40 / 42
番外編
元死体令嬢は変心する2
しおりを挟む「なら、いいです」
頭に昇ってた血が、一気にすーって下がった。うん、もう大丈夫。
「え~、本当にいいの~?」
「はい、全部大切な思い出なので。それと引き換えにしてまで叶える価値はないです」
大切な、本当に大切な思い出だから。
日本の大切で大好きだった家族との思い出。短い間だったけど友達になれたエルバとの思い出。たくさんの愛をくれたこっちのお母さんとの思い出。そして、最悪な出会いから最高の出会いになった、レナートとの思い出。全部、今の私を作ってきた大切な思い出たち。
「じゃあさ」
魔法使いのお兄さんはにこにこと、とてもうさんくさい笑顔で見てきた。
「一日だけ人間になるっていうのは? これなら代償はだいぶ軽くなるよ」
え? 一日だけとか、そんな体験入学みたいなことできるの!?
「その、いちおう聞くだけですけど…………代償は?」
お兄さんはにんまりと、なんかちょっと腹の立つ笑顔を返してきた。好奇心を抑えられない自分がくやしい。
「一日だけなら、その人間になった一日の記憶」
「うっわ、性格わる!」
あ、つい声に出しちゃった。
「あは、ひどいなぁ。で、どうする~?」
「うっ……」
思い出に残らないのは正直ケチだなと思う。でも、憶えていられないだけで体験はできる。その代償さえ支払えば、一日だけ人間になれる。人間になれたら……
「…………お願い、します」
言うが早いかお兄さんは腰の鞄からビンを取り出すと、その中から白い花を取り出した。
「はい、契約成立。じゃあ、気が変わらないうちに。百花の魔法使いマレフィキウムの名にかけて、トリコサンセスに変身の花『王連』の加護を与えることを誓う。百花繚乱の未来を来らしめよ」
瞬間、ほわーって白い花が光って私の頭の上で消えた。きれーい。
「うん。成功したっぽい、かな?……たぶん」
「『ぽい』とか『たぶん』ってなんですか!? なんか不安なんですけど!」
「あー、うん。でも今回はたぶん大丈夫だよ~。ほら、鏡見てみなよ」
慌てて部屋にあった鏡で姿を確認してみると、そこには守護石のない私が映っていた。両目とも普通の目の、懐かしい人間の姿の私がそこにいた。
「ね、大丈夫だったでしょ? えーと、でもいちおうのときのためにこれ、預けとくね」
「藍玉?」
渡されたのは小さなアクアマリン。
「うん。もし何かまずいことが起きたときは、これに呼びかけて」
「まずいこと、起きるんですか?」
「いや、だからいちおう。一日だけだし、たぶん大丈夫でしょ~」
このお兄さん、ほんとに大丈夫なのかな。見た目は小さかったけど、グリモリオくんの方が何倍も安心感あったんだけど。
「じゃ、僕はこれで――ぐぇっ」
いきなり緑色のドアを出して、その向こうへと消えようとしたお兄さんを慌てて引き留めた。その際、三つ編みを引っ張って首を変な方向に曲げかけたのはごめん。
「せっかく人間になれても、ここにひとりで置いてかれたら目的なんも果たせない! こっから町まで歩きとか無理」
「わかったから! 町まで送るから髪の毛離して~」
※ ※ ※ ※
お兄さんの出した不思議な緑のドアを通ったら、なんと一瞬で町に着いた。なにこれ便利! 私も欲しい。
「お兄さんすごいね! なんか魔法使いっぽい」
「えーと、ありがとう? ていうか僕、魔法使いなんですけど」
レナートのお仕事、今回のは今日のお昼で終わるって言ってたんだよね。お昼まであと少しだけど、どうしようかな。
「じゃあ、僕はこれで――」
「お兄さん、レナートの仕事が終わるまで暇つぶし付き合ってよ」
「えぇ~。僕、こう見えてもけっこう忙しいんだけど」
「お昼までの少しの間だけだから。ほら、あそこでお茶しよ! おごってあげるから」
石人時代に貯めてたお金を詰め込んだお財布を握りしめ、お兄さんをレナートの勤め先のお役所からすぐ近くのカフェに無理やり連行した。
「きみ、水だけ? いいの? ここのお菓子、けっこうおいしいよ」
お兄さんはおいしそうなパフェを怪訝な顔でつつきながら私を見てた。
「うん。今はまだいい~」
「ふーん。ま、僕は遠慮なくいただくけどね。他人の金で食べるものはおいしいし~」
あー、こういうの久しぶり。久しぶり過ぎて、ほぼ見知らぬお兄さんとのたわいない会話でさえ涙出そうになる。レナート、早く仕事終わんないかなぁ。
「あ、お昼の鐘だ。じゃあ、今度こそ帰らせてもら――うぐっ」
立ち上がろうとしたお兄さんの髪を、なぜか私は無意識で掴んでた。なんでだろ? それになんか、やけに頭がぼーっとする。
「やだ。帰っちゃダメ」
私、何言ってるんだろう。なんかわかんないけど、お兄さんが帰っちゃうのがすごく嫌だってなってる。
「痛い痛い、髪はやめて~」
「帰っちゃやだーーー」
私、ここへ何しに来たんだっけ? なんでここにいるんだっけ? わかんない。わかんないけど、お兄さんが離れようとするのが嫌だってことだけはわかる。
「……おい」
後ろから、ものすごーーーく機嫌の悪そうな声が聞こえた。
「そこのうさんくせぇ金髪糸目野郎。テメェ、なにラーラに手ぇ出してんだ。あぁ!?」
「ラーラって誰!? あときみ、どういう目してんの? どう見ても手を出されてるの僕の方でしょ!」
「うるせぇ死ね。死んだら体だけ使ってやるから今すぐここで死んで体置いて逝きやがれ」
「理不尽! どこの誰か知らないけど理不尽すぎる!!」
「やだーーー行っちゃやだーーー」
なんかわかんないけど、さっきから頭の中がぐちゃぐちゃだ。寂しい、悲しい、離れたくない、置いてかないで。そんな気持ちがぐるぐるしてる。自分が今、何をしてるのかもよくわかんなくなってる。
「あーーー、もう! 眠りの花、雛罌粟よ。咲き乱れろ!」
お兄さんが一面にばら撒いた白い花がぱぁって光って……
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる