貴石奇譚

貴様二太郎

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百花の章 ~廻る貴石の物語~

19.再誕の代償

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「パエオーニアさんの体を取り戻したとして、もしそこに運よく彼女の魂があって生きていたとして……それから、どうするんですか?」
「どうするって……」
「彼女の命を守っていたフラスコはもうないんですよね? だったら取り戻したとしても、今の状態じゃむしろ最悪の結果にしかならないですよ。それに、持っていかれた体に魂が入っている確率は絶望的なんですよね? エテルニタスは魂のない体だけが欲しいんでしょう?」

 ミラビリスのもっともな問いに答えを返すことができず、マレフィキウムは改めて己の無能さを思い知った。今まで好き勝手考えなし、勘と心の赴くままに動いてきたマレフィキウム。だから今回のように考えて行動することが彼はとても苦手で、つい目先の問題だけを追おうとしてしまう。

「ごめんなさい、責めてるわけじゃないんです。でも現実問題、これを解決しておかない、と――」

 ミラビリスは言葉の途中で口を押さえると、真っ青な顔で部屋から飛び出していってしまった。彼女の後を追ってカストールも部屋から出ていってしまい、残されたマレフィキウムたちはひとまず先ほどの問題を考え直す。

「ミラビリスさん大丈夫かな……。と、それはそれとして、どうする? 確かに彼女が言うように、今パエオーニアさんの体を取り戻したとしても、そのあとがどうにもならないよ」
「そう、なんだよねぇ。柘榴の実の『希望の成就』じゃ、ニアの願いを叶えるには力が足りなかった。まあ、柘榴と僕の力だけじゃ足りないのはわかってたから賢者の石を使おうとしたんだけど……」
「ロートゥスのときとは少し違うようだが、要は失敗したんだもんな。お前、花言葉を扱う魔法とやら、向いてないんじゃないのか?」
「兄さん、それは言わないお約束ですよぅ」

 しばらくしてミラビリスたちが戻り、再び話し合いが始まった。

「ごめんなさい、最近ずっとこんな調子で」
「あの、大丈夫ですか? それと、その症状……」

 カストールの膝枕で長椅子に横たわるミラビリスの症状に思い当たる節があるのか、プリムラは彼女のそばに行くと、そっと囁くように問いかけた。

「うん……やっぱりそう思うよね。でも、私に限ってそれはないから」
「そう、なんですか? でも――」

 ちらりとカストールに目をやると、プリムラは再びもの言いたげな顔でミラビリスに視線を戻す。

「原因は他にあるはずなの。だからなんでもいいから手がかりが欲しくて、わがまま言って顔を突っ込ませてもらったんだ」

 何かを言おうと口を開きかけたプリムラだったが、彼女は思い直したように口をつぐむと、静かにファートゥムの隣へと戻っていった。

「なあ、ちょっといいか」

 会話が途切れたところで、床であぐらをかいていたオルロフが声を上げた。

「この前から、ずっと聞こう聞こうと思ってたんだが……」

 オルロフはあぐらのままマレフィキウムに向きなおると、その懐を指す。

「お前の持ってるその藍玉アクアマリン、それ、なんなんだ?」
「なんなんだって、どういう意味?」

 マレフィキウムは不思議そうな顔でオルロフを見返したあと、懐から形見の人魚石アクアマリンを取り出した。

「これは母の形見っていうか……母、だったもの? 僕の母は人魚だったんだ。死ぬときにこの人魚石を残していったんだって。で、なんなんだって、これが何?」

 腕を組み、眉間にしわを寄せたオルロフが、マレフィキウムの手のひらの上の人魚石をじっと見つめる。そうやってひとしきり眺めたあと、オルロフはおもむろに口を開いた。

「昨日の夜……というか、俺たちが駆け付けたとき。おそらくは、あの変態がパエオーニアを連れていったあとからだと思うんだが。その石、なんか変な気配がしてないか?」

 オルロフに指摘され、マレフィキウムは慌てて手の中の人魚石を確認する。
 雫型のつるんとした藍玉。薄青の、ほのかな温もりをたたえた命の名残。大切な人を守るため泡となった、人魚姫が残した涙石。

「なんか中……に!?」

 石を覗き込んでいたマレフィキウムは突如すっとんきょうな奇声をあげると、転がるように窓辺へ走った。そして持っていた石を光にかざすと目をすがめ、今度は無言で穴が開きそうな勢いで凝視し始める。
 突然のマレフィキウムの奇行にオルロフ以外はただ唖然とするばかり。

「……いる」

 呆然と。信じられないものを見たという顔で振り返ったマレフィキウム。

「いるって、何が?」
「いる」

 ファートゥムの問いにも、返ってくるのは要領を得ないつぶやきだけ。

「いるんだ……」
「だから何がいるの!? もう、しっかりしてよマレフィキウムさん!」

 らちが明かないマレフィキウムの様子に、じっとしていられなくなったファートゥムが立ち上がる。その瞬間、皆の方に人魚石を乗せた手を差し出したマレフィキウムが今度こそはっきりと――

「ニアが、中にいるんだ!!」

 と、叫んだ。
 瞬間、静まり返る室内。けれどそれはほんの一瞬のことで、まず声を上げたのはファートゥム。

「ま、待って待って待って! 中にパエオーニアさんがいるって、いったいどういうこと!?」
「わかんないよ! 僕もわかんないから困ってるんですけど!!」

 あわあわと取り乱すマレフィキウムの手から人魚石を取り上げると、オルロフは無言で中を覗き込んだ。そしてカストールに目配せをすると、彼のもとへと人魚石を持っていく。
 カストールはミラビリスの頭を膝に乗せたまま、オルロフから人魚石を受け取る。そしてこちらもやはり無言で石を凝視すると、静かにうなずいた。

「どうやらエテルニタスが持って行ったのは、本当にこの子の体だけだったようだな。何が原因かはわからないが、魂はこの石の中にいるらしい」
「やはりか。ということは、あの変態が持って行ったのは正真正銘魂の入ってない体だけ。つまり今の彼女の状態は、完全に“死んでいる”ということだな」

 オルロフの無慈悲な宣告にマレフィキウムが息をのんだ。認めたくなかった現実に、彼の思考と心が凍り付いていく。

「しっかりしろ、百禍。たとえたどり着く先が最悪の結末だったとしても、お前はもう諦めないんだろう? だったらその諦めと物分かりの悪さ、見せてみろ。お前が無様にあがくさま、俺は隣で最後まで高みの見物させてもらうんだからな」

 胸をそらし挑発的に笑ったオルロフ。その表情はわからずとも、いや、わからないからこそ伝わってくる雰囲気でマレフィキウムにはわかってしまった。

「な、にそれ……王子様、きみってほんとお人好し。そんなに僕のこと好きだったの?」
「誰がお前なんぞ好きになるか! それもこれも全部ミオソティスのため。勿忘草を手に入れるためだ!!」
「はは、オルロフは相変わらずかわいいなぁ。いつまでも変わらないみたいで、お兄さんは本当に嬉しいよ」
「誰がお兄さんだ、黙れ悪魔!! あとお前も笑ってるんじゃない、百禍!」

 凍り付きそうだった室内がオルロフを中心に明るくなっていく。じゃれあう男三人の輪の中、ミラビリスがゆっくりと上体を起こす。

「マレフィキウムさん、ちょっと考えてみたんですけど」

 少し落ち着いたのか、ミラビリスは長椅子に座り直すとマレフィキウムを見上げた。

「ここにパエオーニアさんの魂があるのなら、体、取り戻すのやめませんか?」

 ミラビリスの提案に、皆の視線が一斉に彼女へと集まる。
 慌てて口を開こうとしたマレフィキウム。けれどカストールはそれを手で制すると、ミラビリスに続きを促した。

「パエオーニアさんの体を取り戻したとしても、そこにここにある彼女の魂を戻せたとしても……それじゃ彼女は結局、半日も生きられないんですよね?」

 ミラビリスはマレフィキウムとパエオーニアに、かつて見た父と母の姿を重ねていた。
 死が決定された母トリスを助けるため、多くのものを犠牲にした父テオフラストゥス。今のマレフィキウムの状況は、彼女の両親の状況ととても似ていた。だからこのままでは、マレフィキウムも父と同じ道を辿ってしまうのではないだろうか――ミラビリスの脳裏をよぎったのは、そんな最悪な結末。
 だから彼女は提案する。もう一つの、本当にできるかどうかなんてまだわからない、でももしかしたら皆が笑顔になれるかもしれない結末への道を。

「だったらパエオーニアさんの体、いっそ新しく作りませんか?」

 ミラビリスの提案は、室内を再び静まり返らせた。けれど構うことなく彼女は言葉を続ける。
 
「私なら、ホムンクルスを作り出すことができます。材料と設備さえ揃えば、理論上は可能」

 マレフィキウムの手前、ミラビリスは虚勢を張って言い切った。知識として知っているだけで実践などしたことないため、本当は自信など欠片もない。しかしそんなことはおくびにも出さず、彼女はまっすぐにマレフィキウムを見つめると言い切った。

「フラスコから出てしまったパエオーニアさんの体を取り戻しても、私にはもうどうすることもできない。もちろんマレフィキウムさんにも当てはないんですよね? だったら、またフラスコに閉じ込めてしまうことになってしまうけど、新しく彼女の体、作りましょう。フラスコから出す方法は、それからでも遅くない」
「なら、私も手伝います」

 立ち上がったのはプリムラ。彼女はマレフィキウムに視線を移すと、静かに言葉を紡ぐ。

「わたしは古き記憶を受け継ぐ、記憶転移の一族レウカンセマムを素体としたホムンクルス。基本的に魔法も魔術も使えないけど、固有魔法だけは受け継ぎました。だからホムンクルスに関することはもちろん、今は失われてしまった賢者の石に関する情報も持っています」

 ごくり――と、マレフィキウムの喉が鳴った。
 パエオーニアに願いを叶えると豪語したものの、マレフィキウムは失敗してしまい現状このありさま。しかも、いまだ彼女の願いを叶える術は見つかっていない。
 そんな暗闇の中二人が示した希望は、旅人が見上げる夜空の星のようにマレフィキウムを希望へと導く。彼一人ではとてもたどり着けなかった、光り輝く場所へと。

「ただし。この方法には避けては通れないいくつかの難題と、大きな欠点があります」

 居ずまいを正し、ミラビリスはマレフィキウムを凝視した。

「まず材料。これには最低でも、持っていかれてしまった彼女の体の一部が必要になります」
「でもできることなら、素体となった本体が欲しい。複製の複製だと、どんどん劣化していくから」

 いきなり突きつけられた難題。ミラビリスとプリムラの言葉に、解決策など持たないマレフィキウムはうなることしかできない。しかもそんな彼に、カストールがさらなる追い打ちをかける。

「彼女の素体は魔導研究所に保管されていたんだよな? ならば非常に言いにくいのだが……五十年前のあのとき、研究所は私が全部燃やしてしまった」
「あれは、仕方なかったから。あのまま放置なんてできなかったもの。だから、材料のことは今はひとまず置いておきましょう。次は設備。ホムンクルスを作るとなると、それ相応の設備が必要になる。魔導研究所がない今、この国でホムンクルスを作ることのできる設備を備えている場所はたった一つ……」

 マレフィキウムは腰の鞄から青い貴石を取り出し、ミラビリスの言葉を継ぐ。

「薄暮の森、テオフラストゥスとトリスの住処、でしょ。なら、なんとかなると思う。テオフラストゥスから昔、鍵をもらったんだ。いつか必要になるだろうって。だから設備の問題なら、ひとまずこれでなんとかできると思う。たぶん」

 マレフィキウムはテオフラストゥスから渡されたトリスの象徴、薄暮の森への鍵となる矢車菊色の碧玉コーンフラワーブルーサファイアを皆に見せるとうなずいた。

「一つ解決ね。じゃあ最後。これはこの方法の最大の欠点なんだけど……」

 ミラビリスの次の言葉に、皆の注目が集まる。もちろん、彼女の言葉を一番待っているのはマレフィキウムだ。

「新しい体になるってことは、つまり全部まっさらになってしまうということ。入る魂は同じでも、今までのパエオーニアとしての記憶は……全部、消えてしまう」

 示された再誕のための代償は、あまりにも大きくて。

 
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