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番外編2
ビスカスホリディ3
しおりを挟む翌日――
私たちは、また海へとやって来ていた。あれから武田先輩の伝手を使って色々調べてもらったんだけど、幽霊騒ぎが起こるのは男女のペアの時だけってことがわかった。おかしくなるのは女の人だけで、引きずり込まれるのは男の人だけ。あと、事故が起こるポイントも決まってる。
場所も条件も違ってたから、昨日の風峯と林くんにはまったく反応なくて当然だったらしい。二人とも投げ入れられ損でご愁傷様。
「幽霊騒ぎの起こる場所は、事故多発で遊泳禁止になってたみたいね」
「そういえば、ここ何日かは溺れたって話聞かなかったわ。じゃあ、そこを避ければ安心して海で遊べるわね」
ハイビスカス先輩はどうやら触らぬ神に祟りなし派らしい。私もそれ賛成です。君子危うきに近寄らずがモットーなんで。チキンとでもなんでも言うがいい。……なのに、どうして私は特殊奉仕活動同好会に捕まってしまったんだろう。
「それじゃつまら――いえ、そういうわけにはいきません。原因を断たないと、知らずに入った人がこれからも犠牲になるかもしれないじゃないですか」
「武田さん、見ず知らずの人たちのためにそこまで……!」
ハイビスカス先輩。感動してますけどその人、今つまらないって言おうとしてましたよ。後半なんとなくいい風に言ってますけど、本心は単に幽霊見てみたいとか捕まえたいですよ、たぶん。ちなみに私は見たくないです。
「でも紫、そうすると今度は囮、女の子使わないといけないけど。アンタやるの?」
「やるわけないじゃない」
すると、かわいそうな子を見るような目で麗ちゃん先輩がこっちを見た。
「ダメです。無理、無理です! 私、幽霊とか本当苦手なんです」
「わかってるから。ね、だからそんな顔しないで、山田さん。大丈夫、囮役はもう決まってるから」
武田先輩はちょっとだけ困り顔で笑うと、「要」と林くんを呼んだ。
「はーい」と元気よく出てきたのは、もはや女装などまったく気にしていない林くんだった。まあ、この人全裸とかでも気にしないだろうけど。むしろ積極的に脱ぐだろうけど。
メイド服モチーフなビキニを着た林くん。下はミニスカートになってて、彼のわがまま暴れん棒将軍はうまいことカモフラージュされていた。
それにしても、やっぱりどこからどう見ても美少女にしか見えない。中身もっとマトモだったら、きっと男女問わずさぞモテたろうに……とはいえ、本人は今の自分に満足して幸せそうだから余計なお世話か。でも、私は林くんの日々の奇行に少々迷惑してるので、できればそれはもう少し自重してほしい。
「やれるわね?」
「はい、紫さま! ……あの、ちゃんとできたら」
「わかってる。でも、ご褒美はちゃんとできたら……ね?」
妖艶に微笑み、林くんのあごを持ち上げる武田先輩。一見すると、お姉さま美女が妹属性美少女にあごクイしてるみたい。ほんと、黙ってれば二人ともすごく絵になるんだけどなぁ。
そんな偽百合風味な二人の隣に、眉間にしわをよせた風峯が現れた。
「麗ちゃん先輩。風峯、すっごい機嫌悪そうなんですけど。もしかして私が、自分だけ嫌だとかってわがまま言っちゃったから……」
「玲ちゃんは気にしないでだいじょーぶ。だって今日の囮役、司ちゃんが自分から林くんとやるって言ったんだもの」
「昨日はあんなに怒ってたのに?」
「そうね~。ま、『愛』ってやつじゃない?」
麗ちゃん先輩はそう言って私にウインクをしてきた。
愛って。麗ちゃん先輩ってば、すぐそっち方向にもっていこうとする。でも、もし嫌がる私の代わりになってくれたんだったら、そこは一言ちゃんと謝っておかないと。
「風峯、ごめん」
不機嫌そうに立っていた風峯のとこに駆け寄って、開口一番謝罪した。すると風峯は怪訝そうな顔を返してきて。
「なんで謝られてるんだ、俺? 玲に謝られるようなことなんてないぞ」
「だって……今日の、私の代わりなんでしょ?」
風峯は麗ちゃん先輩を睨みつけたあと、私を見下ろすと困ったように頭をかいた。
「いや、違う。それに玲の代わりだってんなら、そりゃ林の方だろ。俺に女装は無理だしな。ちなみに俺の方は紫に無理やり脅されただけだ。あとあのアホは紫のご褒美につられただけ。というわけで、これに関して玲は関係ない。気にするな」
そんな風に優しくされて、そんな風に笑いかけられたら……なんか、調子狂う。
「やっぱり、私もなんか手伝った方が――」
「玲」
言いかけた私の言葉を、風峯がぴしゃりと切った。
「あのな、そんなことじゃズルいヤツらにいいように利用されるぞ。嫌なことやらなくてすんでラッキーくらいに思ってればいいだろ。玲は真面目すぎるし、甘えるのヘタクソすぎ」
「でも……」
そうは言われても、自分だけ何もしないのってなんか悪い気がしちゃう。……ううん、違うか。私は誰かに借りを作ったり、頼ったりするのが怖いのかもしれない。
「まったく、なんて顔してる。いいんだよ、玲は少しくらい図々しくなったって。紫とか見てみろ。まあ、コイツはもう少し遠慮ってものを覚えるべきだと思うが」
「あら、私のどこが図々しいのよ。失礼しちゃうわ、こんなに慎み深い淑女に向かって」
いつの間にか林くんを縛り上げて床に転がしていた武田先輩が、風峯の軽口に軽口を返した。
「それが図々しいって言ってるんだよ。林もだが、おまえも少しは慎みを持て。まったく、玲は心も体もこんなに慎み深いっていうのに」
「おい、ちょっと待て。心はともかく、慎み深い体ってなんだ」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけときめいたのに。でも無し。こんな失礼なやつにときめくとか、やっぱない。気の迷いだ、気の迷い。あっぶな。
「さ、行くわよ。今日こそ立派な幽霊を釣り上げてみせるわ!」
※ ※ ※ ※
その場所は、昨日とは打って変わって静かな場所だった。砂浜に人の姿はなくて、遊泳禁止の看板だけがぽつんと立ってる。
「要、司、準備はいいわね?」
「はい、紫さま! いつでもイケます!!」
「問題ない。いざという時は林を殺る覚悟も出来てる。ちなみにそうなった場合、証拠隠滅とアリバイ工作ともみ消しは頼む」
「ふざけんな! 男の手なんかで昇天させられてたまるかっての。僕を昇天させるなら、紫さまか山田ちゃんを指名します!!」
「謹んでお断りさせていだきます」
やだよ。そういうプレイはいつも通り武田先輩にやってもらってよ。
それにしても風峯、林くんにはほんと塩対応だよなぁ。でもこの二人、というか武田先輩や麗ちゃん先輩もだけど、みんな子供のときからずっと一緒らしいんだよね。林くんは小学校の途中からだったっけかな? まあとにかく、なんだかんだで仲いいんだよね。
「いざという時はちゃんと引き揚げてあげるから、安心して沈んでらっしゃい」
武田先輩が愛用の縄を命綱として二人に結び付ける。風峯は普通に腰のとこに、そして林くんはお馴染みの縛り方で。今日は菱縄縛りなんだって恥ずかしそうに頬を染めてたけど、彼が何に照れているのかさっぱりわからなかった。わかりたくないし、わかったらおしまいな気がする。
そして準備の整った二人は、海へと入っていった。
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