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27.死体令嬢は逡巡する
しおりを挟むカタリナたちの会話、騎士団の動き、その他必要そうな情報をレナートへ説明する。エルバが。
うん、適材適所。頭使うことは二人に任せる。
「これで俺も立派な罪人だな」
「ごめん。私のせい――って」
いや、痛くなかったわ。
痛くはなかったけど、頭叩くとか。女の子になんてことするんだ、まったく!
「ばーか。だからラーラはバカだってんだよ」
「バカバカ言うな!」
「バカだからバカだっつったんだよ。いいか、罪に問われてんのは死体を盗んで改造したことだ。それをやったのは俺。俺が、俺の意思でやったんだ。ラーラは関係ねぇだろうが」
あ、そういえば。そこはたしかに関係なかったわ。
「いやいや! でもそもそも、私がいなきゃバレることなかったじゃん」
「そんなのわかんねぇだろうが。って、今はそんなんどうでもいいんだよ。んなことより、どうやってやつらを破滅させて俺が幸せになれるかを考えろ」
「いや、破滅しろとかまで思ってないし、レナートの幸せとか知らないし」
「わたくしも、カタリナの破滅までは望んでおりません。わたくしはただ、名誉を回復させたいだけですので」
レナートめ。何さらっと目的変えようとしてんだか。
「でもよ、おまえら破滅までは望んでねぇなんて言ってるけどよ……エルバの名誉を回復させるってことは、カタリナたちを断罪するってことじゃねーの? あいつらのやったことって、ごめんなさいって言って済むようなことじゃねぇだろ」
レナートの言葉に、急に現実が押し寄せてきた。
浮気野郎に一発お見舞いはいい。これは勢いでできる。むしろノリノリでやる自信がある。でも、名誉回復の方は?
正直、自分の行動で誰かが死ぬとかやだ。やだけど、カタリナはそれをやったんだよね。自業自得っちゃそうだけど……でもその引き金を、私は自分で引きたくない。
それはたぶん、私が直接カタリナに何かをされたわけじゃないから。いくら夢でシンクロしても、やっぱり他人事だから。なのに、そんな重いもの背負いたくない。エルバの冤罪はどうにかしたいと思う。でも、それ以上に怖い、それが本心。
「そう、ですね。わたくしが望んだのは、そういうことですよね」
怖気づいた私とは反対に、エルバは覚悟を決めたみたいで。
「ああ。それに悪いけどよ、俺は自分が破滅するくらいならあいつらを破滅させる。きれいごとなんて言ってらんねぇ。俺は自分の身が一番かわいいし、カタリナやアンタのことなんぞ正直知ったこっちゃねぇ」
「ええ、承知しております。レナート様が協力してくださるのは、あくまでラーラ様のため。そして今、わたくしがこうしてここにいられるのはラーラ様のおかげ。ですから、わたくしも覚悟を決めました」
体の主導権が、エルバの強い意志で奪われる。
「これからしばらく、この体の主導権はわたくしが握らせていただきます。これはあくまでわたくしの私怨ですから。ラーラ様の御手を煩わせはいたしません」
「俺も、俺のためにカタリナを破滅させる。だからラーラは、帰れるようになるまでおとなしくしとけ」
優しい二人は怖気づいた私に気づいて、気にするなって笑って私を安全な場所に閉じ込めた。
私、これでいいの? 私だって、自分が帰るためにエルバをたきつけたのに。なのに、自分だけ守られて、何もしなくてもいいの?
焦る気持ちは加速してくのに、エルバの意思はすごく強くて。……違う、私が迷ってるから。だから、エルバの支配をはねのけられない。
「カタリナの性格上、おそらくレナート様は公開処刑でしょう。罪を犯した姉をそれでも慕い、亡骸を取り戻した心優しい妹として。そして、無法者を毅然と裁く頼れる次期領主として。そうやって、魅力的な自分を演出するために」
「冗談じゃねぇ、そんな茶番に付き合ってられるかっての。でもよ、そんな領民の耳目が集まる場所で……反対にあいつらの罪を突きつけられたら。アンタの名誉、一気に回復できんじゃね?」
絶体絶命からの断罪劇。そりゃ、できたらすごいけど。でもそれって、レナートが捕まるってこと前提じゃない?
「それには決定的な証拠が必要になりますね。根回しも、日数も必要です。その場で……というのは、おそらく無理でしょう」
そんな簡単にはやっぱり無理か。でも、じゃあどうするの?
「わたくしの名誉回復はひとまず置いておくとして。別件になりますが、その場でカタリナに罪を問うことならば可能です」
「じゃ、それでいこう。ちなみにだが、アイツ何やったんだ?」
「まだやってはおりません。ですが、レナート様を捕らえたならば、確実に犯す罪です」
まだやってないけど、レナートを捕まえたら確実にやる罪ってなんだろう? エルバは確信してるみたいだけど、本当に大丈夫なのかな……
「なんだそりゃ。でもま、アンタがそんだけ自信たっぷりに言うんなら乗ってやるよ」
「ありがとうございます。もし万が一失敗したとしても、そのときはラーラ様と二人で力尽くでも救出させていただきますのでご安心を」
「ラーラとってのが微妙に不安なんだが……ま、頼むわ」
二人は私の弱気なんて関係なく、どんどん計画を進めていく。
「まずはアリーチェに会いましょう。本当は、彼女にはお礼を伝えるだけのつもりでしたが」
「どうしたって協力者は必要だ。この際、彼女の人脈も利用させてもらう。それに、たぶんあの人も本当は……」
話が、関わる人がどんどん大きくなってく。私は声も出せないまま、見てるしかできない。どうしよう、どうしたらいいんだろう。
エルバの支配をはねのけるには、私も覚悟を決めないといけない。でも私は、どうしたらいいかわかんなくなってて。私は、エルバを見誤ってた。ただ、優しい子なんだって勝手に思ってた。だから、全部もっと簡単に終わるんだって思ってた。
勝手に他人の気持ちを決めつけてたのは、私もだった。
結局私は何もできないまま、エルバとレナートが突き進んでいくのを見てるしかなかった。
エルバは真夜中、こっそりとアリーチェさんに会いに行った。そして感動の再会もそこそこに、あっという間に彼女の協力を取り付けちゃって。というかアリーチェさん、私たちが会いに行ったあの日よりもずっと前から、実はこっそりとエルバの冤罪を晴らすために動いてたみたい。レナートが言うまでもなかったらしい。
「お嬢様本人がおられるなら、カタリナ様にも十分対抗できましょう。お任せください。私たち有志の者が、必ずやお嬢様の冤罪を晴らしてみせます」
「ありがとう、アリーチェ。あなたにはいつも迷惑ばかり……」
「何をおっしゃいます。お任せください! どんなに時間がかかろうとも、エルバお嬢様の名誉は私たちが必ずや回復させてみせます」
なんで。なんで、みんなそんなに迷いなく進めるの?
私は今、一歩も進めない。自分のことでもあるのに、怖くて進めない。でも、このままじゃダメだ。だって、このまま全部レナートたちにやってもらって、自分だけきれいなままで日本に帰るなんて。
でも、じゃあ私は何をすればいい? エルバは今、自分のために覚悟を決めて動いてる。それにこの体は元々エルバのだし。今が正しいといえば正しい状態。きっと今私が表に出たところで、二人の邪魔になるだけ。
思考は堂々巡りを繰り返す。出口が見えなくて、気持ちばっかり焦ってく。
そんな私の焦りをよそに、みんなの準備は着々と進んでいって――
そしてとうとう、レナートが捕まった。
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