貴石奇譚

貴様二太郎

文字の大きさ
上 下
157 / 181
外伝2 赤色金剛石の章 ~レッドダイアモンド~

永遠の生命6

しおりを挟む
 
「だから、私は半身を見つけたい。でなければ、私は普通の死を迎えることができないから。この過保護すぎる守護石がある限り」

 ムサイエフの告白に来紅ライホンは本当に何も言えなくなってしまった。
 なりゆきで仙人になった来紅は、ただ助けてくれた白沢はくたくに恩返しがしたくて彼に仕えているだけ。大華をよりよくするために働くだとか、真理の探究だとか、そのような高尚な目的は一切持っていなかった。ただもう二度と飢えたくなくて、そして白沢に恩を返したくて、身を粉にして働いていただけ。

「もしわたしが、サイの半身だったとシタら……」

 来紅の頭をよぎったのは、ほぼ不老不死である今の自分のこと。そしてもし来紅が彼の半身であった場合、ムサイエフは目的を達せなくなってしまうということ。

「やはり死ねないね。でも半身とずっと一緒にいられるなら、それはそれでいいかなとも思っている」
「サイ、やはりわたし以外を探すべきだ!」
「残念だけど、来紅じゃなくても結果は同じだよ。私の半身はどうやら天仙らしいから」
「それじゃあ、サイは……」

 来紅はまたもや言葉に詰まってしまった。

「来紅がそんなに気に病むことはないよ。半身と一緒にいられるのなら、石人にとっては苦しいのも痛いのも我慢のし甲斐があるってもの。それにこう見えて私は強いんだ。だからそうそう怪我なんてしないから大丈夫。まあ、病気はどうにもならないかもしれないけど」

 おどけて笑うムサイエフに来紅の胸がぎりぎりと締め付けられる。まだ会って間もないほぼ他人だというのに、来紅はすでにムサイエフのことを切り捨てることができなくなっていた。できることならば助けたいとも思っていた。
 まだ死にたくなくて不老不死を受け入れた来紅とは反対に、いくら死にたくともそれを許されないムサイエフ。もともと仙人になりたいという確たる理由も目的もなかった来紅は今、仙人になったことを初めて後悔していた。

わたしが、人のままだったのなら……」
「私と来紅は出会えていなかったね。だから、生きのびてくれてありがとう」
「でも! そのせいで、アナタは」

 泣きそうな顔で声を荒げた来紅に、ムサイエフの貫かれた胸がじんわりと温かくなる。

「来紅が、私の半身だったらいいのになぁ」

 まだ自分の感覚に確信が持てないムサイエフは、希望を込めて今の正直な想いと願いを夜空に放った。


 ※ ※ ※ ※


 翌朝。ムサイエフと来紅はパーウォーに世話になった礼をしてからマラカイトを出た。

「ねーねー、これからどうするの?」

 目的なく町を歩くムサイエフの頭の上でトゥリパが首をかしげる。

「今できるコトとなると、職業柄、賢者の石に詳しそうな錬金術師や魔術師を探し出して情報を集めるくらいカ」
「もしくは、パーウォー以外の魔法使いを探し出すか」
「魔法使いは世界にも数えるほどしかイナイのだろう? もしかして当てがアルのか!?」
「ない。ないけど、それしかないよね」

 ――アナタにはある? 誰かの大切な人を殺してでも手に入れる、その覚悟が。

 パーウォーの言葉が来紅の頭の中で再生される。「誰かの大切な人を殺してでも」、その言葉が。

わたしは今、正直迷ってイル。主の願いは叶えたい。けれど、誰かの命を奪い取ってマデ叶えたいとは、到底思えナイ」
「あたしもヤダ! ムサイエフにもライホンにも、そんなことしてほしくない!!」

 手詰まり。三人の間を沈黙が支配する。

「じゃあさ」

 沈黙を破ったのは、いたずらっぽい笑みを浮かべたムサイエフだった。

「いっそこのまま、私と賢者の石を探すための期限なしの旅とか、どう?」

 言われた来紅は一瞬だけぽかんとムサイエフを見上げたあと、ふきだすと笑い始めた。

「アハハ、それはイイな。サイやトゥリパと一緒なら、きっと楽しい旅にナル」
「みんなでさ、世界中色々な場所を見に行こうよ。きっと来紅の好きなおいしいものもたくさんあるよ」
「あたし、鬱金香チューリップがたくさん咲いてる場所に行きたい! 他の国の仲間にも会ってみたーい」

 人気のない砂浜で花緑青色エメラルドグリーンの海を眺めながら、三人はそれぞれ希望を語る。行きたい場所、やってみたいこと、食べてみたいもの――どうにもならない問題をかりそめの希望で塗りつぶしながら。

「……サイ。気づいてイルか?」

 来紅は楽しげな表情を変えないまま、ムサイエフに異変が起きていることを目で訴えた。

「囲まれているね」

 ムサイエフも笑みを崩さないまま来紅にうなずく。トゥリパは確認のためにムサイエフの頭から飛び立つと、すこし離れた岩陰へと消えた。すぐに帰ってきた彼女が持ってきたのは、「人間が五人。精霊が見える人はいないよ」という情報だった。

「ここはわたしに任せてくれ」

 来紅は立ち上がると服についた砂を払い、深呼吸をひとつすると――

「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」

 目にも止まらぬ動きで一息に岩陰へと飛び込んだ。直後、聞こえてきたのは蛙が潰れたような複数の声。

「おお、これはまた見事な」
『ライホン、すっごーい!』

 追いついたムサイエフたちの目に飛び込んできたのは、塵旋風つむじかぜの如く男たちを蹴散らす来紅の勇姿。小柄な少女はあざやかな体術で自分よりも大きな男たちを軽々と吹き飛ばしていた。

「ちっ、護衛付きか。テメェら、いったん退くぞ!!」

 まとめ役らしき男から撤退の指示が飛ぶ。すると倒れていた男たちは素早く立ち上がり、捨て台詞もなくあっという間にその場から消えてしまった。

「手馴れているなぁ」
「アイツら、もしかして」
「来紅のことを護衛って言ってたし、私を狙っていたんだろうね」
「……石人狩り」

 来紅のつぶやきに、ムサイエフは髪と眼帯で隠された右目を押さえて苦笑いを返した。
 石人狩り――石人の守護石を狙うならず者たち。
 たとえ手に入ったとしても呪いの瞳になってしまうというのに、それ以上の利益を生み出すことから石人の守護石は一部の人間たちに大人気だった。けれど極夜国が鎖国してからというもの、ただでさえ多くなかった外の世界の石人の数は激減してしまっていて。だというのに、いまだ石人狩りを専門の生業にしている人間は一定数存在していた。
 特にここアルブスには、アワリティア商会という彼らにとって大得意様がいるのも大きい。

「私たちの守護石は、人間にはよほど魅力的らしい。おかげで極夜国ノクスは鎖国せざるを得なくなってしまったし、まったく困ったものだよ」
「サイはちゃんと隠していたのに、なんとも目敏めざといヤツラだな」
「本当にね。さて、これからどうしようか。この町でもう少し情報を集めるか、別の町や国に行くか……どちらにしろ、今日は宿を取った方がいいだろうね」
「あたし、他の精霊に賢者の石のこととか聞いてみるね」

 トゥリパは言うが早いか、ムサイエフの頭から飛び立ってしまった。続いて町へと歩き出したムサイエフの後を来紅が慌てて追う。

「アイツら、また来るだろうか」
「どうかな? まあ、来たら来たで今度は私が返り討ちにするよ」
「サイは戦えるのか?」
「こう見えても魔術師なんでね。かつて王都を焼き払った狂炎の魔術師なんかよりも火力だけなら私の方が断然上だよ」
「ちなみにダガ、精度の方は?」

 無言で微笑むだけのムサイエフに来紅は、自分が一緒にいる間だけでも彼には絶対に戦わせないようにしようと心の中で誓った。
 

 ※ ※ ※ ※


 人も町も寝静まった深夜。
 月明かりが照らす荒野の街道を来紅はひとりで歩いていた。

 ――すまない、サイ。わたしはこれ以上、アナタと一緒にはいられナイ。

 なるべく少しでも町から離れようと、来紅はめいっぱいの歩幅で進んでいた。ムサイエフが気づくまで、その間に少しでも彼との距離を稼ぐために。

 ――アナタと居たら、わたしはイツカ必ず禁を犯してしまう。

 出会ってまだ間もないというのに、ムサイエフは来紅の心の中にするりと入り込んできてしまっていた。来紅を見た目で子ども扱いせず対等に接し、なおかつ半身かもしれないと隙あらば口説こうとする。十三で昇仙して初恋もまだだった来紅。しかも職場は恋愛禁止。そんな環境で仕事を覚えることに必死だった来紅には、ムサイエフをかわす技術などあるわけなく。
 元来素直な心根だったこともあり、今や来紅はムサイエフを意識せずにはいられなくなっていた。

 ――マダ、今なら間に合う。コレは一時の気の迷い。ダカラ……

 立ち止まり、来紅は小さな拳を固く握りしめた。

「がっ!?」

 直後、来紅の後頭部を強い衝撃が襲った。視界が狭まり暗くなる。

「よぉ、昼間は世話になったな、嬢ちゃん。だが今アンタがひとりでこんなとこにいるってこたぁ、あの石妖精の護衛はクビにでもなったのか? それともアイツ、料金払えなくなったか?」

 来紅を見下ろしていたのは、昼間の石人狩りの男たちだった。

「コンナ雑魚に後れを取ると――」

 どうにか立て直そうとした来紅の腹に石人狩りの男のつま先がめり込んだ。せき込み嘔吐えずく来紅を他の男が手早く縛り上げる。しかもご丁寧に猿ぐつわまでかませて。

「ついでだ、嬢ちゃんも高く売ってやるよ。アンタみたいなちっと毛色の変わったのを欲しがる金持ちもいるんでな。ま、石妖精に比べりゃショボい稼ぎだが、俺たちの酒代にゃ十分だ」

 縛られ得意の体術は封じられ、道術を使おうにも口も封じられ。さらには術に必要な霊符の入っている荷物も取り上げられてしまい、今の来紅はただの無力な小娘と化していた。

 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

幼なじみのとばっちりに巻き込まれ、そんな彼女に婚約者を奪われるまでしつこくされ、家族にも見捨てられた私に何を求めているのでしょう?

珠宮さくら
恋愛
カミーユ・サヴィニーは、幼なじみに婚約者を奪われることになった。 実母はそんなことになった結果だけを見て物凄く怒っていた。そして、勘当でも、修道院にでも行かせようとして、恥を晒した娘なんて、家に置いておけないとばかりに彼女の両親はした。実の兄は我関せずのままだった。 そんなカミーユのことを遠縁が養子にしたいと言い出してくれたことで、実家との縁を切って隣国へと行くことになったのだが、色んなことがありすぎたカミーユは気持ちに疎くなりすぎていたからこそ、幸せを掴むことになるとは思いもしなかった。

たのしい わたしの おそうしき

syarin
恋愛
ふわふわのシフォンと綺羅綺羅のビジュー。 彩りあざやかな花をたくさん。 髪は人生で一番のふわふわにして、綺羅綺羅の小さな髪飾りを沢山付けるの。 きっと、仄昏い水底で、月光浴びて天の川の様に見えるのだわ。 辛い日々が報われたと思った私は、挙式の直後に幸せの絶頂から地獄へと叩き落とされる。 けれど、こんな幸せを知ってしまってから元の辛い日々には戻れない。 だから、私は幸せの内に死ぬことを選んだ。 沢山の花と光る硝子珠を周囲に散らし、自由を満喫して幸せなお葬式を自ら執り行いながら……。 ーーーーーーーーーーーー 物語が始まらなかった物語。 ざまぁもハッピーエンドも無いです。 唐突に書きたくなって(*ノ▽ノ*) こーゆー話が山程あって、その内の幾つかに奇跡が起きて転生令嬢とか、主人公が逞しく乗り越えたり、とかするんだなぁ……と思うような話です(  ̄ー ̄) 19日13時に最終話です。 ホトラン48位((((;゜Д゜)))ありがとうございます*。・+(人*´∀`)+・。*

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

夫が平民と不倫しているようなので、即刻離婚します

うみか
恋愛
両親が亡くなり親戚の家を転々とする私。 しかしそんな折、幼馴染が私の元へ現れて愛を叫ぶ。 彼と結婚することにした私だが、程なくして彼の裏切りが判明する。

処理中です...