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エピローグ
廻る奇跡の物語 ★
しおりを挟む勿忘草色の空に揚げ雲雀。春の湖畔にそよぐ風が運ぶのは、無邪気な幼子の笑い声。
「イリス~。そんなにはしゃぐと転ぶよ~」
マレフィキウムは仕方ないなと笑いながら、駆け回る少女のあとをのんびりと追う。パエオーニアはそんな二人を、大きな木の幹に身体をあずけながら眺めていた。
「レフィ、レフィ、カエルいた!! カーバンクルの仲間!!」
少女――イリス――は白菫色の柔らかな髪をぴょんぴょんと跳ねさせ、薔薇色の瞳を輝かせながら泥だらけの手でカエルを持ってきた。彼女はそれを誇らしげにマレフィキウムへと差し出す。
「ありがと。でもコイツ、水の中がいいんだって。だからさ、元の場所にもどしてあげよ」
「え~。カーバンクルのおよめさんにしようと思ったのに……」
「うーん、気持ちは嬉しいんだけどねぇ。残念ながらコイツ、オスみたいだよ?」
くつくつと笑うマレフィキウムに、イリスは頬を膨らませると桟橋からカエルを放った。
パエオーニアの再誕から七年。
賢者の石をその身に宿したパエオーニアは、普通の人々と同じように暮らしていた。風の感触、運ばれてくる様々な香り、暑さに寒さ、そしてかわいい服を着ることや食事の楽しみ。けれど何よりもパエオーニアの心を弾ませたのは、マレフィキウムに触れられる、触れてもらえる、その喜びだった。
パエオーニアは大きくなりつつあるお腹をさすりながら、幸せをかみしめる。あの日、プリムラが言い残した言葉を思い出しながら。
――たとえ半分でも石人は石人。きっと、あなたもいずれ……
ホムンクルスであるパエオーニアには、生殖能力はないはずだった。一代限り、その生を終えれば魂さえ残らない、それがホムンクルスというもの。パエオーニアも、生まれてくるときに植え付けられた知識で知っていた。
けれど今、パエオーニアはその知識に疑問も持っていた。ホムンクルスも人魚たちと同じように、真実の愛を手に入れれば消えない魂が手に入るのではないのだろうか、と。プリムラから昔話を聞いて、生まれてきたイリスを見て、パエオーニアは思った。
――あなたも、自分はホムンクルスだから絶対ないなんて思わないで。石人たちはそんなもの、軽く超えちゃいますから。
そして、植え付けられた知識が教えてくれなかったもう一つ。石人という種族、その執着と知られざる性質を。
「ほんと、石人ってすごいんだね」
パエオーニアがそれを知ったのは、ミラビリスとプリムラが子を宿したと知ったとき。
最初はミラビリス。彼女はアルブスに帰ったあとプリムラの助言に従い、もう一度自分の体を調べ直した。そしてわかったことは、やはり妊娠していたのだということ。それから半年後、体が未成熟だったミラビリスは苦難の末、なんとか男の子を産み落とした。男の子はステッラと名付けられ、現在六歳になっている。
そしてプリムラ。彼女はファートゥムと共にマギーアに帰ったその二年後、子供を産んだ。白菫色の髪に薔薇色の瞳の、かわいらしい女の子を。けれどプリムラは量産型ホムンクルス。ミラビリスやパエオーニアとは違い、彼女の命の期限はとても短かった。
――俺たちが死んじゃったとき、あとに残されたものを引き取って、絶対に大切にして欲しいってこと
プリムラは知っていたのだ。石人の半身に対する執着を、その繁殖能力の異常さを。連綿と受け継がれた記憶、その中の一つで。
石人は何事もなければ他の種族同様、同種族である石人と番う。けれど彼らには一つだけ、とても困った本能があった。
半身
石人にとって、最高の幸せと最高の不幸をもたらすもの。出会ってしまったらもう抗うことなどできない、呪いのような魂を縛り付ける伴侶。同種族に現れる確率が一番高いとはいえ、石人の半身は必ずしも石人ではない。他の種族であることもあれば同性、ひどい場合には命を持たない物であることもある。何を基準に半身が決まるのかは本人たちにもまったくわからず、それはまさに神のみぞ知る神秘。
この本能が発現してしまうと、彼らは半身以外見えなくなる。半身以外にはまったく反応しなくなってしまう。そして半身ならば、相手が他種族であろうが同性であろうが、たとえ子を成せない種族であろうが――魂を持たない物以外となら、子を成せてしまうのだ。
だからプリムラとファートゥムは、あのときマレフィキウムに願った。六年後、自分たちがいなくなってしまったときのために。そのときに残されしまう、自分たちの子供のために。
「ほら、イリス。パーウォーんとこ行くよ。でもなぁ、こんな泥だらけの手じゃパーウォーのおやつ、もらえないかもなぁ」
「やだ! おやつ食べる!!」
「じゃあ、ちゃんと手ふいてね。それにそんな泥だらけの手のままじゃ、イリスの宝物も汚れちゃうよ」
マレフィキウムは笑いながら、イリスの胸元で揺れる懐中時計を指さす。それはかつてカストールから代償として回収した、赤虎目石の飾られた懐中時計。けれど今、その針はもう時を進めることはない。イリスが生まれた日、赤虎目石は真っ二つに割れ、時計はその役割を終えてしまったから。
「パーウォーさんのところ行ったら、またオルロフさんがいたりしてね」
パエオーニアはマレフィキウムの手を借りて立ち上がると、きれいになったイリスの小さな手を取る。
「石人は大変だよねぇ。生まれるまでまだあと三年以上あるってのに、王子様ってば奥さんと子供の服買いに来すぎなんだよ」
「ねーねー、パーウォーんとこ、ヘルメスちゃんとリコリスちゃんも来てるかな?」
「イリスはヘルメスさんとリコリスさん、本当に好きね」
「うん! ヘルメスちゃん色んなもの作ってくれるし、リコリスちゃんもいっぱい遊んでくれるから好き!! あとミラビリスちゃんもカストールちゃんも、ステッラもいるかな?」
イリスを真ん中に手を繋ぐ三人。
「みんな、次のイリスのお誕生日会には来てくれるんじゃないかなぁ。きっとルークスも来るんじゃない? そうそうアイツ、また女の子に振られたらしいよ~」
三人は笑いあいながら、マレフィキウムの出した緑の扉をくぐりぬける。
ささやかで、あたたかで、幸せすぎて泣きそうになるような大切な場所へと向かって。
さて、これにて幕を下ろすのは、廻る奇跡の物語。
――貴石奇譚――
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