貴石奇譚

貴様二太郎

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外伝3 琅玕翡翠 ~ジェダイト~

19.ここから始まる物語

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「あーあ、それにしてもコッペリアめ~。最後までずるいなぁ」
「ずるいって何がよ」

 むくれるアケルにパーウォーが呆れ顔を向けると、彼女は「だって~」と口をとがらせる。そしてパーウォーに背を向けるように転がると、ぽつりとつぶやいた。

「生まれ変わりでも、そうじゃなくても……パーウォーの呪縛は、私が断ち切りたかった」

 そして今度は枕を抱え込み、じたばたと暴れ始めた。まるで玩具にじゃれつく猫のような姿に、パーウォーは吹き出しそうになるのを必死にこらえる。

「だってのにさぁ! 最後、ぜーんぶ自分で片付けてっちゃうんだもん。これじゃ私の『救って恩を着せてメロメロにさせて一生お世話させてぐーたら生活してやるぞ計画』が実行できないじゃん‼」

 拗ねるアケルの姿に、パーウォーは自分の中にじわりと湧いてくる温かさと喜びを感じていた。手の中の翡翠にもう一度そっと視線を落としたあと、それを丁寧に巾着の中にしまう。

「バカねぇ、なに盛大に拗ねてるのよ。あと言っとくけど、呪縛なんてもうとっくに切れてたわよ。確かに最後の一押しはコッペリアだったけど。でもあの日、アンタがほぼぶった切ってくれじゃない」

 パーウォーの言葉にアケルは怪訝そうな表情を浮かべると寝返りをうち、体を再びパーウォーの方へと向けた。

「ありがとう。アケルのおかげで、『またね』が苦しくなくなった」

 そう微笑むパーウォーの顔には、もう後悔も痛みも浮かんではいなかった。

「なんかよくわかんないけど……ま、いっか。じゃあさ、私のこと好きになった? なったでしょ!」
「なんでよ。アンタ、ワタシのこと本当になんだと思ってんの? 言っとくけどワタシ、そんな単純じゃないわよ」
「え~、なんだよ~。もーいいじゃん、私の半身になっちゃいなよ~」

 アケルの「半身」という言葉で、途端パーウォーの顔が曇る。最後、エテルニタスが彼女に残していった迷惑すぎる置き土産を思い出して。

「その半身のことなんだけど……あの赤い変態野郎、最後の最後にアンタの守護石に呪いかけていきやがったのよ」
「え、どんな?」

 きょとんとしているアケルに対しパーウォーは暗い顔でうつむくと、悔しそうに事のあらましを伝えた。

「へ~、魔法使いってそんなこともできるんだ。すごいねぇ」
「アイツが特別なの。ワタシは代償もなしでそんな呪いできないもの。それにしてもアンタ、その反応は半身至上主義の石人としてどうなの?」

 悲しむどころか嬉しそうな反応を返してきたアケルに、パーウォーは呆れていいのか困惑すればいいのかわからなくなっていた。

「いや、だってさ。それってつまりは自由ってことでしょ」

 アケルの答えにパーウォーは眉間にしわをよせると首をかしげた。

「えっとね、本能で絶対の相手がわかるって、きっとすごく幸せなんだろうって思う。故郷くにで何組もの半身同士を見てきたけど、本人たちはみんな幸せそうだったから」
「そう……かも? ワタシはそういう本能ないからよくわからないけど、知り合いの石人を見てる限りは幸せそうねぇ」
「うんうん、だよねぇ。お互いもう絶対に心変わりしないし、死ぬときは一緒だし。たとえ半身が他種族でも、相手からの気持ちがある限りはお互いずっと幸せだし」

 どこか含みのあるアケルの言い方を不思議に思い、パーウォーはひとまず口を挟まず耳を傾けることにした。

「でもさ。半身が見つかるのって、みんな怖くないのかな? 本能が選んだ相手なら絶対なんて、ほんと?」

 すうっと、アケルから普段のどこかおちゃらけたような雰囲気が消える。彼女は凪の海のような静謐な瞳でパーウォーをまっすぐ見つめた。

「他種族でも、通わせられる心があるならいいんだ。がんばるだけだから。でも……でも、もしも自分の半身が……心のない物、だったら?」

 アケルの問いは、石人が抱える狂った本能の理不尽さをパーウォーに改めて思い知らせた。パーウォーの背を冷たい汗が流れ落ちる。

「子どもの頃にね、見たんだ。小さな砂糖人形を半身だって言って、すっごく幸せそうに笑ってた人を」

 想像し、パーウォーは戦慄を覚える。今までも十分狂気の沙汰だと思っていた石人たちの半身への執着、それは彼の想像をはるかに超えたものだった。

「それを見てね、私……怖いって思うと同時に、うらやましいって思っちゃったんだ」

 泣き笑いで告白したアケル。その顔はパーウォーに、かつて自分を捨てた母親をうらやましいと言っていたマーレを思い出させた。

「そんなこと思っちゃった自分が怖くて……半身が見つかるのが怖くて……あの日から私、毎日ずっと怖かった」

 掛布団で自分を守るように丸まり震えながら語るアケルの姿は、普段の飄々とした印象とはかけ離れていて。弱い彼女の姿にパーウォーの中で強烈な庇護欲が膨らんでいく。

「でも!」

 アケルは掛布団をはねのけ勢いよく起き上がると、寝台の上で膝立ちになりパーウォーへと向き直った。

「新団長のおかげで、もう怖くない‼ 私、願いあった。わかんなかった。今、気づいた! ごめん、ダメだって言われてたのに、全身真っ赤な慇懃無礼変態魔法使いに叶えてもらっちゃった。しかもタダで!」

 怒濤の勢いで喜びと謝罪をしてきたアケルに、パーウォーの中で膨らんだ庇護欲は一瞬で消し飛んだ。

「アケル、アンタに強い願いの種が眠ってるのはなんとなくわかってた。わかってたんだけど……」
「ごめーん。いつからかわかんないけど、今の今まであの人のこと忘れてた」

 軽く言うアケルに、しかしパーウォーは怒ることも呆れることもできなかった。

「アケルが自分の願いを自覚できなかったのは、心を守るために忘れちゃってたからなのね」
 
 解離性健忘かいりせいけんぼう――アケルの中の強い願いの種が芽を出せなかったのは、これにより願いの原因となる記憶を封じてしまっていたから。彼女は過去に見た砂糖人形を半身にした石人、そしてそれをうらやましいと思ってしまった自分への絶望が心的外傷トラウマとなり、心を守るために記憶を封じてしまっていた。

「かも。そういえばあの人を見る前、もっと小さい頃は普通に半身に憧れてた気がする」
「よっぽど強烈だったのね、その人」
「みたい。そっかぁ、私の願いって『半身を見つけたくない』だったんだ」

 ぺたんと寝台の上に座り込み、アケルは呆けたようにつぶやいた。

「ねえ、アケル。もしアナタに石人の半身が現れたそのときは……願ってくれれば、ワタシは全力でアナタの呪いを解く手伝いをするから」

 パーウォーの申し出にアケルはきょとんとした顔を返す。彼女は心底不思議そうに「なんで?」と聞き返した。

「だって、相手が石人なら絶対が手に入るのよ」
「そうだねぇ。でも、私はいらないや」

 絶句するパーウォーを見てアケルがけらけらと笑う。

「本能じゃなくて、なんにも縛られないで自由に自分の意思と責任で恋ができるっていうのも、すっごく魅力的だと思うんだ。絶対とか永遠はないし、きっとたくさん失敗するし、迷ったり不安だっていっぱいだろうけど……」
 
 アケルはパーウォーをまっすぐ見つめると、輝かんばかりの笑顔で言い切った。

「でもきっと、すっごくすっごく楽しいよ!」

 半身はいらない石人と世話好き魔法使いの物語は、まだ始まったばかり……
 
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