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私の人生
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しおりを挟む気づけば何時間立ったのか。上が騒がしくなっていることに気づいて、階段の方から明かりが少し漏れていた。
朝が来たのかもしれない。
ジルド様が来てくれた後は誰一人として来なかった。
お腹が空いて、昨日の夜は何も食べていないことを思い出す。こんなところで、食事について考える自分に溜め息をつく。
ジルド様がくれた布は頬に当ててはいたけど、すっかり乾いてしまい、結局腫れてしまった。頬が膨れて、うまく喋れそうにもない。
しばらく経ち、昼が過ぎたあたりだろうか。階段を降りる音に、誰かがここに来たことに気づいた。
「……ふん、オリファント家もついにここまで落ちたか」
「あなたは……」
現れたのはリーディグ伯爵家当主だったはずだ。さして関わりはなかったけど、なぜこの人は王宮の地下牢に来れるのか。私の目の前に来たリーディグ伯爵に狼狽する。
「城は今、混乱しているからな。ここまで来るのは容易かったよ」
そう言い、目を細め下卑た笑いを浮かべる。なぜここまで来たのか全く分からない。にやにやした顔をしたまま、話しを続ける。
「君は随分、目障りだった。オリファント公爵家はこの国で王族の次に力を持っていたと言っても過言ではない。まあ、もう過去の話だがな。ただでさえ、オリファント公爵、あいつのことが憎かった。私が先に彼女を見つけて、求婚したっていうのに。それをあいつは公爵家の力を使って、結婚した。ただ、君はさすが彼女の娘だ。あの頃の彼女にそっくりだ」
顎に手を当て、私を舐めるように見つめてくる視線は気持ち悪く、思わず後ろにずり下がる。
「全く……オリファント公爵も王族も邪魔だから、ついでにアーバン男爵の娘でも襲って、消そうとしたのに。邪魔ばかり入ったよ。まさか、ジルトが助けるとはね」
「え……」
ジルト様が彼女を助けたの? 関わりがあったのだろうか。たしかにジルト様はルドルフ様の側近かもしれないけど、妃に関わる機会なんて早々無いはずなのに。
「君は、ジルトに心を許していただろう。ジルトは私の甥だ。まあ、妻の方だから血は繋がってないがな。ジルトは好きな女がいるが、すでに結婚しているからと、言っていたよ。今回の私の話には喜んで乗ってくれたよ。君はジルトに惚れてでもいたのか? 少なくともあの王子とは仲が悪かったしな。君は頑張っていたようだが、周りにはバレバレだ。あの王子は君との不仲を隠す気がなかったようだしな」
「なんの……話を……」
ジルト様には、好きな方がいたの? 誰だと問わずとも、分かったような気がした。
「れ……、レティシア・アーバン……のことが、好き、ということ……?」
「さあ? 名前は言わなかったが、私はそうだと思ったよ。彼女を庇った後も
ずっとそばにいたしね。ジルトに裏切られたのかと思ったが、君は牢屋にいるし、オリファント公爵は捕まったしね」
「え……」
リーディグ伯爵の不気味な笑みを浮かべる顔を唖然と見つめる。父はすでに捕まっていたのか。あの不正は本当のことになってしまったのだろうか。
ジルト様は私なんてどうでもよかったのだろうか。
気づけばジルト様を心から信じていたのだ。ジルト様は私からルドルフ様を取った、彼女を好きだったというのに。
「王妃を殺した時には流石にバレるかと思ったよ。まあ、天は私に味方してくれたのかもね」
「殺す……?」
王妃は病気で死んだのだと勝手に思っていた。まさか、誰かに殺されたなんて考えたことも無かった。だって、誰もそんなことは私に言わなかったから。
今思えば、なぜあんなに元気だった王妃様は死んだのだろう。
私は茫然と涙を零す。
「くっ、ははは! 最高の顔だ! その顔が見たかった! 私を侮辱したその顔を絶望に落としたかったんだ!!」
リーディグ伯爵の声が地下牢に鳴り響く。私は下を向いて、涙を流すことしか出来ない。
ガシャンと牢屋の柵が揺れる音が聞こえ、顔を上げる。リーディグ伯爵は牢屋の鍵を開けようとしていた。
「何を……!」
「君はこのまま処刑が決定するだろう。その前に喉を焼かないと。今の話をほかにされても困るからな」
「っ……!」
気づけば、リーディグ伯爵の後ろには人がいた。熱した鉄の棒を持って立っている。
「いや……!!」
「その顔で泣き叫ぶ姿が見たかったんだ! 逃げ場などない!」
恐怖に思わず胸に手をやる。カチリと硬い触感に胸元を見た。王妃様にもらったネックレスでずっと身につけていた。ボロボロな私を笑うように綺麗に輝く容器に入った液体のそれに、ふと思い出す。
「ミーア、もし王族の危機に自ら命を絶たなくてはならない時はこれを飲みなさい。これで苦しまずに済みますから」
そう言われて王妃様に渡されたものだ。震える手で蓋を開け、ゴクリと唾を飲み込み、それを呷った。
「な……! 貴様!」
飲み込むと頬がピリッと痛む。リーディグ伯爵の叫ぶ声が遠くに聞こえる。喉の焼け付くような痛みに、ゴホ、と勢いよく咳き込むと血を吐き零した。
倒れこみ、霞んでいく視界の中で思う。お父様には申し訳ない。どうか疑いが晴れればいいと思う。もし、次の人生があるなら、今度は平穏に生きたい。野原を駆け回ってみたいし、街を一人で歩きたい。色々なお店に入ってみたいし、自由に本を読んでみたい。ーーそして、私を愛してくれる人を愛したい。
少なくとも、もう二度と妃になんてならない。
こうして、私、ミーア・オリファントは人生を閉じたのだった。
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