154 / 181
外伝2 赤色金剛石の章 ~レッドダイアモンド~
永遠の生命3
しおりを挟む神獣に仕える仙人――それは奇しくも、ムサイエフが探す半身の条件と合致していた。
「エンライホン、さん?」
「来紅でイイ」
「では、来紅さん。神獣に仕えてるということは、貴女はもしかして天仙?」
ムサイエフの問いに、来紅は満足げにうなずいた。
「よく知ってるナ。さすがは精霊に愛されし者」
「いや、精霊は関係ないと思いますけど。では――」
瞬間、来紅の腹から地鳴りのような音が響いて。
「続きは、食事でもとりながらでいかがですか? 御馳走しますよ」
「うむ。悪くない。取引というヤツだな」
ムサイエフの提案に、来紅はなぜかふんぞり返って了承を返した。そんな彼女の様子に、ムサイエフはこらえきれず肩を震わせる。
――恥じらうどころか、なんで偉そうなんだ? この人、面白過ぎる。
「ねぇねぇ、ムサイエフ~。でもさぁ、あなたもつい昨日ここに来たばかりで、この国のことなんて全然知らないじゃない」
「おい、余計なこと言うなよ」
「你、よそ者だったか。まあイイ。では代わりに、そこの精霊や、你の国の話を聞かせてくれ」
トゥリパの余計な一言で焦ったムサイエフだったが、当の来紅はまったく気にすることなく、むしろ別の話でもいいと笑った。ムサイエフはほっと胸をなでおろすと、先ほど歩いてきた道を今度は来紅と共に歩き始めた。
二人は目についた店に入ると、案内された席に腰を下ろした。来紅は品書きの中からいくつかの料理を注文する。
「你はナニか頼まなくていいのか?」
「では、私は水を」
手慣れた様子で注文を終えた来紅に、ムサイエフは素直な称賛を送った。
「ファーブラ公用語も流暢で驚いたけれど、ずいぶんとこちらのこと詳しいのですね」
「ココに来るまでにイロイロ勉強した。お陰で、手痛い勉強代もソレナリにな」
「すごいな。私も大華に着く頃には、そんな風になれるだろうか」
「ムサイエフはどうかな~。栄養が頭じゃなくて全部顔に行っちゃってるしね~」
「トゥリパ……お前、口悪すぎないか?」
デコボコな二人のやり取りに、来紅の顔が柔らかくほころぶ。
「二人は仲がイイのだな。そういえば你、名はなんと言ったか? スマナイ、先程は頭に血が昇っていて」
「ムサイエフです。親しい人たちはサイと呼びます。来紅さんもよければ、ムサイエフと呼び捨てか、サイと呼んでください」
「了解シタ。ではサイ、我のことも来紅と呼び捨てで」
改めて互いの自己紹介を終えたところで料理が運ばれてきた。季節の野菜の酢漬け、茄子や芋に牛乳と小麦粉で作った調味料を重ねて乾酪を乗せて焼いた重ね焼きなどが次々に卓子へ並べられる。
「これ、一人で食べきれるのですか?」
「余裕ダ。しかし、サイは本当に食べなくてイイのか? 金ならちゃんとアルぞ」
「私は空いてないですから。それと、ここの支払いは私が。話を聞かせてもらうのだから、それくらいはさせてください。そういう取引だったでしょう?」
「そういえばそうだったナ。では、遠慮ナク」
ちびちびと水を飲むムサイエフの向かい側で、来紅は並べられた料理を幸せそうな顔で食べ始めた。その来紅の顔は、なぜだかムサイエフの心も幸せで満たしていく。
「おいしいですか?」
「うむ、うまいぞ。大華の料理にはナイ味付けが面白い。中には苦手なモノもアルが、我は比較的好き嫌いが少ないでな。新しい味に出会うたび感動シテいるよ」
「味かぁ……私も水の味はわかるんだけどなぁ」
食物を摂る必要のないムサイエフたち石人は、人間と違い味覚が発達していない。水の味はわかるが、他のものを口に入れてもその味を感じ取ることがほとんどできない。唯一、甘味は少し感じられるくらいだ。
「して、你はナニが聞きタイ? 昼食の分くらいは答えるぞ」
来紅に本題を切り出され、ムサイエフは眉間にしわをよせた。
「ナンダ、その顔は? 大華のコト、聞きタイのではなかったのか?」
「そう、なんだけど……そうだったんですけど」
「どうしたの、ムサイエフ? 聞きたいこと忘れちゃった?」
頭の上のトゥリパのからかいにも、ムサイエフは難しい顔で眉間にしわを寄せたまま。そのまま彼は首をひねると、来紅を見て――
「大華国に行くの、やめました」
宣言した。突然のムサイエフの翻意に、来紅は怪訝な表情を、トゥリパはぽかんとした表情を浮かべる。
「我を見て、大華へ行くのがイヤになったのか?」
来紅の確認に、ムサイエフは慌てて首を振って否定の意を伝える。
「違う。違わないけど、違う」
「まったくわからぬ」
「ええと……来紅と出会ったから、大華へ行くのは確認してからでもいいかなって思って」
ムサイエフの要領を得ない説明に、今度は来紅の眉間にしわが刻まれる。
「いや、あー……うん、そうですよね。ええと、来紅は石人という種族を知っていますか?」
「生きている者ではなかったが、秋津洲に行ったときに見たコトがある」
「そうですか。ちなみにですけど、石人の習性なんかは?」
「習性? ああ、もしや恋狂いと揶揄されている、あの番至上主義のコトか?」
石人たちの習性は遠い東の国にまで伝わっていたようで、来紅の答えに喜んでいいのか悲しむべきなのか、ムサイエフは苦笑いを浮かべた。けれどすぐに気を取り直すと、ムサイエフは来紅をまっすぐ見つめて……
「一瞬だけなので、よく見ていてくださいね」
右目をおおっていた眼帯を少しだけずらした。刹那、赤みがかった金の髪の間から、貴石の瞳がきらりと赤光を放って。
「你、まさか」
素早く眼帯を戻すと唇に人差し指を当て、ムサイエフは目だけで「それ以上は言わないで」と来紅に訴える。
「ここでは少し都合が悪い。けれど、もし来紅がまだ私に興味があると言うのならば、場所を移させてほしい」
来紅はムサイエフの言葉にうなずくと、残りの料理をきれいに平らげてから席を立った。会計を済ませ店を出ると、ムサイエフは朝歩いて来た道をさらにさかのぼる。
「いらっしゃいま――って、ムサイエフちゃんじゃない。どうしたの、忘れ物でもした?」
ムサイエフが話をする場所として選んだのは、この町の中で石人にとって一番安全である、海の魔法使いの住処であった。
「大華へ行くのはひとまずやめた。悪いが、少し場所を貸してほしい」
「それは別にいいけど。ところで、ムサイエフちゃんの後ろにいるその子は?」
「港で会った。イエン……えっと」
「雁来紅と申しマス。大華より参りました」
「大華から! ……ああ、なるほど」
来紅の故郷の名ですべてを察したパーウォーは、二人を二階の居間へと案内した。
「来紅ちゃん、無理だったらちゃんと無理だって言うのよ。もしどうしても逃げたいって思ったら、ワタシが手伝ってあげるから」
「おい、パーウォー。あなたはどっちの味方なんだ」
「ワタシは依頼人の味方よ。ムサイエフちゃんの依頼はもう終わったでしょ。次にお客様になりそうな相手に声をかけてるだけじゃない」
パーウォーから注がれる哀れみの視線と逃走補助の申し出に、理由のわからない来紅は戸惑うばかり。
「そういえばオルロフは?」
「オルロフちゃんなら今朝、ムサイエフちゃんが出ていったすぐあとに帰ったわよ。ちょうど虎目石商会の隊商が来てたから、自分の荷物ついでに載せてもらうんだって一緒に帰ったみたい」
「あいつ、今度は何をそんなに買いこんだんだ? 毎度毎度、フォシル嬢には同情するよ」
「なによぅ、好きな女の子を飾り立てるの楽しいじゃない。それに、ムサイエフちゃんだってすぐわかるわよ。ね、来紅ちゃん」
同意を求められた来紅だったが、まだ何も知らない彼女にはパーウォーの笑みの意味も言葉の意味もわからない。
「じゃ、ワタシは席を外すわね。そうだ、トゥリパちゃんもこっち来る? 昨日焼いたお菓子あるけど」
「いくー!」
うるさいのがいなくなり、居間に静けさが戻る。
「とりあえず座ろうか」
そしてふたりは卓子を挟んで、向かい合うように長椅子へ腰を下ろした。
「まず、改めて自己紹介させてもらうね。私はムサイエフ。ムサイエフ・フローレス・アダマス」
名乗るとムサイエフは右目をおおっていた眼帯を外し、顔の右半分を隠していた髪を耳にかけた。現れたのは、蔓苔桃のような深紅の貴石の瞳。
「半身を求めて、昨日、極夜国からここへ来た」
「你は石人だったのか。だから、精霊が見えた」
「すまない、騙したような形になってしまって。でも、それでも何か知りたいことがあって、だから来紅は私についてきたんだよね?」
ムサイエフの問いに、来紅は静かにうなずいた。
「教えてクレ。你のその貴石の瞳が、もしかして我の探しているものかもしれないカラ」
「私の守護石が? よくわからないけど……まあ、いいか。私の守護石は赤色金剛石。加護の力は、『永遠の生命』」
「永遠の生命!? ソレは、本当に金剛石なのか? 本当は、賢者の石ではナイのか?」
急変した来紅の様子を不思議に思いながらも、ムサイエフは話を続ける。
「いや、金剛石だよ。私の一族は、と言っても当主に限りだけれども、相手の石がなんであろうと次代は金剛石しか生まれない。たとえ種族が違えども、守護石は金剛石になる。で、私の父はその当主だ」
「ソウ……か」
ムサイエフの答えに、来紅の肩ががくりと落ちた。そのあまりにも素直すぎる態度に、さすがのムサイエフも察してしまった。
「来紅の探しているものってまさか、賢者の石……なのか?」
うなだれたまま来紅は答えない。けれど、先ほどの彼女の言葉と態度はすべてを語ってしまっていて。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説


夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

[完]出来損ない王妃が死体置き場に捨てられるなんて、あまりにも雑で乱暴です
小葉石
恋愛
国の周囲を他国に囲まれたガーナードには、かつて聖女が降臨したという伝承が残る。それを裏付ける様に聖女の血を引くと言われている貴族には時折不思議な癒しの力を持った子供達が生まれている。
ガーナードは他国へこの子供達を嫁がせることによって聖女の国としての威厳を保ち周辺国からの侵略を許してこなかった。
各国が虎視眈々とガーナードの侵略を図ろうとする中、かつて無いほどの聖女の力を秘めた娘が侯爵家に生まれる。ガーナード王家はこの娘、フィスティアを皇太子ルワンの皇太子妃として城に迎え王妃とする。ガーナード国王家の安泰を恐れる周辺国から執拗に揺さぶりをかけられ戦果が激化。国王となったルワンの側近であり親友であるラートが戦場から重傷を負って王城へ帰還。フィスティアの聖女としての力をルワンは期待するが、フィスティアはラートを癒すことができず、ラートは死亡…親友を亡くした事と聖女の力を謀った事に激怒し、フィスティアを王妃の座から下ろして、多くの戦士たちが運ばれて来る死体置き場へと放り込む。
死体の中で絶望に喘ぐフィスティアだが、そこでこその聖女たる力をフィスティアは発揮し始める。
王の逆鱗に触れない様に、身を隠しつつ死体置き場で働くフィスティアの前に、ある日何とかつての夫であり、ガーナード国国王ルワン・ガーナードの死体が投げ込まれる事になった……………!
*グロテスクな描写はありませんので安心してください。しかし、死体と言う表現が多々あるかと思いますので苦手な方はご遠慮くださいます様によろしくお願いします。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。
藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。
学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。
入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。
その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。
ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる