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ヨハネスの焦燥
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三年前。
リザが苦境に陥っていることを知ったとき、ヨハネスはなんとしても彼女を助け出さなければと思った。三十も歳上の商人のもとに嫁がされるかもしれないと聞いたときは、怒りで目の前が真っ赤になったくらいだ。
ヨハネスは周囲の反対を押しきって、リザを自分の手元に置くことにした。ヨハネスとしてはすぐにでもリザと結婚したかったのだが、残念ながら領主の婚姻というのは本人の意志だけで決められるものではない。
当時のヨハネスは父の跡を継いだばかりで、やらなければならないことが山ほどあった。
リザにしても父親が亡くなったばかりで、しかも破産までしていて、もはや何ひとつ持っていなかった。
もちろんヨハネスにとってはそんなことどうでもよかったのだが、外野がそれでは済まなかった。元来、貴族の結婚には利害が絡むものである。なんの利用価値もない没落令嬢との婚姻が認められるわけもない。
だからヨハネスはリザを自分の目の届く場所に囲い込んで、機が熟すのを待った。
そんなヨハネスのわかりやすい思惑は、リザを引き取った時点で勘の良い家人たちには気づかれていたようなのだが、ミゲルのような若い使用人たちからすると、ヨハネスが自分の立場を利用して侍女を手篭めにしている悪徳領主のように映っていたのかもしれない。
ただ、ヨハネスとしてもリザに触れるのは正式に結婚してからのつもりだったのだ。
それがあの日――庭でミゲルと抱き合う彼女の姿を目撃して、すっかり頭に血が上ってしまった。屋敷の内に閉じ込めておけば悪い虫がつくこともないだろうと高を括っていたが、まさか、こんな身近な場所に強力なライバルがいたなんて。
ヨハネスは焦った。
リザの生まれ故郷でもあるルードウォルフの所領を取り戻す目処はほとんどついていたが、まだ少し資金が不足していた。父が所有していた船を一艘売却することで不足分に充てるつもりだったが、買い手との価格交渉がまとまっていない。
すべて片がついたら正式にプロポーズするつもりだったのに、ミゲルの登場で計画が狂ってしまった。
ヨハネスは自分がこれほど嫉妬深い人間だとは思っていなかった。嫉妬心が抑えられなくて、リザにも酷く当たってしまい、自己嫌悪に苛まれたくらいだ。
でも、一度リザの白い肌に触れてしまうと、もう我慢が効かなかった……。
自分の暴走がリザやミゲルの不審を招いていたのだとすれば、反省するしかない。
船の売却についてはようやく目処がついた。
細かい手続きはまだ残っているが、もういいだろう。何よりミゲルに掻っ攫われてしまう前に、リザを自分のものにしなくては……。
――はやく嫁いできなさい。
頬を朱に染めたリザが罠にかかった小動物みたいにプルプルと震えている。
今すぐにでも食べてしまいたいくらい愛らしいが、初夜の楽しみにとっておこう。これからは「主人と使用人」ではなく、正式な「夫婦」となるのだから。
「これからは忙しくなるぞ。なんせ夫婦二人で二つの領土を治めていかなければいけないのだから」
リザが驚いたように顔を上げた。
そう、ヨハネスはリザを何も知らない深窓の令嬢に戻すつもりはなかった。労働の喜びを知ったリザはきっと領民を思いやれる良い領主になれるはずだ。
ヨハネスが手を差し出すと、リザがおずおずとその手を取った。彼女の手を持ち上げて、ほっそりとした指先に軽く口付ける。少しささくれだっているが、それすら愛おしい。
「結婚しよう、リザ」
あらためて告げると、リザの視線が居場所を探すように宙を彷徨った。
しばらく逡巡していたらしい彼女が、ようやくコクン、と頷いたのを見て、ヨハネスはその華奢な身体をギュウッと腕のなかに閉じ込めた。
三年前。
リザが苦境に陥っていることを知ったとき、ヨハネスはなんとしても彼女を助け出さなければと思った。三十も歳上の商人のもとに嫁がされるかもしれないと聞いたときは、怒りで目の前が真っ赤になったくらいだ。
ヨハネスは周囲の反対を押しきって、リザを自分の手元に置くことにした。ヨハネスとしてはすぐにでもリザと結婚したかったのだが、残念ながら領主の婚姻というのは本人の意志だけで決められるものではない。
当時のヨハネスは父の跡を継いだばかりで、やらなければならないことが山ほどあった。
リザにしても父親が亡くなったばかりで、しかも破産までしていて、もはや何ひとつ持っていなかった。
もちろんヨハネスにとってはそんなことどうでもよかったのだが、外野がそれでは済まなかった。元来、貴族の結婚には利害が絡むものである。なんの利用価値もない没落令嬢との婚姻が認められるわけもない。
だからヨハネスはリザを自分の目の届く場所に囲い込んで、機が熟すのを待った。
そんなヨハネスのわかりやすい思惑は、リザを引き取った時点で勘の良い家人たちには気づかれていたようなのだが、ミゲルのような若い使用人たちからすると、ヨハネスが自分の立場を利用して侍女を手篭めにしている悪徳領主のように映っていたのかもしれない。
ただ、ヨハネスとしてもリザに触れるのは正式に結婚してからのつもりだったのだ。
それがあの日――庭でミゲルと抱き合う彼女の姿を目撃して、すっかり頭に血が上ってしまった。屋敷の内に閉じ込めておけば悪い虫がつくこともないだろうと高を括っていたが、まさか、こんな身近な場所に強力なライバルがいたなんて。
ヨハネスは焦った。
リザの生まれ故郷でもあるルードウォルフの所領を取り戻す目処はほとんどついていたが、まだ少し資金が不足していた。父が所有していた船を一艘売却することで不足分に充てるつもりだったが、買い手との価格交渉がまとまっていない。
すべて片がついたら正式にプロポーズするつもりだったのに、ミゲルの登場で計画が狂ってしまった。
ヨハネスは自分がこれほど嫉妬深い人間だとは思っていなかった。嫉妬心が抑えられなくて、リザにも酷く当たってしまい、自己嫌悪に苛まれたくらいだ。
でも、一度リザの白い肌に触れてしまうと、もう我慢が効かなかった……。
自分の暴走がリザやミゲルの不審を招いていたのだとすれば、反省するしかない。
船の売却についてはようやく目処がついた。
細かい手続きはまだ残っているが、もういいだろう。何よりミゲルに掻っ攫われてしまう前に、リザを自分のものにしなくては……。
――はやく嫁いできなさい。
頬を朱に染めたリザが罠にかかった小動物みたいにプルプルと震えている。
今すぐにでも食べてしまいたいくらい愛らしいが、初夜の楽しみにとっておこう。これからは「主人と使用人」ではなく、正式な「夫婦」となるのだから。
「これからは忙しくなるぞ。なんせ夫婦二人で二つの領土を治めていかなければいけないのだから」
リザが驚いたように顔を上げた。
そう、ヨハネスはリザを何も知らない深窓の令嬢に戻すつもりはなかった。労働の喜びを知ったリザはきっと領民を思いやれる良い領主になれるはずだ。
ヨハネスが手を差し出すと、リザがおずおずとその手を取った。彼女の手を持ち上げて、ほっそりとした指先に軽く口付ける。少しささくれだっているが、それすら愛おしい。
「結婚しよう、リザ」
あらためて告げると、リザの視線が居場所を探すように宙を彷徨った。
しばらく逡巡していたらしい彼女が、ようやくコクン、と頷いたのを見て、ヨハネスはその華奢な身体をギュウッと腕のなかに閉じ込めた。
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