポルトは何度か聞いてみたのだが、その度にはぐらかされ、自分でもよくわからないうちに、女の胎内に囚われているのだった。
そんな甘い悪夢のような生活の中でも、時折、レオポルトは我に返ることがあった。
女が傍にいない時……あの甘い匂いが薄まる時……レオポルトの頭の中は一時的に澄明さを取り戻した。そして、思い出すのだ。
騎士である自分の立場を。
主人を。仲間を。家族を。
そして婚約者であるサーシャのことを――。
「帰らなければならない」
レオポルトは決意した。
夏も終わろうとしている。
村の皆が心配しているに違いない。
もはや、これ以上ここに留まることは許されなかった。
女が水を汲みに行っている間に出て行こう。
そう考えた。
あの女の傍にいると、頭の中に靄がかかって何も考えられなくなってしまうからだ。
女のいない隙に身支度を整えたレオポルトが、いざ小屋を出ようとした瞬間――彼よりほんの一瞬ほど早く、戸口が内側に開かれた。
レオポルトのすぐ目の前に、あの女が立っていた。
「……っ」
不意を突かれたレオポルトの喉が鳴る。
「……お帰りになるのですか?」
身支度を整えたレオポルトを見た女がちょこんと首を傾げて問いかけた。女の様子はいつもと変わりなく、レオポルトには彼女が何を思っているのか、まったく読み取れない。
「あぁ……世話になった。今は何も持っていないが、村に戻ったら必ず謝礼をさせてもらう」
レオポルトは深く頭を下げた。
さんざん関係を持っておいて黙って出て行こうとするなんて……責められても文句は言えない非道な行為だということは自分でもわかっている。
「そんな……お顔を上げてください。謝礼なんていりませんから。ただ……」
「ただ?」
レオポルトは顔を上げて、女の様子をうかがった。
女は微笑んでいた。いつものように。
「最後にひとつだけ、お願いを聞いていただけませんか?」
「願い? なんだ? 何でも言ってくれ。私に出来ることなら、何でもしよう」
レオポルトは最大限の誠意を込めて言った。ただ流されるがままに女の身体に溺れていた日々を少しでも償いたいと思ったのだ。
「貴方を――」
女は上目遣いにレオポルトの顔を覗き込むと、眩しそうに目を細めてニコリと微笑んだ。
「喰べてもいいですか?」
「……え?」
女の白い手がレオポルトの首に回された。
あの甘ったるい香りに混ざる、鉄のような臭い。
首筋にグサリと突き刺さった、女の牙。
レオポルトは崩れ落ちた。
首元が痛い。
熱い――……。
手を当てると、ヌルヌルとした温かい液体がベトリと纏わりついた。
手のひらで抑えても、止めどなく流れ出る血。赤い血。それは紛れもなく、レオポルトの流したものに他ならない。
「ぁ、……あ、ぁ……な、……!?」
喘鳴が漏れる。
言葉にはならない。
女を見上げると――
クチャクチャ、クチャクチャ、クチャクチャ……
口をモグモグと動かして、何かを食べていた。
「あ、ぁあ…………」
女が咥えている血塗れの肉塊が自分の肉だと気づいた時には――もう遅かった。
「んー、美味しい」
女は嬉しそうにクチャクチャと音を立てながら肉を咀嚼している。まるで無邪気な幼女みたいに。
女の口の端から垂れた血がツー……と顎を伝って、ポタリと床に落ちた。
「久しぶりだわ。こんな上等の食事にありつけたのは……。ごちそうさま、脂の乗った騎士さん。貴方の精も、とーっても美味しかったわ。フフフ」
女はその味を思い出したのか、目を閉じて、舌舐めずりをした。
長く赤い舌がチロチロと蠢く。
「いただきまーす」
女はレオポルトを見下ろして嗤いながら、再び口を大きく開いた。
「ぁ……あ、サー……シャ……す、まな…………」
最期の力を振り絞って紡ぎ出した言葉は、届くこともなく、消えた。
次の日もその次の日も、昼と言わず、夜と言わず――女と交わりつづけた。
女はいつも微笑んで、レオポルトを受け入れた。
レオポルトは自分が女を抱いていると思っていたが、その実、抱かれていたのは彼の方だったのかもしれない。
なぜ年若い女がこんな森の奥にたった一人で暮らしているのか?
森が危険だということは、村の人間なら子供でも知っているというのに……。
レオポルトは何度か聞いてみたのだが、その度にはぐらかされ、自分でもよくわからないうちに、女の胎内に囚われているのだった。
そんな甘い悪夢のような生活の中でも、時折、レオポルトは我に返ることがあった。
女が傍にいない時……あの甘い匂いが薄まる時……レオポルトの頭の中は一時的に澄明さを取り戻した。そして、思い出すのだ。
騎士である自分の立場を。
主人を。仲間を。家族を。
そして婚約者であるサーシャのことを――。
「帰らなければならない」
レオポルトは決意した。
夏も終わろうとしている。
村の皆が心配しているに違いない。
もはや、これ以上ここに留まることは許されなかった。
女が水を汲みに行っている間に出て行こう。
そう考えた。
あの女の傍にいると、頭の中に靄がかかって何も考えられなくなってしまうからだ。
女のいない隙に身支度を整えたレオポルトが、いざ小屋を出ようとした瞬間――彼よりほんの一瞬ほど早く、戸口が内側に開かれた。
レオポルトのすぐ目の前に、あの女が立っていた。
「……っ」
不意を突かれたレオポルトの喉が鳴る。
「……お帰りになるのですか?」
身支度を整えたレオポルトを見た女がちょこんと首を傾げて問いかけた。女の様子はいつもと変わりなく、レオポルトには彼女が何を思っているのか、まったく読み取れない。
「あぁ……世話になった。今は何も持っていないが、村に戻ったら必ず謝礼をさせてもらう」
レオポルトは深く頭を下げた。
さんざん関係を持っておいて黙って出て行こうとするなんて……責められても文句は言えない非道な行為だということは自分でもわかっている。
「そんな……お顔を上げてください。謝礼なんていりませんから。ただ……」
「ただ?」
レオポルトは顔を上げて、女の様子をうかがった。
女は微笑んでいた。いつものように。
「最後にひとつだけ、お願いを聞いていただけませんか?」
「願い? なんだ? 何でも言ってくれ。私に出来ることなら、何でもしよう」
レオポルトは最大限の誠意を込めて言った。ただ流されるがままに女の身体に溺れていた日々を少しでも償いたいと思ったのだ。
「貴方を――」
女は上目遣いにレオポルトの顔を覗き込むと、眩しそうに目を細めてニコリと微笑んだ。
「喰べてもいいですか?」
「……え?」
女の白い手がレオポルトの首に回された。
あの甘ったるい香りに混ざる、鉄のような臭い。
首筋にグサリと突き刺さった、女の牙。
レオポルトは崩れ落ちた。
首元が痛い。
熱い――……。
手を当てると、ヌルヌルとした温かい液体がベトリと纏わりついた。
手のひらで抑えても、止めどなく流れ出る血。赤い血。それは紛れもなく、レオポルトの流したものに他ならない。
「ぁ、……あ、ぁ……な、……!?」
喘鳴が漏れる。
言葉にはならない。
女を見上げると――
クチャクチャ、クチャクチャ、クチャクチャ……
口をモグモグと動かして、何かを食べていた。
「あ、ぁあ…………」
女が咥えている血塗れの肉塊が自分の肉だと気づいた時には――もう遅かった。
「んー、美味しい」
女は嬉しそうにクチャクチャと音を立てながら肉を咀嚼している。まるで無邪気な幼女みたいに。
女の口の端から垂れた血がツー……と顎を伝って、ポタリと床に落ちた。
「久しぶりだわ。こんな上等の食事にありつけたのは……。ごちそうさま、脂の乗った騎士さん。貴方の精も、とーっても美味しかったわ。フフフ」
女はその味を思い出したのか、目を閉じて、舌舐めずりをした。
長く赤い舌がチロチロと蠢く。
「いただきまーす」
女はレオポルトを見下ろして嗤いながら、再び口を大きく開いた。
「ぁ……あ、サー……シャ……す、まな…………」
最期の力を振り絞って紡ぎ出した言葉は、届くこともなく、消えた。
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