貴石奇譚

貴様二太郎

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外伝1 蓮華蒼玉 ~パパラチアサファイア~

13.5 余聞

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 真っ白なシャコガイの寝台に、ひとりの老人魚が横たわっていた。

「お久しぶり、ガルデニア」
「来てくださって、ありがとうございます。海の魔法使い様」

 紅梅色チェリーピンク扉から現れたのは、珊瑚色コーラルピンクの鱗と金の髪を持つ人魚、海の魔法使いことパーウォー。彼はガルデニアの横たわるシャコガイの寝台のそばに行くと、ずいぶんと細く小さくなってしまった彼女の手を取った。

「あの子は、無事あなたのもとへたどり着けましたか?」
「あの子?」

 パーウォーの反応に、ガルデニアは「ああ」と嘆息をもらした。

「やはり、ですか。なんとなく、嫌な予感がしていたのです。あの子は、いったいどうなってしまったのでしょう」

 嘆くガルデニアをなだめすかし、パーウォーは辛抱強く一連の経緯を聞きだした。

「なるほど。ワタシのとこにたどり着くまでに、なんかしらあったみたいね。いいわ。ちょっと様子見てきてあげる」
「魔法使い様、どうかお願いです。もしあの子が困ったことになっているのなら、力を貸してあげてください」

 ガルデニアはあらかじめ用意していたのだろうか、枕元から真珠で作られた梔子クチナシの花輪を取り出すと、パーウォーへと差し出した。

「りょーかい。この代償で対応できる範囲内でやってみるわ」

 パーウォーは梔子の花輪を受け取ると、ガルデニアを安心させるように明るく笑った。

「安心して。だから、ゆっくりお休みなさい。さようなら……ガルデニア」

 紅梅色の扉の向こうへと消えてしまった。


 ※ ※ ※ ※


 ――ガルデニアの最後のお願いだからって安請け合いしちゃったけど……これ、ちょぉ~っとまずい感じ?

 修道院のそばの林の中、ニヤニヤと笑う赤い悪魔――エテルニタス――を前にして、パーウォーは早速後悔に苛まれていた。

「あら、お久しぶり。エテルニタスさん、でしたっけ?」
「海の魔法使いさん。他の魔法使いの楽しみに介入するのは、いささか無作法だと思うのですが」

 少なくとも三千年以上は生きている、古い古い魔法使い。額装の魔法使いエテルニタス。
 たまに出てきては人の感情をかき乱し、騒動の種をまき、それが芽吹くのを観客気分で眺めて楽しむ。パーウォーはこの悪趣味な魔法使いが少々……いや、ものすごく苦手だった。

 ――うっわ、最悪だわ。ウェリタスちゃんってば、サンディなんかより断然たち悪いのに捕まっちゃってるじゃない!

 どうやら直接ウェリタスとは関わらせてはもらえないようだと悟り、パーウォーは両手をあげてお手上げだと示した。

「はいはい、申し訳ございませんでした。アンタがいるんじゃ、ウェリタスちゃんには接触できそうもないしね。出直すわ」
「ありがとうございます。ですが、観客としてなら歓迎いたしますよ。私の作った舞台、楽しんでいっていただければ幸いです。……ただし、役者にはくれぐれも手出し無用に願いますね」
「悪いけど、また今度にするわ。じゃあね、悪趣味な演出家さん」

 パーウォーは紅梅色の扉をくぐると素早く扉を閉めた。適当に選んで出たのは、修道院からほど近い、人目につかない岩に囲まれた入江。そこで深い、深~いため息を吐き出すと、パーウォーは「ガルデニア~~~!」と叫んだ。

「まずい、まずいわ。あの陰険変態魔法使いがいる限り、ウェリタスちゃんにはもう絶対接触できないじゃない。かといって、お相手の子の方への接触も邪魔されそうだし……」
「お姉……お兄さん? さっきからうるさいけど、どうしたの?」

 背後からかけられた声に、パーウォーは慌てて振り返った。

「あら、石人?」

 日陰で岩にもたれて座っていたのは、鋼色スチールグレーの髪に同じ色の瞳、そして春の空のようなコマドリの卵の殻色ロビンズエッグブルーの貴石の瞳を持った石人の青年――カリュプス――だった。
 
「うん、石人。アンタはウェリタスの知り合い?」
「ええ。というか、ワタシはあの子のひいおばあちゃんとの知り合い。で、アンタは?」
「ウェリタスは俺の命の恩人。嵐の海で死にそうになってたとこを助けてもらった。あ、俺はカリュプス」
「ワタシはパーウォーよ。あ、てことは……」

 ――カリュプスちゃんに手伝ってもらえば、もしかしていけるんじゃない?

 手詰まりだったパーウォーは、カリュプスを巻き込むことに決めた。比較的常識的な方とはいえ、パーウォーも魔法使い。なんだかんだで他人様に迷惑をかける。魔法使いとは、そういう生き物だから。

「ねえ、カリュプスちゃん。アナタのお願い叶えてあげるかわりに、ワタシのお願いも聞いてくれないかしら~」
「お願い? 俺にできることなら別にいいけど……それ、危ないこととかじゃないよな?」
「ないない、だいじょーぶ! じゃ、気が変わらないうちに契約結んじゃいましょ」

 そしてパーウォーはウェリタスの現状を把握すると、海辺で拾った巻貝で特製魔道具を作り上げ、それをカリュプスに託すと舞台裏へと戻っていった。
 

 ※ ※ ※ ※


「はぁ……此度こたびの演目は大団円、でしたか」

 自室ある大きな壁かけ鏡に映るロートゥスとウェリタスを見て、エテルニタスはつまらなそうにぼやいた。

「まったく。あの青二才くんのおかげで、せっかくの脚本が変わってしまったではないですか」

 やれやれと首を振ると、エテルニタスは長椅子ソファから立ち上がった。

「さて、と。では、次はあの青二才――海の魔法使いくんで遊ばせていただきましょうかね」

 赤い悪魔はニヤリと笑うと、闇の中へと消えていった。

 
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