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外伝3 琅玕翡翠 ~ジェダイト~
14.宣戦布告
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アケルは木箱から飛び降りるとパーウォーの前に立った。
「ねえ、パーウォー。そのコッペリアって人のこと、聞かせてよ」
「いいけど……いいの?」
「いいに決まってる。私が聞かせてって言ったんだよ。逆になんでパーウォーが確認するのさ」
明るく笑い飛ばされてしまい拍子抜けしたパーウォーは、ぽつりぽつりとコッペリアとのことを語り始めた。自動人形、疑似魂、彼女の願い、そして最期の約束。
すべて聞き終えたアケルは、ふうとちいさく息を吐き出した。
「またね、か。『さよなら』じゃなくて『またね』って言ったの、ちょっとわかるかも」
夜空を見上げ、アケルはふふっと笑いをこぼす。
「たぶんね~……あ、でもあくまで私の想像だから話半分に聞いてね」
「了解。で、アケルの見解は?」
アケルはパーウォーを見上げ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「コッペリアはさ、パーウォーを縛りたかったんじゃないかな」
「ワタシを縛る?」
「そ。だってさ、『さよなら』じゃ思い出になっちゃって終わりでしょ。でも『またね』だったらさ、終わらないじゃん」
アケルの言葉の真意が読み取れず、パーウォーは困惑を浮かべ眉間にしわを寄せる。
「コッペリアはさ、パーウォーに恋をしていたんじゃないかな」
ぽかん、と。かけらも想像もしていなかった言葉に、パーウォーの頭と心は処理が追い付かず固まっていた。
「そんな意外? だってさ、考えてもみなよ。囚われすべてを諦めていたお姫様のもとに、化粧とか服はちょっとアレだけど、かっこいい魔法使いのお兄さんが現れたんだよ。しかも優しくしてくれて毎日通ってくれるなんて。そんなの惚れるでしょ」
「でも、コッペリアは最後まで友達だって言って……」
しどろもどろなパーウォーに、アケルはこれ見よがしに大きなため息を吐き出した。
「パーウォーって他人の恋バナは大好きだけど、自分に向けられる好意には鈍感な質でしょ」
「し、失礼ね! この百戦錬磨のパーウォー様に――」
「いいよ、無理しなくて。どうせまだ初恋とか引きずってる感じでしょ? 百戦どころか一戦も危うい感じなんでしょ?」
容赦ないアケルの断定にパーウォーは言葉を詰まらせる。あながち間違いでもないため強く言い返せない。
「あ、ほんとに初恋まだ引きずってたんだ。冗談だったのに」
「もう引きずってないから! 結婚して子どもまで生んだ相手、さすがに吹っ切れてるから‼」
「へ~、パーウォーの初恋は実らなかったんだねぇ。ま、元気出しなよ」
「余計なお世話よ!」
「ま、それはおいといて」と再び木箱に腰を掛けると、アケルは横に逸れてしまった話を戻した。
「コッペリアはパーウォーが好きだった。でも、その想いは叶わない。魂だって消えちゃうかもしれない。だからさ、最後にちょっとだけ意地悪したんじゃないかな」
「それがあの『またね』なの?」
アケルはうなずくとパーウォーを見上げた。
「もう少しだけ、パーウォーの気持ちを自分だけに向けてて欲しかったんじゃないかな。ま、これも私の勝手な想像で、コッペリアの本当の気持ちはわかんないんだけどね」
「さよなら」ではなく「またね」。
確かにあのとき「さよなら」と別れを告げられていたら、パーウォーは今、こんなにも悩んではいなかっただろう。アケルを見かけたとして過去の思い出と感傷に浸ることはあっても、ここまで躍起にはならなかっただろう。
アケルの言った「縛りたかった」という言葉がパーウォーの中にすとんと落ちた。
「でもコッペリアもまさか、こんなに引きずられるとは思ってなかっただろうねぇ」
「仕方ないでしょ。石人の半身への執着には敵わないけど、人魚も情が深い生き物なのよ」
「で、どうするの? やっぱりコッペリアの生まれ変わりを探すの?」
木箱に座り足をぶらつかながらアケルが問う。
「……探したい」
「ふーん。もしかして意識しちゃった?」
面白くなさそうな顔で口をとがらせるアケル。急に不機嫌になった彼女にパーウォーは不思議そうな顔を向ける。
「意識って、恋愛対象としてコッペリアをってこと? だったら答えは『いいえ』よ。あの子はワタシの中ではやっぱり友達だもの。好意を向けられていたとしたら光栄だけど、ワタシからはそんな風に見たことなかったから」
「そっか」
明らかにほっとした様子を見せたアケルに今度はパーウォーが逆襲する。
「あらあらあら、そーんなあからさまにほっとしちゃって。なによアンタ、もしかしてワタシのこと好きなの?」
「そうだけど」
からかう気満々だったパーウォーに返ってきたのは、不機嫌の色をまとってはいるものの肯定の返事だった。
出会って二日、まだわずかしか時間を共にしていない。お互いのことなどほぼ何も知らない状態だというのに、まさかそんな返事が返ってくるなどパーウォーは微塵も想像していなかった。
「え……あ! もしかしてワタシ、アケルの半身とか?」
アケルは石人。相手が半身ならば時間など必要としない。しかしアケルは無言で首を振り、否定の意を伝えてきた。
「違う。ていうか、まだわかんない。今のとこ、今までと違った何か特別なものをパーウォーに感じるとかはないよ。ただ半身を感じ取る力は個人差大きいから、まだ気づいてないだけかもだし、本当に半身じゃないのかもだし」
アケルは木箱から下りるとパーウォーの前までやってきて、赤く色づいた顔でパーウォーを見上げた。
「話してて楽しいなって思った。一緒にいるとウキウキする。あと、情けないところはかわいいなって思った」
「あ、ありがとう」
ちょっとからかってやろう。そう思って軽口をたたいたはずだというのに、パーウォーは自分の胸くらいまでしかないアケルに逆に攻められることとなっていた。
「コッペリアのこと聞いて、その約束のこと聞いて、ずるいって思った。その呪縛、私が断ち切りたいって思った」
ためらいなく自分の気持ちを言葉にするアケル。家族以外には誰に対しても一定の線を引いて道化を演じていたパーウォーには、そんな彼女の姿はまぶしすぎた。かつて好きだった人魚姫、恋した相手のために声を捨てた石人、大切な相手のために故郷を捨てようとした少年……そんな大切な人たちと目の前のアケルが重なる。
「私がコッペリアの生まれ変わりでも、そうじゃなくても。パーウォーには絶対に、今ここにいる私を見てもらうから」
アケルからの宣戦布告、それはパーウォーに驚きと戸惑い、そして喜びをもたらした。
「言ったわね。じゃあ、お手並み拝見といきましょうか」
「言ったよ。気持ちは言葉にしないとちゃんと伝わらないからね。これからはもっともっと私を意識するといいよ。楽しみにしてて、メロメロにするから」
「アケルにメロメロ……あんまり想像できないけど、期待してるわ」
「なにおう! 絶対メロメロにしてやる~。そんで衣食住全部お世話してもらって、死ぬまでぐーたら生きてやる~」
「アンタ、その目標はちょっとどうかと思うわよ」
閉ざされた世界がふたりの笑い声で満ちた。ひとしきり笑うと、ふたりはお約束の言葉を交わす。
「またね、パーウォー」
「またね、アケル」
次を約束する言葉。パーウォーを縛っていた希望と後悔の言葉。けれど今夜の「またね」は、パーウォーに苦さも悲しさも思い出させなかった。
「ねえ、パーウォー。そのコッペリアって人のこと、聞かせてよ」
「いいけど……いいの?」
「いいに決まってる。私が聞かせてって言ったんだよ。逆になんでパーウォーが確認するのさ」
明るく笑い飛ばされてしまい拍子抜けしたパーウォーは、ぽつりぽつりとコッペリアとのことを語り始めた。自動人形、疑似魂、彼女の願い、そして最期の約束。
すべて聞き終えたアケルは、ふうとちいさく息を吐き出した。
「またね、か。『さよなら』じゃなくて『またね』って言ったの、ちょっとわかるかも」
夜空を見上げ、アケルはふふっと笑いをこぼす。
「たぶんね~……あ、でもあくまで私の想像だから話半分に聞いてね」
「了解。で、アケルの見解は?」
アケルはパーウォーを見上げ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「コッペリアはさ、パーウォーを縛りたかったんじゃないかな」
「ワタシを縛る?」
「そ。だってさ、『さよなら』じゃ思い出になっちゃって終わりでしょ。でも『またね』だったらさ、終わらないじゃん」
アケルの言葉の真意が読み取れず、パーウォーは困惑を浮かべ眉間にしわを寄せる。
「コッペリアはさ、パーウォーに恋をしていたんじゃないかな」
ぽかん、と。かけらも想像もしていなかった言葉に、パーウォーの頭と心は処理が追い付かず固まっていた。
「そんな意外? だってさ、考えてもみなよ。囚われすべてを諦めていたお姫様のもとに、化粧とか服はちょっとアレだけど、かっこいい魔法使いのお兄さんが現れたんだよ。しかも優しくしてくれて毎日通ってくれるなんて。そんなの惚れるでしょ」
「でも、コッペリアは最後まで友達だって言って……」
しどろもどろなパーウォーに、アケルはこれ見よがしに大きなため息を吐き出した。
「パーウォーって他人の恋バナは大好きだけど、自分に向けられる好意には鈍感な質でしょ」
「し、失礼ね! この百戦錬磨のパーウォー様に――」
「いいよ、無理しなくて。どうせまだ初恋とか引きずってる感じでしょ? 百戦どころか一戦も危うい感じなんでしょ?」
容赦ないアケルの断定にパーウォーは言葉を詰まらせる。あながち間違いでもないため強く言い返せない。
「あ、ほんとに初恋まだ引きずってたんだ。冗談だったのに」
「もう引きずってないから! 結婚して子どもまで生んだ相手、さすがに吹っ切れてるから‼」
「へ~、パーウォーの初恋は実らなかったんだねぇ。ま、元気出しなよ」
「余計なお世話よ!」
「ま、それはおいといて」と再び木箱に腰を掛けると、アケルは横に逸れてしまった話を戻した。
「コッペリアはパーウォーが好きだった。でも、その想いは叶わない。魂だって消えちゃうかもしれない。だからさ、最後にちょっとだけ意地悪したんじゃないかな」
「それがあの『またね』なの?」
アケルはうなずくとパーウォーを見上げた。
「もう少しだけ、パーウォーの気持ちを自分だけに向けてて欲しかったんじゃないかな。ま、これも私の勝手な想像で、コッペリアの本当の気持ちはわかんないんだけどね」
「さよなら」ではなく「またね」。
確かにあのとき「さよなら」と別れを告げられていたら、パーウォーは今、こんなにも悩んではいなかっただろう。アケルを見かけたとして過去の思い出と感傷に浸ることはあっても、ここまで躍起にはならなかっただろう。
アケルの言った「縛りたかった」という言葉がパーウォーの中にすとんと落ちた。
「でもコッペリアもまさか、こんなに引きずられるとは思ってなかっただろうねぇ」
「仕方ないでしょ。石人の半身への執着には敵わないけど、人魚も情が深い生き物なのよ」
「で、どうするの? やっぱりコッペリアの生まれ変わりを探すの?」
木箱に座り足をぶらつかながらアケルが問う。
「……探したい」
「ふーん。もしかして意識しちゃった?」
面白くなさそうな顔で口をとがらせるアケル。急に不機嫌になった彼女にパーウォーは不思議そうな顔を向ける。
「意識って、恋愛対象としてコッペリアをってこと? だったら答えは『いいえ』よ。あの子はワタシの中ではやっぱり友達だもの。好意を向けられていたとしたら光栄だけど、ワタシからはそんな風に見たことなかったから」
「そっか」
明らかにほっとした様子を見せたアケルに今度はパーウォーが逆襲する。
「あらあらあら、そーんなあからさまにほっとしちゃって。なによアンタ、もしかしてワタシのこと好きなの?」
「そうだけど」
からかう気満々だったパーウォーに返ってきたのは、不機嫌の色をまとってはいるものの肯定の返事だった。
出会って二日、まだわずかしか時間を共にしていない。お互いのことなどほぼ何も知らない状態だというのに、まさかそんな返事が返ってくるなどパーウォーは微塵も想像していなかった。
「え……あ! もしかしてワタシ、アケルの半身とか?」
アケルは石人。相手が半身ならば時間など必要としない。しかしアケルは無言で首を振り、否定の意を伝えてきた。
「違う。ていうか、まだわかんない。今のとこ、今までと違った何か特別なものをパーウォーに感じるとかはないよ。ただ半身を感じ取る力は個人差大きいから、まだ気づいてないだけかもだし、本当に半身じゃないのかもだし」
アケルは木箱から下りるとパーウォーの前までやってきて、赤く色づいた顔でパーウォーを見上げた。
「話してて楽しいなって思った。一緒にいるとウキウキする。あと、情けないところはかわいいなって思った」
「あ、ありがとう」
ちょっとからかってやろう。そう思って軽口をたたいたはずだというのに、パーウォーは自分の胸くらいまでしかないアケルに逆に攻められることとなっていた。
「コッペリアのこと聞いて、その約束のこと聞いて、ずるいって思った。その呪縛、私が断ち切りたいって思った」
ためらいなく自分の気持ちを言葉にするアケル。家族以外には誰に対しても一定の線を引いて道化を演じていたパーウォーには、そんな彼女の姿はまぶしすぎた。かつて好きだった人魚姫、恋した相手のために声を捨てた石人、大切な相手のために故郷を捨てようとした少年……そんな大切な人たちと目の前のアケルが重なる。
「私がコッペリアの生まれ変わりでも、そうじゃなくても。パーウォーには絶対に、今ここにいる私を見てもらうから」
アケルからの宣戦布告、それはパーウォーに驚きと戸惑い、そして喜びをもたらした。
「言ったわね。じゃあ、お手並み拝見といきましょうか」
「言ったよ。気持ちは言葉にしないとちゃんと伝わらないからね。これからはもっともっと私を意識するといいよ。楽しみにしてて、メロメロにするから」
「アケルにメロメロ……あんまり想像できないけど、期待してるわ」
「なにおう! 絶対メロメロにしてやる~。そんで衣食住全部お世話してもらって、死ぬまでぐーたら生きてやる~」
「アンタ、その目標はちょっとどうかと思うわよ」
閉ざされた世界がふたりの笑い声で満ちた。ひとしきり笑うと、ふたりはお約束の言葉を交わす。
「またね、パーウォー」
「またね、アケル」
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