学園戦隊! 風林火山

貴様二太郎

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序章

学園戦隊風林火山、見参!

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 夕日も落ち、うっすらと夜の気配が漂いだした公園を少女が一人歩いていた。
 この公園はバス通りへの近道になるため、夕方の時間帯など通り抜けする人がそれなりにいるのだが、今日は少女以外の利用者はいなかった。暗くなりつつある空に不安を感じたのか、少女は早歩きから小走りになる。「痴漢注意」の立看板の前で一度立ち止まると、不安が最高潮に達したのか勢いよく走り出した。

 あと少しで出口、というところで少女は急に立ち止まった。前方の道を塞ぐように人が立っていたからだ。

「こんばんは、お嬢さん」

 知らない男が話しかけてきた。街灯の下で、いやらしくニヤニヤと笑っている。少女の勘が警鐘を鳴らす。今すぐ逃げろ、と。

「どうしたの? 何でそんなに怯えてるの?」

 男が一歩近づく。少女は一歩後退る。

「そんなに怖がらないで。僕はただ、君に見てほしいものがあるだけなんだ」

 男は微笑むと、おもむろにコートに手をかけて――


 ※ ※ ※


 部室の扉を開けると、そこは異世界でした。

 うん、異世界。
 だって私の知っている世界では、いわゆる亀甲縛り(だと思う)で床に転がされて、なおかつハァハァ言ってる男子高校生なんて存在しない。うん、きっと幻覚だ。何かの見間違いだよ、きっと。
 そっと扉を閉めた私は悪くない。グッバイ異世界。

「玲ちゃんてば、せっかく開けたのに何で閉めるの?」
「麗ちゃん先輩、ここは封印しましょう」
「玲、訳のわからんこと言ってないでとっとと入れ」

 さすが空気も人の気持ちも読まない男、風峯。あっさりと扉を開けて部室に入ってしまった。

「林、邪魔だ。こんなところで転がるな」

 あ、やっぱり林くんだったんだ、アレ。
 出入口のすぐ側で転がっているので邪魔だったようで、風峯が蹴り転がして端に寄せていた。

「チェンジ! 山田ちゃんにチェンジで!」

 なんかすっごいキラキラした目でこっちを見てくる美少年。金髪碧眼の天使みたいな美少年に見つめられるなんて、普通は嬉しいんだけど……
 なにせ亀甲縛りで鼻息荒い美少年だからなぁ。

「お断りします」

 ドン引きして生温い視線を投げかけたら、なぜか林君がもぞもぞともだえていた。

「あぁ、山田ちゃん……その蔑みの視線、堪らない」

 うわぁ、ほんと残念な美少年。
 そんな林君を、風峯が容赦なく蹴り転がす。

「黙れ気色悪い」
「痛っ! おい、いい加減にしろよクソ風峯。僕は男に虐げられても気持ちよくないんだよ! 今すぐ山田ちゃんに代われ!!」

 変態二人が騒いでいると、奥に置いてある立派な椅子が動いた。こちら側を向いた椅子に座っていたのは武田先輩だった。

「やっと全員揃ったわね。待ちくたびれて、うっかりうたた寝しちゃってたわ」

 武田先輩は伸びをしながら椅子から立ち上がると、まっすぐに私たちの方へ歩いてきた。

「うたた寝って…林くん変態と二人きりでよく眠れましたね、武田先輩」
「問題ないわ。縛って転がしておいたから」

 麗しい笑顔で、何でもないことのように言った武田先輩。最後の希望が打ち砕かれ、私は頭を抱えながらその場に座り込んだ。
 何であの縛りかたなんですか。普通の縛りかたならまだ、お淑やかな外見に似合わず結構ヤンチャなんだな、くらいしか思わなかったのに。
 全滅した。ここには、普通の人はいなかった。武田先輩だけはまともだと思いたかったのに。

「じゃあ全員揃ったところで、まずは備品を渡すわね」

 武田先輩が言い終わると同時に、麗ちゃん先輩が段ボール箱を机の上に置いた。中から出てきたのは、カラフルなジャージとこれまたカラフルなスマートフォン。

「はい、山田さんの分」

 武田先輩に渡されたのは、黄色のジャージと黄色のスマートフォン。周りを見渡すと風峯は青ジャージと青スマホ、麗ちゃん先輩はピンクジャージとピンクスマホ、林くんは緑ジャージと緑スマホ。

「何ですか、これ?」
「ユニフォームと緊急連絡用の携帯電話よ」

 思わず発した私の疑問に、武田先輩はさも当たり前のことのように答えた。
 なんで部活の備品にスマホが必要なんだろう? 連絡するだけなら自分の携帯くらいみんな持ってると思うんだけど。

「はぁ。ジャージはともかく、スマホって必要なんですか?」
「必要よ。だって、悪はいつなんどき現れるかわからないもの」

 なんかよくわからない答えが返ってきた。

「……えっと、『あく』って、悪者とかの『悪』ですか?」
「そうよ。他に何があるの?」

 いや、そんなきっぱりさっぱり言い切られても。むしろ悪と部活に何の関係があるのかと、こっちが聞きたいんですけど。

 そんな私の疑問をよそに、武田先輩はホワイトボードの前に立つと何かを書き始めた。
 それにしても悪とか事件とか、およそ部活と関係有りそうもない言葉が次々出てくるのは何でだろう? 

 特殊奉仕活動同好会

 そもそもここは、一体何をするためのものなんだろう? 奉仕活動というからてっきり校内の草むしりとか市内の老人ホームのお手伝いとか、そういう慈善活動をするところだと思っていた。

 ホワイトボードに一通り書き終わったらしい武田先輩が振り返る。

「最近、この一帯で露出系の変質者が度々目撃されています」 

 武田先輩の言葉を聞いた麗ちゃん先輩はすかさず風峯に抱きつく。ちなみにこの二人も幼馴染みらしい。さっき部室に行くまでの間に、麗ちゃん先輩が教えてくれた。

「イヤン、麗コワイ! 司ちゃん、いざという時は麗を守ってね」
「心配するな火野。お前は絶対襲われん。それより今すぐ離せ。ぐっ、息が――」

 あ、段々風峯の顔色が悪くなってきた。すごいなぁ、麗ちゃん先輩力持ち。もうそのままおとしちゃえ。
 なんて思ってたら、武田先輩から助け舟が入った。

「麗、じゃれるのは後にしてね。風峯くんがおちちゃうと説明二度手間だから」
「はぁい。ごめんねぇ、続けて紫」

 麗ちゃん先輩の熱い抱擁で呼吸困難に陥っていた風峯は、武田先輩の一言であっさり解放された。というか床に投げ捨てられた。愛しの幼馴染みだって言ってたのに結構扱いが雑ですね、麗ちゃん先輩。

 息も絶え絶えな風峯が、這《ほ》う這《ほ》うの体《てい》で私の隣の席に逃げてきた。
 ちっ、あのままおちて記憶飛んじゃえばよかったのに。

「はぁはぁ、一瞬天国の婆さんが見えた」
「うん、そのまま一緒に逝けばよかったのにね」
「安心しろ。玲を置いて一人でなんて逝かない。逝く時は一緒だ」
「嫌だよ! 一人で逝ってよ!」

 もうヤダこいつ。早いとこさっきのを無かったことにしてもらわないと、後々ものすごく面倒くさいことになりそうな気がする。

「愛の劇場は後でやってね。さて、この変質者の撃退及び捕獲が今回の活動内容になります」

 武田先輩の一言で私たちは黙った。だって、ちょっと目が怖かったんだよ。あまり話の腰を折ると、林君の二の舞になるかもしれない。
 それにしても変質者の撃退及び捕獲って、それは高校生の部活動の内容としてどうなんですか?

「ちょっと待ってください、武田先輩。変質者の撃退とか捕獲って、そういうことは警察に任せた方がいいんじゃないですか?」
「勿論任せるわよ。捕獲した後は」
「危ないですよ! こんなの高校生の部活動の域を越えてますって」

 私の訴えに武田先輩は一瞬驚いた顔をした。しかしすぐに大輪の花が綻ぶような艶やかな微笑みを浮かべ、鈴を転がすような声で笑った。

「イヤだわ、山田さん。これこそが特殊奉仕活動同好会我が部の真骨頂じゃない」

 変質者の捕獲が真骨頂の部活動なんて、私は聞いたことないんですけど。もしかして私が知らないだけで、世の中にはこういう部活や同好会もあるの?
 唖然としている私、惚れ惚れするような麗しい笑顔で武田先輩が説明してくれる。

「特殊奉仕活動同好会。聞いての通り、特殊な奉仕活動を行う部活よ。その活動内容は、学園の平和維持に奉仕することよ」

 平和の維持とか悪とか、それってまさか――

「正義の味方、とか言うんじゃ……」

 私の言葉に武田先輩は満面の笑みを浮かべ、びしっと私を指差した。

「そう! 学園を悪から守る正義の味方。特殊奉仕活動同好会、またの名を……『学園戦隊!風林火山』よ」

 武田先輩はドヤ顔で言いきった。

 これか!! あの特殊入学枠の変な条件とか、クラスのみんなが可哀想なものを見る目で見ていたのは……全部これが原因だったのか!!
 きっと内部生は知ってたんだ。武田先輩たちは全員内部生だもん。きっと高校以前からやってたんだ、コレ。
 どうしよう、学費と引き換えに何か大事なものを失った気がする。平和な高校生活とか、普通の高校生活とか、常識人の友達とか。

 何でこれ誰も止めなかったの? 学園戦隊って、しかも風林火山って。高校生にもなって何が悲しくて戦隊ごっこしなきゃいけないのさ!
 私は死んだ魚のような濁った目で武田先輩を見た。

「よくこの同好会、許可がおりましたね」

 そんな死んだ魚に美人が満面の笑みを向ける。
 でもその笑顔から、何か邪悪な波動のようなものを感じたのは気のせいだろうか。いや、気のせいであってほしい。

「ふふ、権力って素敵よね。私、理事長の孫娘なの」

 理事長、孫娘止めろよ! 職権濫用、ダメ、絶対!!


 ――後悔先に立たず。
 この部活に入ることを条件に入学した私には、最早逃げるという選択肢は残されていなかった。
 
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