貴石奇譚

貴様二太郎

文字の大きさ
上 下
164 / 181
外伝3 琅玕翡翠 ~ジェダイト~

 3.傀儡の魔法使い

しおりを挟む
「あの人造人間ホムンクルスちゃん、まるで宝を守る番人みたいだったわね。侵入者は問答無用で排除って感じで」
「宝、ですか? 王のいらっしゃるみやこならともかく、こんな小さな里にそんなすごいものがあるんでしょうか」

 ミドリの疑問にパーウォーの脳裏をよぎったのは、もうひとつの不思議な気配のことだった。

「たとえよ、たとえ。本当にそんなお宝があるかなんてわかんないけど……ただ、人造人間ホムンクルスちゃん以外にあともうひとつ、何かの気配がするのよ」
「何かってなんですか?」
「結界の中にいるからよくわかんないんだけど……生ける死体リビングデッドっぽいような、機械人形ゴーレムっぽいような」
「さっきの人造人間ホムンクルスさんみたいな人でしょうか?」
「わかんない。たしかにあの子にも似てるんだけど、でも違うっぽいっていうか」

 里は滅んでいて、目的の物はもう手に入らない。これ以上ここにいてもどうにもならないというのに、なぜかパーウォーは帰る気になれなかった。さきほど感じた不思議な気配、それがパーウォーの心をとらえて離してくれない。

「あー、もう! なんかモヤモヤする‼」

 大きな声に驚くミドリを尻目に、パーウォーは紅梅色チェリーピンクの扉を出すと把手ノブに手をかけた。

「やっぱりダメか」

 三年前のあの日と変わらず、扉は固く閉ざされたままだった。

 ――あのときの魔法使いやワケわかんないヤツはもういないみたいだから、もしかしたらいけるかなって思ったんだけど。

「そりゃそうだよ。そんな簡単に侵入されちゃ、結界の意味なんてないでしょ」

 パーウォーが振り向くと、そこにはいつ現れたのか長身の男が立っていた。
 あごまでの白い髪は前髪だけ括られ後ろへ流されており、形の良い額の下、灰色の目は糸のように細められ笑みの形を作っていた。腰袋からは彫刻刀やらの道具がのぞいている。
 外見だけならば義理の息子マレフィキウムと似た雰囲気を持っている目の前の男に、けれどパーウォーが抱いたのはかすかな恐怖。

「あら、どちら様?」

 パーウォーの背を冷たい汗が流れる。

「またまたぁ。ホントはわかってんでしょ、ヒヨッコ魔法使い……くん? ちゃん?」

 パーウォーの服と化粧を見て首をかしげた白い男だったが、すぐに「くん、だよなぁ。ま、どっちでもいっか」とへらっと笑った。

「そんなに警戒しないでよ。仲良くしよ、ヒヨッコくん。僕、面白いもの好きなんだ」
「面白いとは心外だわ。ワタシ、なんの面白みもないただの一般人だもの」
「またまたぁ」

 白い男はひとしきり笑うと、すっと姿勢を正した。

「僕はネウロパストゥム。傀儡くぐつの魔法使いだよ。よろしくね、ヒヨッコくん」
「ヒヨッコくんはやめて。ワタシはパーウォー。海の魔法使いよ、センパイ」
「ヒヨッコくんはダメかぁ。りょーかい、ヒヨッコちゃん」
「そうじゃない!」

 ネウロパストゥムはケラケラ笑うと、「気に入ったよ、ヒヨッコちゃん」とパーウォーの肩を軽く叩いた。

「で、なんで僕のおもちゃ箱を開けようとしたの? しかも、二回目だよね」
「単純に好奇心よ。隠されたら暴きたくなるのが人情ってもんでしょ」
「あは、わかるわかる。僕も気になっちゃうたち~」
「で、なんなのよ。あんな物騒な番人までおいちゃって、危うく殺されるとこだったじゃない」

 腕を組み眉間にしわを寄せるパーウォーに、ネウロパストゥムは「気になっちゃう? 見たい?」と嬉しそうに寄ってきた。

「……正直、気になる」

 ネウロパストゥムはパーウォーの答えに、満面の笑みで錆びた鉄の扉と屈強な機械人形ゴーレムの使い魔を出した。

「一名様、ごあんな~い」
「ちょっ、待っ――」
「パーウォーさま~!」

 ミドリの悲痛な声を背に、パーウォーは何の覚悟も決められないまま、機械人形ゴーレムによってひとり強制的に鉄の扉の向こうの真っ暗闇へと押し出されてしまった。
 直後、背後で鉄の扉が閉まり、消える。パーウォーは慌てて自分の扉を出そうとしてみたものの、ここは古い魔法使いの結界の中。当然のことながらパーウォーの扉は出すことができなかった。

「やだ、ほんと真っ暗じゃない。出れないし、見えないし。せめて灯りとかないのかしら。さすがのワタシでも薄っすらとしか見えないんだけど」

 光の少ない海の底で暮らす人魚たちは、人間とは比べ物にならないほど夜目が利く。貴石の瞳で闇を見通す石人たちとまではいかなくとも、それなりに暗闇でも物を見ることはできる。
 けれど、そんなパーウォーの視力をもってしても、放り込まれたここは闇が濃かった。どうやら小さな部屋で、目の前に何かが置いてあるというくらいしかわからない。

「灯りならあるよ」

 目の前、暗黒色あんこくしょくの闇の中から聞こえてきたのは鈴を転がしたような少女の声。少ししてシュッっという燐寸マッチをする音と共に火薬の匂いが漂い、生まれた小さな炎が角灯ランプへと移された。

「アナタ、さっきの……?」

 角灯に照らされ現れたのは、パーウォーたちを襲ってきた人造人間ホムンクルスと瓜二つの少女だった。彼女は椅子に座ったまま無表情で首をかしげる。

「さっきのって、もしかしてオリンピア? だったら答えは否」

 椅子に座ったまま動かない少女は、よくよく見れば先ほどの人造人間ホムンクルスの少女とは違っていた。濡羽色の髪と顔の造作は同じだが、椅子に座った少女は赤の着物に金の瞳、右目が翠の貴石の瞳だった。

「私は招福しょうふく人形コッペリア。外の惹禍じゃっか人形オリンピアと私は、対として作られた双子人形」
「人形? でも、外のあの子は人造人間ホムンクルスだったわよ」

 怪訝な顔をしたパーウォーに、コッペリアは静かにうなずいた。

「うん。オリンピアは人造人間ホムンクルスを素体にして作られた人形だよ」
「アナタは……人造人間ホムンクルス、ではないわよね?」

 パーウォーの問いに、コッペリアはまたしても静かにうなずいた。

「うん。私はオリンピアと違って、生身の部分はないよ。私は石人の守護石を核に、人形の体に疑似魂を入れられた自動人形オートマタだもん」

 コッペリアの言葉で、パーウォーはようやく不思議な気配の正体に納得した。人形の体に疑似魂、それは死体に疑似魂を入れて作る生ける死体リビングデッドとひどく似ていたから。

「僕のおもちゃ、面白いでしょ」

 唐突に現れた鉄の扉から出てきたのはネウロパストゥム。彼はとっておきのおもちゃを自慢する子供のように、邪気のない顔でにこにこと笑っていた。

「このコッペリアはね、福を呼ぶ人形なんだ。使った守護石は琅玕翡翠ろうかんひすい、加護は『繁栄』。効果はね~、この国にいる妖怪で座敷童って知ってる? それとおんなじ。コイツが家にいると金持ちになれるってやつ」
「いかにも欲深いヤツが好きそうな加護ね」

 嫌そうな顔をしたパーウォーに、ネウロパストゥムは「そうだね~」と笑った。

「でもでも、座敷童は好きなときに自分の足で出て行っちゃうんだよね。僕に依頼をした人間が、それはヤダって言うからさ……」

 にこにこと。悪気など一切ない、子どものような無邪気な笑顔のネウロパストゥム。そんな晴れやかなネウロパストゥムとは反対に、コッペリアを見つめるパーウォーの顔は曇っていた。

「だからさ。コッペリアの足、取っちゃった」
「アンタ……!」

 パーウォーの見つめる先、コッペリアの着物に包まれた下半身――そこには、本来あるはずのふくらみがなかった。

「それにさ、こっちの方がきれいだと思うんだ」

 恍惚と語るネウロパストゥムの姿に、パーウォーの背中には本日何度目かわからない冷たい汗が流れ落ちる。

「あるべきはずの場所にない、あってはならない場所にある、きれいなものに醜いもの、醜いものにきれいなもの……そういう歪な状態ってさ、最高に興奮するでしょ?」

 とても同意できず、パーウォーはブンブンと勢いよく首を横に振っていた。

 ――ワタシ、なんでこんなとこに閉じ込められて、変態の性癖公表演説カミングアウトとか聞かされてるのかしら。

 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

都合のいい女は卒業です。

火野村志紀
恋愛
伯爵令嬢サラサは、王太子ライオットと婚約していた。 しかしライオットが神官の娘であるオフィーリアと恋に落ちたことで、事態は急転する。 治癒魔法の使い手で聖女と呼ばれるオフィーリアと、魔力を一切持たない『非保持者』のサラサ。 どちらが王家に必要とされているかは明白だった。 「すまない。オフィーリアに正妃の座を譲ってくれないだろうか」 だから、そう言われてもサラサは大人しく引き下がることにした。 しかし「君は側妃にでもなればいい」と言われた瞬間、何かがプツンと切れる音がした。 この男には今まで散々苦労をかけられてきたし、屈辱も味わってきた。 それでも必死に尽くしてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。 だからサラサは満面の笑みを浮かべながら、はっきりと告げた。 「ご遠慮しますわ、ライオット殿下」

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

還暦彼氏

ハル
恋愛
茜の家は祖父と両親と弟の三世代、五人が同居の家庭。 茜の心配は、祖父の再婚?、それも勝手にそう思っているだけで、そんな噂も、話も誰からも出ていない。 そんなある日、家に来た同級生が、祖父に一目惚れ、あり得ない歳の差カップルは… R指定描画が含まれる場合は、タイトルにの後ろに*を付けるようにしています。

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

処理中です...