3 / 10
私の人生
3
しおりを挟む
息を切らして走る。
なぜ? どうして?
こんな言葉がぐるぐると頭を回る。よろしくねと言ったのは嘘だったの? 私の元に帰ってくるのではなかったの?
なぜ王妃様が亡くなって痛みを分かち合えるはずの私ではなく、彼女を頼るの?
どうしてあなたは今彼女のところにいるの?
私はあなたの何?
息苦しさに立ち止まる。気づけばぽたぽたと、涙が溢れていた。
「う……っ、うぇ」
彼は私のことを好きではないということに今更気づいた。
私はなんて馬鹿だったんだろう。
次の日に学園に行けば、王妃様が亡くなったことと一緒に、ルドルフ様を男爵令嬢が慰めていたことが噂として流れていた。
私に声をかける人なんていない。
皆、遠巻きに私を見ていた。
「ミーア様はどうして何も言わないのかしら」
「可愛そうに……、流石に王子には言えないのでなくて」
「ミーア様は平凡な方ですもの。王子があちらにいくのも仕方ありませんわ」
彼から婚約を解消したいという申し出は無かった。また、私の方から婚約を解消したいと言うことも出来なかった。彼の気持ちが彼女にあると分かっていても好きだった。
ルドルフ様が卒業すると、最後の一年間は平穏だった。嵐の前の静けさのような先の見えない空気が常に漂っていた。
彼女と学園内で会うこともなく、卒業すると、ルドルフ様と私の結婚式への準備が始まった。
卒業から一年後、明日の結婚式の前に父に執務室へ呼ばれた。滅多に入れないそこに足を踏み入れると知らない場所に来たようだった。
「お父様」
「……ミーア。君は」
父は口を閉ざすと、言葉に詰まったように顔を振る。
「彼との結婚を辞めたいと思わないのかい?」
私は目を見開いた。父はきっと彼と彼女のことを知っていたのだ。
父になら結婚を取りやめることはきっと出来る。
思わず目頭が熱くなる。私はきっと、彼女の隠れ蓑として妃になるのだろう。彼は私を盾にして、彼女を守るのだ。亡き王妃様の顔がよぎる。あなたは、立派な王妃になれますよ。そう声をかけて頂いたのだ。かけがえのない王妃様に多くの時間を掛けて教えてもらった。
ルドルフ様が私を好きでないと分かっていても、それでも好きだった。
「いいえ、お父様。明日私はルドルフ様と……、第一王子と結婚しますわ」
「……そうか」
これが親子最後の会話だった。
私たちの結婚式は贅を尽くしたものだった。教会の中で金色で縁取られた書類にサインをして、豪華な馬車で王都を走って、民に笑顔で手を振る。
横に立つルドルフ様の顔を盗み見ても何を思っているか私には分からない。
気づけば、結婚式のあまりの忙しさと慣れないことをした緊張で気づかなかったのだけど、私たちは誓いのキスすらしなかった。
その日の夜、侍女からルドルフ様は来ないことを知らされた。侍女の憐れんだ顔を見れなかった。
一緒に寝ることはないと自分の口から伝えることすらルドルフ様は放棄した。
その三週間後、ルドルフ様と卒業したばかりの彼女は身内のみの小さな結婚式を挙げた。私はその日を王宮の侍女たちの噂話によって知っていた。
どうしても気になり、変装し、一人で勝手に城を抜けて王都の端の小さな教会で行われていたそれを覗き見た。
ルドルフ様と彼女は神の前でキスをし、それはそれは幸せそうに笑い合っていた。
私はルドルフ様にあんな笑顔を一度だって向けててもらったことがない。
私の人生はこの二人の犠牲になるのだと、枯れきったと思っていた涙が溢れて止まらなかった。
彼から、側妃として彼女が王宮に入ったことを書類越しに言われた。
彼がわざとそうしたのかどうなのか彼女との住まいはとても離れていた。
普段歩いていて会うことは無い。
王族主催のパーティーや夜会にはルドルフ様は私をエスコートしてくれたが、話しかけることなんてできず、会話はほとんど無いに等しい。
パーティーでは、必死に笑顔を浮かべ、仲睦まじいとは行かないまでも、冷めていない夫婦を演じた。普段笑わないからか、笑顔を駆使するといつも頬が痛んだ。
王妃として王宮のお金の帳簿、他国の妃や夫人とのやり取りの手紙、お茶会やパーティーの準備など、常にやることがあって、いいように使われているだけだと分かっていても、頼りにされていることが嬉しくて頑張っていた。
なぜ? どうして?
こんな言葉がぐるぐると頭を回る。よろしくねと言ったのは嘘だったの? 私の元に帰ってくるのではなかったの?
なぜ王妃様が亡くなって痛みを分かち合えるはずの私ではなく、彼女を頼るの?
どうしてあなたは今彼女のところにいるの?
私はあなたの何?
息苦しさに立ち止まる。気づけばぽたぽたと、涙が溢れていた。
「う……っ、うぇ」
彼は私のことを好きではないということに今更気づいた。
私はなんて馬鹿だったんだろう。
次の日に学園に行けば、王妃様が亡くなったことと一緒に、ルドルフ様を男爵令嬢が慰めていたことが噂として流れていた。
私に声をかける人なんていない。
皆、遠巻きに私を見ていた。
「ミーア様はどうして何も言わないのかしら」
「可愛そうに……、流石に王子には言えないのでなくて」
「ミーア様は平凡な方ですもの。王子があちらにいくのも仕方ありませんわ」
彼から婚約を解消したいという申し出は無かった。また、私の方から婚約を解消したいと言うことも出来なかった。彼の気持ちが彼女にあると分かっていても好きだった。
ルドルフ様が卒業すると、最後の一年間は平穏だった。嵐の前の静けさのような先の見えない空気が常に漂っていた。
彼女と学園内で会うこともなく、卒業すると、ルドルフ様と私の結婚式への準備が始まった。
卒業から一年後、明日の結婚式の前に父に執務室へ呼ばれた。滅多に入れないそこに足を踏み入れると知らない場所に来たようだった。
「お父様」
「……ミーア。君は」
父は口を閉ざすと、言葉に詰まったように顔を振る。
「彼との結婚を辞めたいと思わないのかい?」
私は目を見開いた。父はきっと彼と彼女のことを知っていたのだ。
父になら結婚を取りやめることはきっと出来る。
思わず目頭が熱くなる。私はきっと、彼女の隠れ蓑として妃になるのだろう。彼は私を盾にして、彼女を守るのだ。亡き王妃様の顔がよぎる。あなたは、立派な王妃になれますよ。そう声をかけて頂いたのだ。かけがえのない王妃様に多くの時間を掛けて教えてもらった。
ルドルフ様が私を好きでないと分かっていても、それでも好きだった。
「いいえ、お父様。明日私はルドルフ様と……、第一王子と結婚しますわ」
「……そうか」
これが親子最後の会話だった。
私たちの結婚式は贅を尽くしたものだった。教会の中で金色で縁取られた書類にサインをして、豪華な馬車で王都を走って、民に笑顔で手を振る。
横に立つルドルフ様の顔を盗み見ても何を思っているか私には分からない。
気づけば、結婚式のあまりの忙しさと慣れないことをした緊張で気づかなかったのだけど、私たちは誓いのキスすらしなかった。
その日の夜、侍女からルドルフ様は来ないことを知らされた。侍女の憐れんだ顔を見れなかった。
一緒に寝ることはないと自分の口から伝えることすらルドルフ様は放棄した。
その三週間後、ルドルフ様と卒業したばかりの彼女は身内のみの小さな結婚式を挙げた。私はその日を王宮の侍女たちの噂話によって知っていた。
どうしても気になり、変装し、一人で勝手に城を抜けて王都の端の小さな教会で行われていたそれを覗き見た。
ルドルフ様と彼女は神の前でキスをし、それはそれは幸せそうに笑い合っていた。
私はルドルフ様にあんな笑顔を一度だって向けててもらったことがない。
私の人生はこの二人の犠牲になるのだと、枯れきったと思っていた涙が溢れて止まらなかった。
彼から、側妃として彼女が王宮に入ったことを書類越しに言われた。
彼がわざとそうしたのかどうなのか彼女との住まいはとても離れていた。
普段歩いていて会うことは無い。
王族主催のパーティーや夜会にはルドルフ様は私をエスコートしてくれたが、話しかけることなんてできず、会話はほとんど無いに等しい。
パーティーでは、必死に笑顔を浮かべ、仲睦まじいとは行かないまでも、冷めていない夫婦を演じた。普段笑わないからか、笑顔を駆使するといつも頬が痛んだ。
王妃として王宮のお金の帳簿、他国の妃や夫人とのやり取りの手紙、お茶会やパーティーの準備など、常にやることがあって、いいように使われているだけだと分かっていても、頼りにされていることが嬉しくて頑張っていた。
30
お気に入りに追加
2,860
あなたにおすすめの小説
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた婚約者。
完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
第一皇子とその方が相思相愛ならいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
カクヨム、なろうにも投稿しています。
愛しの貴方にサヨナラのキスを
百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。
良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。
愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。
後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。
テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ
奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。
スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな
この国の王族に嫁ぐのは断固拒否します
鍋
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢?
そんなの分からないけど、こんな性事情は受け入れられません。
ヒロインに王子様は譲ります。
私は好きな人を見つけます。
一章 17話完結 毎日12時に更新します。
二章 7話完結 毎日12時に更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる