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33.死体令嬢は涕泣する
しおりを挟むぽんって感じで、空中にいきなり大きな黒い本が現れた。
「待ちくたびれたよ~。きみ、終わったってのに、ぜーんぜん呼んでくれないんだもん」
ひとりでに開いた本の中から出てきたのはグリモリオくん。もしかして初めて会ったときも、そうやって出てきてたのかな? あのときはそれどころじゃなくて全然気づかなかった。
「私にも色々とあるんです」
「色々ねぇ。ま、いいけど~」
「それより! 本当に私、帰れるんですか……?」
思いっきり疑いの眼差しを向けたんだけど、グリモリオくんはおかしそうに笑うだけで。
これ、本当に大丈夫? 「実は無理なんだ~」とか言われたらどうしよう。
「あはは、ボクってば信用ないな~。でも、できるよ。だってきみは、もともとこの世界の人間じゃないもの。戻すだけでしょ。なら、できるよ」
ほんとのほんとに、私、日本に帰れるんだ。
「ようやく、だな。……あーあ、これでうるさいのに邪魔されることなく、毎日ゆっくり朝寝ができるってもんだ」
「うるさいとか失礼だな! かわいい女の子のかわいい声で毎朝起こしてあげてたんだから、少しくらい感謝してよ」
「うっせ。とっとと帰れ。んでその体、俺に返しやがれ」
「だからダメだってば! 私がいなくなったあと、ちゃんとシプレスで埋葬してあげてよ」
レナートとのこんなやりとりも、これが最後なんだ。
本当に死体でよかった。普通の体だったら、涙が出る体だったら、きっと泣いてた。泣いちゃって、その雰囲気に流されて、言わなくていいこと言っちゃってたかも。でも、今は大丈夫。この体は、涙が出ないから。
「仲いいねぇ、きみたち。で、どうする? もう帰る?」
あっさりと、死ぬほどあっさりとグリモリオくんが聞いてきた。そんな「コンビニ行く?」くらいのテンションで聞くような程度なんだ、私の帰還って……。
「あ、はい。えーと、何か特別にやることとかってあります?」
「ないない~。きみはそこに立ってくれてるだけでいいよぉ」
グリモリオくんが指さしたのは、私が最初に入ってた棺桶。その中に入れってことらしい。なので、おとなしく指示通りに入った。
「ラーラ……」
レナートってば、まーたあの変な顔してる。もー、しょうがないなぁ。ほんと寂しがりやなんだから。
でも、ごめんね。それでも、私は帰りたい。家族と、会いたい。
「ありがとう。レナートがいたから私、この世界のことも好きになれた。レナートがいてくれたから、毎日すごく楽しかった。たくさん助けてくれて、ずっと一緒にいてくれて、本当にありがとう」
よかった。ようやく伝えられた。本当に感謝してる。レナートがいなかったら私、きっと今ここにいられなかった。きっと泣きながら途方に暮れてた。レナートがいてくれたから、私は私のままでいられた。
「じゃ、いくよ~……って、その前にぃ。きみの名前……名前っと」
「あ、ごめんなさい。私、自分の名前憶えてなくて」
どうしよう。もしかして名前わかんないと帰れないとか?
でもグリモリオくんは私の方なんか全然見てなくて、腰の鞄から取り出したおっきな黒い本をパラパラとめくって何かを探してる。
「はいはい、見つけた! えーと、コダマ……ア、ズサ? 秋津洲系の名前かな?」
――コダマ アズサ
懐かしい音。十六年間、ずっと一緒だった私を表す音。
「コダマ、アズサ……児玉、梓。思い出した!! レナート、思い出した!」
ずっとずっと思い出したかった、私の本当の名前。ずっとずっと伝えたかった、私の本当の名前。
「黒書の魔法使いグリモリオの名にかけて、コダマ・アズサの魂をあるべき場所へと還すことを誓う。譎詭変幻、無限世界の夢をここに」
「レナート、私の本当の名前、児玉梓――アズサっていうの!」
「ラー――」
手を伸ばしたレナートが何か叫んでた。でも、もう私にはそれが聞こえなくて。幽体離脱してレナートにひっぱり戻されたときよりも何倍もすごい勢いで、私は一瞬で空の上まで飛ばされてた。そのまま太陽の方へ引っ張られて、眩しすぎる光の中で何も見えなくなった。
※ ※ ※ ※
気がつくと、私は横断歩道の上に立ってた。最後に見た、あの横断歩道の上に。
「帰って……きた?」
でも、なんかちょっとおかしくない?
だって私、まだ横断歩道の上にいるんだよ。なのに、なんで車が横をびゅんびゅん走ってくの? たしかに歩行者信号は赤だけど、いくらなんでもひどくない?
「これじゃ私、誰にも見えてないみたいじゃん」
乾いた笑いと一緒にこぼれ出た言葉は、でも真実らしくて。
すごい勢いで走ってきた車は、あっさりと私をすり抜けていった。歩道の方を見れば、そこには菊の花が供えてあって。
「そんなのってさ、なくない?」
ずっと帰りたかった。帰ってきたかった。なのに……私、どこへ帰ればいいの?
途方に暮れて、行き交う車の中でぼんやりと懐かしい空を見上げた。立ち並ぶ雑居ビル、看板、まだ灯りのついてない街灯、電線――見慣れた景色。いつも通ってた、学校へ行く途中の道。
ぼやける視界に、「ああ、私泣いてるんだな」って思った。死体のときは泣けなかったけど、幽霊は泣けるらしい。そういえば初めて会ったとき、エルバも泣いてたなぁ。
「帰ってきたのに……帰ってこれたのに……」
くやしい、悲しい、そんな気持ちがあふれてきて。足が地面に貼りついたみたいに、重く動かなくなってきた。
「帰りたい、帰りたいよぉ……」
家に帰りたい。お母さんに、お父さんに、弟に会いたい。家に……
そうだ、家に帰らなきゃ。まだ、私はまだちゃんと確認してない。本当に死んじゃってるのか、自分の目で確認してない。勘違いだったなら笑えばいいだけだ。
確認もしないままこんなところで止まっちゃったら、私はなんのためにあんなにがんばったの? なんのためにレナートにたくさん迷惑をかけてまで助けてもらったの? 無理やりエルバを引っ張り出した私がこんなとこで立ち止まってなんていたら、エルバにも怒られる。
「やってみなきゃわかんないじゃん! とりあえずやってみよーよ」
いつかのレナートのムカつくモノマネをさらにマネしてやったら、なんかちょっと元気出てきた。ばーか、レナートのばーか。あと、ありがと。
軽くなった足で地面を蹴って、思い切り飛び上がった。幽体離脱したときと同じで、幽霊の体はそのままふわふわと浮かんだままで。思うだけで体は進んでいく。生きてたときよりむしろ自由度高い。道を無視して、一直線に家へ向かった。
歩くより断然早く、あっという間に家に着いた。懐かしの我が家、ずっと帰りたかった場所。私が十六年間、過ごした場所。二階の私の部屋、鍵のかかった窓をすり抜けて入る。
「あの日のまんま……」
朝脱いだままベッドの上に放っておいたパジャマ、読みかけだからって開いたまま伏せてある漫画の雑誌、やりかけの宿題……全部、あの日のまま。
下のリビングにも行ってみたけど、ここもいつもと変わらず。相変わらずバカ弟がやりっ放しのゲームが放置してある。次はどこ行こうかなって廊下に出たとき、お母さんの声が聞こえた。
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