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二章 神隠し

 六(side:三坂千秋)

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 私はベッドに身を投げ出して枕に顔をうずめた。不安だ。
 春と翼に続いて夏も流行りのお化け騒動に巻き込まれたらしい。でも不安なのは夏のことじゃない。直接見たわけでは無いし実害もなかったみたいだから。
 私が不安なのはあいつらのことじゃなくて私自身のこと。
 私らは結構行動的な部類のグループだろうけど、その中でも特に好奇心旺盛なのが翼、悟、彩和、夏。努も表向きはいつもクールに構えてるけど好奇心は強い方。誰かが動き出しさえすれば便乗するタイプ。春は生粋のイエスマン。
 つまり、今回の件、翼と夏、努が真っ先に怪談調査に乗り出すのは必然に思える。
 そうすると、調査の為の協力者として春も駆り出されて、芋づる式に彩和が付くだろう。
 見た感じ悟も今回の件には興味津々。
 となると、残る私も参加せざるを得ない。
 何でそんなに嫌がるのかって? 誰にも言いたくないことなんだけど、苦手なんだよ。その、お化けだとか、幽霊だとか、呪いだとか。
 柄にも無いって? んなこと解ってるわっ。だから誰にも言ってないし、言う気もない。それが例えあいつらでも。どんなに仲が良くても秘密の一つや二つあるから、普通。
 はぁあ、頼りたくはないけどこんなこと話せるのはこの世にたった一人だけだし、ただ消化不良のままいたくない。
 私は渋々ベッドから下りる。まだ一一時だしきっと起きてるだろう。私は自室を出てすぐ向かいの部屋をノックした。
「はーい。どーぞ」
 いつもより落としたトーンで返事が返ってくる。すっかりオフモードになってるみたい。
「邪魔するよ」
 私の部屋とはまるで違う。女の子の部屋。かわいいぬいぐるみにおしゃれな本棚。料理本から勉強関係の本まできれいに並ぶ。広いとは言えないけど、必要最低限のものがコンパクトに整頓された、スタイリッシュさに、隠し切れない可愛さを少しのアクセントに纏め上げたモデルルーム。他の女子高生とは一線を画してると思うのはシスコンの色眼鏡をかけてるからなのか。
 そんなきちんとしたかわいい女子の部屋で姉貴は回転椅子ごとこっちを振り返った。
 頬は紅潮していて、水分を含んで落ちた髪の毛は肩にかけたタオルにあたって、艶っぽく後ろに流れている。いつもは、揃えて切られた前髪を、上げておでこ出ししてるのに、今は下ろしている。新鮮。
「あは。千秋ちゃーん。おねぇちゃんに相談事?」
「相談事というか、なんというかさ」
「あ、ストップ、ストップ。おねぇちゃんわかっちゃった。ずばり恋の悩みでしょー。ウブだなぁ。かわいいな。うん、千秋ちゃんだって女の子だもんね。好きな子の一人や二人、三人や四人いたって不思議じゃないよねぇー、うん、うん」
「三人や四人って。私そんなに惚れっぽいって思われてんのかよ。つーか、恋の相談じゃねぇわっ。ってか、姉貴こそどうなんだよっ。モテんだろ?」
 姉貴は、私が俯き気味に逸らした目を下から覗くと、足を組んだ。すっかりペースに乗せられてる。
「あれぇ? ヤキモチですかぁ? まあモテますけどー」
 姉貴は口角をニタリと上げて得意気に踏ん反り返った。私はそれに背を向けて机の横にあるベッドに近づくと、改めて姉貴の方に向き直って脱力するように腰掛けた。
 姉貴はその隙に前髪をピン留めしていて、しおらしいお風呂上りの女子高生は、妹をからかういつもの強気な姉貴に戻っていた。完全にスイッチ入っちゃったみたい。私が話しに来たはずなのに、姉貴は話の主導権を簡単に奪うと、どこから出したんだかドライヤーで髪を乾かしだした。生粋の自由人。話は続く。
「でもさぁ、大したのがいないのよね。ぶっちゃけ顔に関してはイケメンじゃなくても特別ブサイクじゃなければいいのよ。でもさ、どいつもこいつもガキっぽくてダメよ。落ち着き無くて、余裕が無くて、必死過ぎ。積極的な人が好きとは言ったけどね。押しが強いのとはわけが違うのよ。わかる?」
 愚痴か、自慢か、世間話か、よく分からない話に、うんうん、と相槌を打つより他に防御策は無かった。
 元々はこういう強気というか、勝気というか、そんなとこに憧れていた。外用のかわいい姉貴よりも内にあるカッコイイ姉貴が好きで、そんな姉貴になりたくて、私は必要以上に強がってきた。そして、それはこれからも同じ。
「姉貴」
 私の一声に姉貴のモーションが止まった。
 そのまま姉貴の暴走は落ち着いて、私は翼、春、夏のことと最近の怪談の盛り上がりについて話した。意外にも姉貴は最後まで茶々を入れることなく、食い入るように話に聴き入っていた。
 私が話し終えると、姉貴は黙ってコンセントの抜けたドライヤーの電源をカチカチっとスライドさせ続けていたが、ドライヤーを机に置いて立ち上がるとベッドの私の横に座った。すっかり乾いた髪は、くるくると弄くり回すたびに、シャンプーの良い香りを漂わせている。
「つまりぃ、ちぃちゃんはどうしたいんだいっ?」
 そう言われると。どうしたいんだろう?
「参加しない口実を作りたい、のかな? よくわかんなぃ」
「うーん、要は、ちぃちゃんは皆と一緒に居たい。けど、心霊関係は苦手だから関わりたくない。でも、誰にも怖いのが苦手なのは言いたくない。みたいな状態でしょ?」
「まぁ、そんな感じ」
 流石は私の事がよく分かってる。一言えば一〇理解してくれる。
「じゃーあ。簡単じゃん? 怖いの苦手ってカミングアウトしちゃえばいいのよ」
 前言撤回。
「それができねぇからこうして相談してんだろうがっ」
「わぁーっ、分かったから。落ち着いて、取り敢えず座って。ほら」
 なだめられるまま腰を掛ける。
「じゃあ、逆に考えて、興味を削ごうとするんじゃなくて、一気に調べさせて答えを見つけさせてあげればいいのよ。好奇心が満たされれば辞めるでしょ?」
 それもそうか。そんなに何ヵ月も続くわけじゃないだろうし。急に胸のつっかえが取れたような気がした。
「例えばよ、例えば。翼くんのあれは桜沢の悪戯。春ちゃんのは風の悪戯。夏ちゃんのは電話の音が壁を伝ってきただけ。そんな風な事が証明できれば、もう興味なくなるでしょ。特にあの子達なら科学的な答えを探すでしょ。そうなったら答えなんて簡単に見つかるわよ、きっと。だからあんまり心配することないんじゃないの?」
 確かにそれもそうかも。
「サンキュー、姉貴」
 やっぱり、頼りになるな。
 人に話すと自分の考えを整理することもできるし、これからも姉貴の存在は変わらず大きいし、いつまでも抜かせない目標なんだろうなぁ。
「じゃあな。おやすみ」
 私が声を掛けて部屋を出ると姉貴の鋭い声に呼び止められた。
 再び部屋に戻ると姉貴は自分の見てたスマホの画面を私に向けた。
「見比べて見て。この写真」
 衝撃で停止した思考の中には、一二時を知らせるアラームの音だけが届いていた。
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