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外伝2 赤色金剛石の章 ~レッドダイアモンド~
永遠の生命5
しおりを挟む「そうだ、来紅! 賢者の石のこと、パーウォーに聞いてみたらどうだろうか? こう見えてこの男、魔法使いなんだと。私の半身のこともパーウォーから教えてもらったんだ」
「魔法使いと出会えるとは、なんたる僥倖! パーウォー殿、どうか賢者の石の在り処を教えてはいただけぬだろうか。モチロン、相応の代償は支払うゆえ」
盛り上がる二人とは対照的に、パーウォーの表情はどんどんと曇っていく。そして彼は少しの間だけうつむいたあと、顔を上げ、憂いを帯びた笑みでふたりに問うた。
「ムサイエフちゃん。アナタ、賢者の石がどういうものだか知っている?」
「おとぎ話にでてくる最強の魔道具……としか」
「ま、一般的にはそんなものよね。来紅ちゃんは?」
「西方にある、不老不死をもたらす赤い奇跡の石だと」
「なるほどね」
二人の答えはごく一般的なもの。賢者の石は一般的には、『おとぎ話に出てくるすごい力をもった赤い石』としか知られていない。その作り方や原料は、唯一ホムンクルスを作ることのできた伝説の錬金術師テオフラストゥスしか知らないとも。
「悪いけれど、ワタシには来紅ちゃんの願いは叶えられない。来紅ちゃんの主人がなぜそれを必要としているのかはわからないけど、ワタシにも譲れないものが、人たちがいるから。それにワタシは、命にかかわる願いだけは絶対に受けないって決めているの。だからどんな代償を持ってこられても、ワタシはその願いを叶えない」
どちらかというと頼られたり頼まれたりすると断れないパーウォーの、珍しくはっきりとした拒絶。それほどまでに彼が拒絶するのは、賢者の石には人の命がかかわるから。
今存在しているものでパーウォーが確認している賢者の石は、ミラビリスの命と繋がっている薄暮の森の天体観測機に組み込まれているものと、再誕の際に組み込まれたパエオーニアの瞳。どちらも大切な人の命と直結しており、そう易々と人に教えることのできないものだった。
「パーウォー。賢者の石とは、いったいなんなのだ?」
「賢者の石はね、燃え尽きた命の成れの果て。あれは、誰かの亡骸の一部なのよ」
パーウォーの答えに、ムサイエフも来紅も言葉が出なかった。ふたりが想像していた賢者の石とは、不思議な力を持った伝説の宝物程度だったから。
「ねえ、来紅ちゃん。アナタにはある? 誰かの大切な人を殺してでも手に入れる、その覚悟が」
パーウォーの問いに、来紅は言葉を発することができなかった。
彼女にとって賢者の石とは、主が欲したもの。ただ、それだけ。誰かを殺して奪い取らなければならないなど、考えたこともなかった。神獣たる主がそんな残酷なことを命じるなど、来紅は考えたことなどなかったから。
「白沢様は、知っておられたのだろうか……」
神獣白沢――六つの角と九つの目を持つ、万物に精通していると言われる瑞獣。来紅の主。
「あの知らぬものはない御方が……なぜ、このような……」
来紅はがっくり肩を落とすとうなだれ、力なく長椅子に沈んだ。偉大なる主から下された命に間違いなどあるはずはないと思う心に、ほんの少しのもしかしたらという心が染みを広げていく。
「もうないってアイツが断言してたってレフィが言ってたから、たぶんないとは思うけど……いちおう夜になったら占ってみてあげる。ただ、教えるかどうかは結果次第。たとえ見つかったとしても、それが誰かの命にかかわるものだったら教えない。だから、期待はしないでね」
パーウォーはそれが最大限の譲歩だと言い残すと、部屋を出ていった。
「来紅。大丈夫……ではなさそうだな」
「ソウだな。あまり大丈夫ではナイな」
すべてを教えられたわけではないが、それでもふたりにもわかった。賢者の石とは、人命にかかわるものだということが。それを手に入れるためには、もしかしたら人を殺さなければならないということが。
「賢者の石というのは、もしかしたら私たち石人の守護石のようなものなのかもしれないね。私たちの守護石も魔道具や付加価値のある装飾品、魔力増幅器として需要が高いみたいでね。そのために墓を荒らされたり、外の世界では狩られて非業の死を遂げた仲間もたくさんいる。だから石人は森に霧の結界を張って、人の出入りを制限して引きこもってしまったんだ」
「生ける寶石。大華でも你たち石人をソウ呼んでいた不埒者たちがいたのは知っていたが……人間は、残酷だな」
「残酷なのは別に人間だけに限ったことではないよ。私たち石人だって他種族に半身という自分たちの本能を押し付けているし、それでひどいことをする者もいる。無理心中に拉致監禁、果てはそれらへの返り討ち。相手の愛を得られなかった石人の末路はなかなかのものだよ。悲観して身を引いて自殺するのは良心的な方だ」
「ソレはまた……石人はスゴイな」
苦笑いではあったが、来紅の顔に笑みが戻ったことにムサイエフはほっとした。来紅が落ち込むと、ムサイエフの心も苦しくなるから。
その後、夜になってパーウォーは自分の知っている賢者の石以外のありかを占ったが、結果は「該当なし」だった。もう夜も遅いということで、その日はふたりともパーウォーの家に泊まることになった。
そして深夜――
「眠れないの?」
眠れないので月光浴でもしようかと起きてきたムサイエフは、居間の台床へ出る窓の前に先客――来紅――が立っているのを見つけて声をかけた。
「……ああ。はるばるココまでやって来たが、コレカラどうしたものかと思ってナ」
「賢者の石、見つけないと帰れないんだっけ」
月の光と波の音だけがふたりの間に静かに降り積もる。そんな夜のしじまを破ったのは、今度は来紅だった。
「十三のとき……白沢様に拾われたとき、我は死にかけていたんだ」
ぽつりぽつりと、来紅はムサイエフを見ないまま過去を語り始めた。
「家と土地を親戚にだまし取られて、ソノすぐあとに流行り病で両親が死んで……我はひとり、路頭に迷うことになってな」
語る彼女の邪魔をしないように、ムサイエフはただ静かに隣に立っていた。
「金はナイ、帰る家もナイ、頼る相手もナイ。優しい両親に守られるだけだった世間知らずの小娘は、どうすればイイか、誰を信じてイイのかわからなかった」
自嘲の笑みを浮かべ、来紅は月を見上げた。
「山に行けば、もしかして食べ物がアルかもしれない。自分ひとりだけなら、生きていけるカモしれない。そんなバカみたいに甘いコトを考えながら、行ったこともない、窓から見ていただけの山に向かっていたんだ」
来紅はムサイエフに顔を向けると、「本当にバカな小娘だろう?」と泣きそうな顔で笑った。
「だが、近くに見えていた山はトテモ遠くて。水も食べ物もナクて、我はすぐに力尽きてしまった。ひもじくて、寂しくて、とにかくひもじくて。そこへ白沢様が現れたんだ。どうやら我は仙人になれる素質を持っていたらしくてな、迎えに来たのだと言われた」
来紅は再び月を見上げると、「アノときは本当にひもじくて、ソレどころではなかったのだがな」と笑みをこぼした。
「単に食べるモノがなかっただけなんだが、五穀断ちもシテいたから準備万端だったんだろう。白沢様は死にかけていた我と、その場で契約を結んだ」
「それって、来紅の意志を確認してから?」
ムサイエフの問いかけに、来紅は月から視線を戻した。
「無論だ。とは言え、我はもはや朦朧としていたからナ。よくわからないまま了承してしまったのだが」
「それは確認したと言えるんだろうか……」
「ハハ、確かにな。だがおかげで、我は今も生きてイル。あのとき白沢様が来られなければ、我はあそこで野垂れ死んでイタ」
再びふたりの間に静寂が戻ってきた。しばし波の音だけが、ふたりの間を寄せては引いていく。
「聞かせてくれてありがとう。では私もひとつ、昔話をしようかな」
ムサイエフは来紅から目を逸らし月を見上げると、ぽつぽつと語り始めた。
「子供だった頃。まだ加護の力がきちんと発現していなかった頃。私はこっそり家を抜け出して遊んでいて、怪我をしたんだ」
ムサイエフは左手で胸の真ん中を押さえると、うつむき目を閉じた。
「私の加護は『永遠の生命』。守護石含む頭部さえ無事ならば、どんな状態でも生かされてしまう力。木登りをしていて足を滑らせ、運悪く折れた木の枝に胸を貫かれて……苦しくて動けないのに、確かに致命傷だったのに、死ななかったんだ。でも動けなくて、助けを呼ぶこともできなくて。だからずっとずっと、見つけてもらえるまで痛くて痛くて苦しくて」
凄惨な内容を語るムサイエフの横顔は、けれどとても静かなもので。
「すぐに加護の力を調べられたよ。そして判明したのは、石さえ無事ならば死ぬことがないという、呪いのような力だった。石が朽ちない限り体を失おうとも、私の魂は石に囚われ永遠を生きる」
ムサイエフの話に、来紅は何も言葉をかけることができなかった。口を開きかけては閉じ、そしてうつむくしかなくて。
「でも、そんな私でも、普通に死ぬことができる方法がひとつだけあった」
「ソレ、は?」
「半身を見つけること。私たち石人は、半身が死ぬと自分も共に死ぬ。だから私は、死ぬために半身を探しにきたんだ」
そう、穏やかな声で。ムサイエフは静謐な笑みを浮かべた。
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