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序章
プロポーズは突然に
しおりを挟む入学式から一週間。
新入生オリエンテーションや部活紹介も終わり、徐々にクラス内も落ち着いてきた。
武田学園は小学校から大学まであるので、内部生は顔見知りが多い。もちろん高校も持ち上がりの内部生が多いので、私のような外部生は最初アウェイ感半端なかった。
窓際一番後ろ、そこが私の席だ。そこからなんとはなしに窓の外を眺めていたら、いきなり背中に柔らかいものが押しつけられた。
「おはよ、玲」
「おはよ、六花《りっか》」
振り返ると、至近距離に美少女の顔。柔らかいものの正体はどうやら彼女のものだったらしい。
大きなパッチリ二重のドーリーフェイスにミルクティー色のゆるふわパーマ。まさに等身大のビスクドール。しかも巨乳。天は二物も三物も与えてます。
うらやましい……少しでいいから私に分けてほしい。一度でいいから、「つま先が見えない」とか「走る時邪魔なの」とか言ってみたい。
そんな六花と仲よくなったのは、たまたま入学式で隣の席になったからだ。同じ山田という名字だったこと、そしてその見た目を裏切る残念な言動のおかげであっという間に仲良くなった。彼女は小等部からの内部進学組らしい。
「六花さーん、そろそろ離してくれませんかね?」
「やだ。もうちょっと補充させて」
「六花は女の子とのスキンシップ好きだよね」
「だって、女の子といちゃつく方が楽しいもん。男は興味ない」
六花、私はあなたの将来がちょっと心配だよ。それとさっきから私たちを見る男子の視線に、微妙にいかがわしいものを感じるのは気のせいだろうか。
「玲、あなた部活はどこか入るの?」
「あー、えっと、特殊奉仕活動同好会? ってやつに入らなきゃなんないんだよね。入学の条件だったから」
特殊奉仕活動同好会
この名前を出した瞬間、教室にどよめきが起こった。
「山田(貧《カッコひん》)正気か!?」
「勇者山田(貧)」
「あの学費無料に釣られたのか……哀れなり山田(貧)」
教室のあちこちから、憐れみと驚愕とカッコヒンという言葉が次々と投げ掛けられる。そのカッコヒンてどういう意味だ男子共。貧乳の貧とかだったら、近い将来ハゲ散らかす呪いかけるからな。
「気にすることないわ、玲。小さい胸には小さい胸の良さがあるもの」
「やっぱりか!」
「大丈夫。玲さえよければ、私が育ててあげるから」
その言葉と同時に、首に回されていた六花の手がわきわきと怪しく蠢き始めた。
が、次の瞬間、唐突に背中から圧迫感が消えた。
振り仰ぐと、そこには六花の襟首を掴んだ風峯が立っていた。
「調子に乗るなよ、山田(猥《カッコわい》)。コイツの乳は今がベストなんだ。余計な手出しをするな」
「ちっ、風峯か。ちょっと! 私は猫の子じゃないんだから襟首放しなさいよ‼ あと、カッコワイって何よ」
「猥褻の猥だ。変態エロ女」
「あんたに言われたくないわよ、このロリコン!」
「馬鹿を言うな。いいか、俺はロリコンじゃない。育つ可能性のある胸なんぞ興味ない。俺が好きなのは、育ちきったのに存在を主張しない健気な胸だ!」
朝から心底どうでもいいことで言い合う二人。六花が言うには、彼女と風峯は小学校からの腐れ縁らしい。入学式から一週間、二人が喧嘩してない日はまだない。
「ほら、そろそろホームルーム始まるよ。二人ともいちゃついてないでさっさと自分の席に戻りなよ」
いい加減面倒になったので仲裁に入ったら、ものすごい形相の美形二人に睨まれた。
「冗談じゃない! こいつとなんて論外だ」
「私だって、あんたとなんて冗談じゃないわよ!」
結局二人の夫婦漫才のせいで、特殊奉仕活動同好会の事を聞きそびれてしまった。
それにしても、特殊奉仕活動同好会の名前を出した瞬間のあのどよめき。主に内部生が騒いでたみたいだけど、そんなにヤバいところなんだろうか。
……いや、あれだけの変人、もとい個性豊かな人が集まっているんだから、多少の噂やなんかはあって当然だよね。今のところ、武田先輩だけは常識人に見えたんだけど。
その後、休み時間にクラスの子達を捕まえて聞いてみたけど、何人かの子には生温い目で「頑張れ、応援してるから」とだけ言われた。微妙に距離を置かれたような気がしたのは気のせいだろうか……。
結局何も分からないまま放課後になり、寮へ帰ろうと教室を出たところで風峯と出くわした。
「山田(貧)。さっき林から連絡があったんだが、準備が調ったから今日から活動開始だと」
「(貧)つけんな! 私はまだ成長期なの。これから育つ予定なの」
「山田(貧)、胸なんかなくたっていいじゃないか。いや、むしろない方がいい! あるかないかわからない位の、俺の掌で包んでも隙間が出来るくらいの大きさが理想だ‼」
「お前の理想なんか知るか、黙れ変態。あと(貧)つけんな」
「仕方ないだろう。うちのクラスには、山田が三人もいるんだぞ」
腕を組んで偉そうに私を見下ろす風峯。くそっ、なんか腹立つな。
「だったら下の名前の方で呼べばいいじゃん」
その瞬間、風峯が固まった。そして何故か真っ赤になった。
全くもって意味がわからない。今の言葉のどこに赤くなる要素があったの?
「え、何? もしかして名前呼びが恥ずかしい……とか?」
こいつ、意外と恥ずかしがり屋なのかもしれない。たかが名前呼ぶくらいでそんなに真っ赤になることないのに。
「……き、なのか?」
口許を手で覆ってるせいで、声がくぐもってよく聞こえなかった。だから聞き返しただけだった。
「はい?」
なのに、次にやつから返ってきた言葉は私の予想の斜め上をいっていた。
「…………了解だ。お前がそのつもりなら、俺も覚悟を決めよう」
私にはさっぱりわからないけど、風峯は何かの覚悟を決めたようだ。なんだろう……わからないけど、なんか物凄く嫌な予感がする。
「ねえ、今の『はい』は、疑問形の『はい?』だからね。おーい、聞いてる?」
俯いて何かをブツブツ言っている風峯に恐る恐る近づく。二、三歩近づいたところで、突然風峯が顔を上げた。
「玲、結婚式はいつにしようか?」
変人だとは思っていたが、ここまで訳のわからない奴だとは思わなかった。確か私は、呼び名について話していたと思っていたんだけど。なんで? いつの間に結婚の話になった? というか、お前まだ結婚できる年じゃないだろ!
「待て、待て待て待て! 一回落ち着け、風峯」
「お前こそ落ち着け。大丈夫だ、結婚式まではまだ時間はある」
そう言ってヤツは馴れ馴れしくも私の肩を抱いてきた。一体何なんだ、この男。イケメンだからって何でも許されると思うなよ。
「ちょっ、離せ! 何なんだよ、結婚って。いつ私がお前と結婚することになった」
私はヤツの手を振り払うと、思いきり睨みつけた。風峯はそんな私を不思議そうな顔で見ている。
「そりゃさっき、お前のプロポーズを俺が受け入れたからだな」
は? 何言ってんの、こいつ。
私は思わず呆気にとられて、ぽかんと間抜け面でヤツを見てしまった。
と、呆けてる場合じゃない。
「してないわ、んなモン! いつ私がお前にプロポーズなんぞした」
「しただろ、さっき。俺に名前呼べって言った」
「意味わからん! 何で名前呼びがプロポーズになる」
目の前で恥ずかしげに頬を染める美少年。しかしその中身は相当壊れているらしい。どうしよう、同じ言語を操っているはずなのに全く話が通じない。
「風峯家では、家族以外の異性は名前で呼ばないことになっている。だからさっきのお前の言葉、あれは俺と家族になろうということだったのだろう?」
だめだ。こいつの頭ん中、私には理解できない。思わず倒れそうになる自身を叱咤して、私は一度深呼吸すると、心の底からの魂の叫びをあげた。
「お前ん家《ち》の掟なんぞ、知ったことかぁぁぁぁぁぁ!」
そう叫んで風峯に掴みかかった瞬間、私たちを大きな影が包んだ。
「遅いから迎えに来たんだけど……。痴話喧嘩? 仲良しなのはいいけど、時と場所を考えた方がいいんじゃないかしら。周り、ギャラリーだらけよ」
いつの間にか麗ちゃん先輩がすぐ側に立っていた。
彼女に言われて辺りを見渡すと、いつの間にか結構な数のギャラリーが私達を遠巻きに眺めていた。目が合った何人かは可哀想なものを見る目で私を見た後、気まずげに視線を外してそそくさと立ち去っていった。
「終わった。私の平和な高校生活」
「やだぁ、玲ちゃんったら。同好会に入った時点でそんなもの終わってたのに」
やっぱりか。そうなんじゃないかとは思ってたけどね。麗ちゃん先輩、笑顔でさくっと止めささないでください。
「でも、平和な高校生活よりも刺激的な方が楽しいじゃない。忘れられない高校生活になると思うわよ」
ニッコリ迫力笑顔で慰めてくれる麗ちゃん先輩。その隣では風峯がウンウンと頷いている。
いや、お前も波乱の原因の一つなんだよ。何したり顔で頷いてんだよ。ああ、本当に腹立つな、この男。
「さ、待ちくたびれて紫が拗ねるわよ。そろそろ部室行きましょ」
さっさと歩き出した麗ちゃん先輩を追って、慌てて私も歩き出した。そんな私の隣に、当然のような顔をして風峯が並ぶ。
そのすまし顔を見ながら思う。一体こいつの頭の中はどうなっているんだろう、と。普通、ほとんど知らない相手のプロポーズなんか受けないと思うんだけど。ほんと、何考えてるのかわかんないヤツ。
それにしてもこの風峯の誤解、早々にとかないとまずいよね。今でさえクラスでイロモノ扱いっぽいのに、こんな変態とカレカノなんてことになったら……
嗚呼、私の明日はどっちだ。
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