貴石奇譚

貴様二太郎

文字の大きさ
上 下
174 / 181
外伝3 琅玕翡翠 ~ジェダイト~

13.重ねて、探して、比べて

しおりを挟む
「ねえ、アケル。アナタ、本当に願いはないの? 自由になって、もっといろんなクラゲを見てみたいとか」
「ん~、いろんなクラゲかぁ。それも楽しそうだけど、今は綱渡りの方が楽しいかな」

 何度聞いても、アケルから返ってくるのは現状に満足しているという答え。願いがありそうな気配はあるのだが、それは霧がかかったような状態でパーウォーには読み取ることができなかった。
 願いを引き出せない現状、パーウォーの世話を焼きたいという欲求だけが置いてけぼりになっていた。

「じゃあ、何か思いついたら、そのときは絶対にワタシを呼んでね」

 パーウォーはアケルの手に小さな孔雀石マラカイトを置く。

「魔法使いも営業とかするんだね。りょーかい。なんか思いついたら、そのときはパーウォーを呼ぶよ」
「絶対よ。いい? 間違っても全身真っ赤な慇懃無礼変態魔法使いとか、全身真っ白な失礼変態魔法使いとか、そういうのの誘いは受けちゃダメよ」
「へ~、魔法使いって変態ばっかなんだね。ちなみにパーウォーはなんて変態?」
「ワタシは変態じゃないから! アンタはワタシをなんだと思ってんのよ」

 心外だと頬を膨らませるパーウォーを見てけらけらと笑うアケル。星空の下、ふたりのお喋りは続く。

「それにしても、これだけお喋りしてるのに誰も来ないね。みんな寝ちゃってるのかな?」
「違う違う、ワタシが人払いの術使ったのよ。だって、ワタシ不法侵入者よ。昼間のこともあるし、見つかったら確実に怒られるじゃない」
「あー、そうだった! パーウォーってばいけないんだ~」
「気づかれなきゃいいのよ」

 堂々と言い切った不法侵入魔法使いの言葉で、アケルは「なるほど」と納得してしまった。

「さて、本日の営業活動はそろそろ終了かしらね。じゃ、ほんとに何かあったら呼んでね」
「はいはーい。じゃ、おやすみ~。またね、パーウォー」
「……ええ。またね、アケル」

 天幕に戻っていくアケルの後ろ姿を見送ると、パーウォーは紅梅色の扉を出してアルブスの方の家へ戻った。
 そして翌日、パーウォーはまたもや曲芸団に来ていた。昨日のやらかしがあるので今日のパーウォーは化粧をせず、なおかつ男物の服で髪も後ろで三つ編みひとつにまとめた、普段よりだいぶ地味な格好で。

 ――アケル、今日も本当に楽しそう。

 パーウォーの視線の先には、綱の上で跳んだり跳ねたりと生き生き動き回るアケルがいた。そんな彼女の願いは変わらず霧に閉ざされていて、パーウォーは改めて落胆する。

 ――わかってる、魔法使いへの願いなんてない方がいいってことくらい。それなのに、あの子が願いを自覚することを望んでるなんて。

 アケルにコッペリアを重ねている。それはパーウォーも自身で理解していた。アケルを救って、コッペリアを救った気分になりたくて彼女につきまとっている、それも理解していた。そしてそんな行為が褒められたことではないことも、十分すぎるほど理解していた。

 ――ワタシ、どうしたらいい?

 アケルがコッペリアの生まれ変わりだったのなら、パーウォーはなんとしても今度こそ彼女の願いを叶えたいと思っていた。それが偽善だとか欺瞞ぎまんだとか言われようとも。
 けれど、アケルがただの他人の空似だったのなら? そして、もし別にコッペリアの生まれ変わりが現れて、アケルに害を為すような願いを抱えていたとしたら?

 ――ワタシは、どうするんだろう。

 コッペリアの転生が確定しているわけでもないのに、パーウォーはぐるぐるぐずぐずと不毛な思考の袋小路で動けなくなっていた。
 そしてその日の夜も、パーウォーはアケルを訪ねた。

「こんばんは、アケル」
「こんばんは、パーウォー」

 昼間の考え事が尾を引いて、パーウォーの口は重くなっていた。

「何かあった? 今夜のパーウォー、なんか変だよ。服も普通だし、お化粧もしてないし」
「ほら、昨日騒ぎ起こしちゃったじゃない。だから変装してみたんだけど」
「普通の男の人のかっこすると変装になるってすごいね」

 アケルの素直な感想にパーウォーは苦笑いを浮かべる。

「で、ほんとは何があったの? なんでそんなに落ち込んでるの?」
「……アケルって抜けてるようで意外と鋭いのね。というか、考えるより感覚重視ってとこかしら」
「抜けてるとか失礼な。ほらほら、聡明で美人なアケルさんに相談してみたまえ」

 無駄に自信満々で聞く気満々のアケルに、パーウォーは思わず笑みをこぼしてしまった。

「じゃあ……アケル、生まれ変わりってどう思う?」
「生まれ変わり? あー、死んだあと輪廻の環に戻って、全部まっさらになってから新しい命としてまた生まれるってやつだよね。うーん……」

 アケルは昨日の木箱に座って、腕組みをして首をひねる。そうやってしばらく考え込んだあと、顔を上げるとパーウォーを見て一言。

「わかんない」

 きっぱりと言い切った。

「ちょっと、聡明なアケルさんはどこいったのよ」
「聡明で美人ね。ていうか、どう思うなんて漠然と聞かれても。でもまあ、そうだなぁ……うん、前世まえがあっても来世つぎがあっても、今の私がいなくなっちゃうならどうでもいいとしか」

 それは、パーウォーの答えと同じだった。だが、パーウォーが本当に聞きたいのはここからで。

「じゃあ、例えばなんだけど……約束を守れないまま失ってしまった大切な人の生まれ変わりを見つけたら、アナタならどうする?」

 アケルは再び首をひねり考え込む。そしてしばらくすると顔を上げ、パーウォーをまっすぐ見上げた。

「何もしない、と思う。だってその人、全部忘れちゃってるんでしょ? なら、たぶん私は何もしない。その人はもう新しい人生を生きてるんだよ。そこへ一方的に過去を押し付けたら、その人困るんじゃないかな」

 アケルの答えにパーウォーは何も言い返せなかった。それは自身でも重々承知していたことだったから。

「それに、私だったらちょっと悲しいかな。今生いまの私はここにいるのに、前世まえの私のことばっかり言われたら」
「そう、よね。ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」

 アケルから直接言われ、パーウォーは改めて自身の身勝手さを思い知る。アケルにコッペリアを投影する、それが彼女に対してどれだけ失礼で残酷なことなのか。

「でもさ、相手は忘れちゃってるのに、自分だけ知ってる思い出があるってのも苦しいよね。そんなの、重ねずにはいられないもん。私だって、きっと重ねちゃう。重ねて、探して、比べて、そんな自分に嫌になって……」
「それでも、気になって気になって仕方なくて。違うところを見つけるたびにがっかりして、そんな自分にがっかりして」

 星空を見上げ、ふたりは同時につぶやいた。

「どうにもならないねぇ」
「どうにもならないわね」

 しばし、静寂がふたりを包む。

「パーウォー。その大切な人って、恋人だったの?」

 先に沈黙を破ったのはアケルだった。

「違うわ。友達だったの」
「そっか」

 ふたりの間に再び沈黙が落ちる。

「……私、なの?」

 ぽつりとこぼされたアケルの確認に、パーウォーはすぐに答えを返すことができなかった。けれど沈黙は肯定と受け取られ、アケルは「そっかぁ」と少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。

「パーウォーは私を通して、その人を見てるんだね」
「ごめんなさい。アケルはアケルだってわかってる。わかってるつもりなの、でも……」

 アケルにコッペリアを重ねてしまう。アケルにコッペリアを探してしまう。アケルとコッペリアを比べてしまう。よくないことだと頭ではわかっていても、パーウォーの心はそれを止められなかった。

「そもそも、アケルがコッペリアの生まれ変わりかどうかもわかってないのに、ワタシは自分の勝手な願望だけでアナタにあの子を重ねてるの」

 パーウォーの告白にアケルは目を瞬かせた。

「私、そんなにそのコッペリア? って子に似てるの? 生まれ変わりかどうかわかんないのに重ねちゃうくらいに」
「ええ。見た目だけは」
「見た目だけなんだ。あ~、そういえば中身はもうひとりの脳みそクラゲの人に似てるって言ってたね」
「ええ」
「そこは力強くうなずかないでよ!」

 天然なのか考えてのことなのか。どちらにしろ、重くなってしまった雰囲気を変えようとしてくれているアケルの気遣いがパーウォーは嬉しかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【コミカライズ決定】契約結婚初夜に「一度しか言わないからよく聞け」と言ってきた旦那様にその後溺愛されています

氷雨そら
恋愛
義母と義妹から虐げられていたアリアーナは、平民の資産家と結婚することになる。 それは、絵に描いたような契約結婚だった。 しかし、契約書に記された内容は……。 ヒロインが成り上がりヒーローに溺愛される、契約結婚から始まる物語。 小説家になろう日間総合表紙入りの短編からの長編化作品です。 短編読了済みの方もぜひお楽しみください! もちろんハッピーエンドはお約束です♪ 小説家になろうでも投稿中です。 完結しました!! 応援ありがとうございます✨️

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

【完結】わたしの欲しい言葉

彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。 双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。 はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。 わたしは・・・。 数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。 *ドロッとしています。 念のためティッシュをご用意ください。

処理中です...