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百花の章 ~廻る貴石の物語~
11.私の魔法使い
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非業の赤虎目石が引き起こすは、運命の破壊と創造。
明けぬ夜のおとずれと共に大地は人を受け入れ、瞳は微睡みの中静かに時を刻む。
すべては別たれた魂を再び一つにするため。石は運命を破壊し、創造する。
時が満ち、運命を開いた花は薔薇により眠りから目覚め、加護から放たれた百花は咲き崩れ、そして裏切者は星を掴むだろう。
紺青の空に浮かぶ月に諳んずるは、赫赫のエテルニタス。
彼はそのまま背を丸めると、くつくつと密やかに笑う。それはすぐに熱を帯び、程なくして狂ったような哄笑へと。
「ようやく、ようやく最後の幕が上がりました! 悲劇の第一幕、錯綜した第二幕……そして待ちわびた、結末の第三幕!!」
両手を広げ夜空を仰ぎ、エテルニタスはその場でくるりと旋回した。
「時が満ち、運命を開いた花は眠りから目覚め、加護から放たれた百花は咲き崩れ、そして裏切者は星を掴む……さてさてこの百花とは、いったいどちらなのでしょうねぇ?」
くるくる、くるくる。金の月の下で、赤い悪魔は踊る。
「始まりの石、泡沫の愛憎、運命の歯車、霧の夜の夢……石に導かれた縁は、果たしてどのような結末を描き出すのでしょうか!」
ぴたりと止まると、エテルニタスは再び月を仰いだ。
「先見のペルフォラツマ、偉大なる千里眼一族最後の予言者よ。貴女のおかげで、ずいぶんと長い間楽しむことができました。……いいでしょう、契約は成立です。さあ、貴女も舞台に上がってくるといい!」
仄白い月明かりを照明に、赤い悪魔は石の台床を舞台に踊る、踊る、踊る。
※ ※ ※ ※
帰宅したマレフィキウムを待っていたのは、険しい顔をした使い魔たちとパエオーニア、そして何者かの魔力の残り香だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ロビン、何があった? というか、誰が来た?」
硬い声でマレフィキウムが訊ねる。
「レフィ、ロビンたちを責めないで。あの人は防ぎようがなかったの。それにロビンもケット・シーも、ちゃんと私を守ってくれたよ」
「……ごめん。うん、そもそも侵入を許したのは僕の不手際だもんね。ロビン、ここへ来たのは誰?」
パエオーニアの一言でいつもの雰囲気を取り戻したマレフィキウムに、ロビンは手巾に乗せた黄金色の貴石を差し出した。
「永久保存の一族、額装の魔法使いエテルニタスと名乗った者からです。呪い等は見受けられませんでした。彼の者より、これをご主人様に渡すようにと」
「ありがと。これは……」
「黄金緑柱石……じゃないか?」
首をかしげたマレフィキウムの横からオルロフが覗き込み、石を手に取るとつぶやいた。
「これ、たぶん額装さんの象徴だよね。これ置いてったってことは、向こうも俺たちと会いたいってことか~。魔法使いが自分の象徴預けていくのって、お客さん確保のときだもんね」
「だねぇ。でもこれ僕にってことは、僕がそのお客さん? ファートゥムじゃなくて?」
オルロフの手から石をつまみ上げ、灯りにかざしながらのんきにつぶやいたファートゥムに、マレフィキウムは少々うんざりした声で聞き返した。
「よかったな。お前も願いを叶えてもらえるじゃないか」
オルロフの皮肉に、不服だと口をとがらせるマレフィキウム。
「元来僕たちは願いを叶える方で、叶えてもらう方じゃないんだけどなぁ。願ったって余剰魔力消費できないし。ねえ王子様、なんか願いない?」
「今すぐ勿忘草よこせ」
「やだ」
じゃれあう男三人の姿に、パエオーニアからも思わずといった笑いがこぼれた。けれど同時に、そんな楽しい気持ちとは相反する気持ちも彼女の中に生まれる。
マレフィキウムがパーウォーや使い魔たち以外の人と楽しそうにしているのが嬉しい。そう思うはずなのに、その気持ちと同じくらい、パエオーニアの中には苦い気持ちがわきあがっていた。
「ニア? どうしたの、どこか痛い?」
苦い気持ちの正体を見極めようと思考の迷路に囚われていたパエオーニアを呼び戻したのは、強張ったマレフィキウムの声だった。
「どうしたの、レフィ? なんでそんな顔してるの?」
届かないのはわかっているのに、それでもパエオーニアはマレフィキウムへと手を伸ばした。決して触れることは出来ないが、それでもガラス越しに微かな温もりを感じることができるから。
「なんか……ニアの笑い声が、泣いてるみたいだったから」
先ほどの苦い気持ちを見抜かれたようで、パエオーニアは一瞬だけ笑顔を引きつらせてしまった。けれど表情が読めないマレフィキウムには気付かれなかったようで、そのことにパエオーニアは少しだけほっとするとすぐさま笑顔を貼り付ける。
「笑い声が泣いてるみたいって、変なレフィ」
心配させまいとことさら明るくおどけてみせるパエオーニアに、マレフィキウムの表情はますます曇っていく。その場から逃げ出すこともできないパエオーニアは、どうすることもできずに周囲に助けを求めるように視線をさまよわせた。
「ご主人~。サンディークスさまからいただいた呼び声の薬、コレ、どうするんですかよぅ?」
そんなパエオーニアの窮地を救ったのは、緊張感皆無の間延びした声。卓の上に座っていたカーバンクルが両手で持ち上げていたのは、赤茶色に金の粒子が漂う液体の入った硝子の小瓶。
「あ、ごめん! カーバンクルに預けてたの、すっかり忘れてた」
ファートゥムも慌てて卓に駆けつける。賑やか担当の二人が動き出したことで、場に明るさが戻ってきた。
「でもさ、ほんとどうしようか、コレ。せっかく代償払ってもらってきたのに……」
カーバンクルから薬を受け取ると、ファートゥムはそれを手の中で転がしながらマレフィキウムを見た。
「なに?」
「これ、マレフィキウムさんが預かっててよ。俺が持ってると失くしそうだからさ」
「えぇ!? 自分で持ってなよ」
「じゃあこの棚に置いとくんで、よろしくお願いしますね!」
ファートゥムは近くにあった棚に勝手に薬を置くと、満足げに「これでよし!」とうなずいてから戻ってきた。
「何が『これでよし!』だよ。言っとくけど僕、魔法の扱い苦手なんだからね! また誰かに侵入されて、それ盗まれても知らないからね!!」
「お前、魔法使いなんだよな? それは胸を張って言うことじゃないだろう。……あのときミオソティスが取り返しのつかないことにならなくて、本当によかった」
再びの賑やかさを取り戻した部屋で、パエオーニアは一人こっそりと胸をなでおろしていた。けれど同時にわきあがるのは、パエオーニア本人にもわからなかった先ほどの苦い気持ち。
――私も、あそこに行けたらなぁ……
ガラスの向こうでキラキラと輝く世界。卓を囲みじゃれあうマレフィキウムたちの姿に、パエオーニアの胸が締め付けられる。
――そしたらレフィの隣は、誰にも譲らないのに。
ふと浮かび上がってきた素直な気持ちに、パエオーニアははっとなる。
――待って、それじゃまるで、だって……
パエオーニアは、苦い気持ちの正体に思い当たってしまった。
マレフィキウムには、自分だけを見ていてほしい。自分の目の前で自分以外の人と、自分の知らない会話をしないでほしい。他の誰かに、そんなに簡単に触れないでほしい。
次々と浮き彫りにされる決してきれいとは言えない気持ちに、パエオーニアは自己嫌悪に陥っていく。
――そんなの無理なのに、馬鹿みたい。……これが嫉妬、なの?
知識としては知っていても、経験するとなると気持ちというものはやはり別物で。
初めて経験した強い負の感情はパエオーニアを大いに困惑させた。なぜ今さら、という疑問が彼女の頭の中を埋め尽くす。独占欲を発揮するならば、もっと早い段階で発揮していてもおかしくなかったはずなのに、と。
なにしろマレフィキウムは日夜花嫁を求め、あっちにふらふら、こっちにふらふら。つい先日極夜国へ行ったのも、彼の国の至宝と謳われる蓮華姫に求婚をしに行ったからだ。
――なんで、今?
今までにも「求婚しに行く」と言っては出かけるマレフィキウムを見送ってきたが、パエオーニアはこんな気持ちになったことはなかった。それは求婚とは言っても、マレフィキウムが言っただけのものだったから。実際に相手を見たことも、求婚するマレフィキウムの姿も、パエオーニアは見たことがなかったから。
そしてなにより、マレフィキウムの求婚は今まで一度も成功したことがなかったから……。
――女の人じゃなくても、家族じゃない誰かがレフィの隣にいるのが、嫌。
使い魔やパーウォーを除けば、マレフィキウムと一番長い時間を過ごしてきた他人はパエオーニアだった。それなのに、まだ出会って二日目のファートゥムやオルロフが、マレフィキウムと軽口のやりとりをしたり触れ合っているのを目の当たりにしてパエオーニアは嫌だと思ってしまった。
――そこは、私の場所なのに。
マレフィキウムと自分を隔てるガラスに手のひらを当て、パエオーニアは羨望に溺れる。
――こんなガラス越しじゃなくて、私もそこに行きたい。
そして、願ってしまった。
――レフィの隣は、私じゃないとやだ
魔法使いの前で、強く願ってしまった。
同時に振り返ったマレフィキウムとファートゥム。彼らの視線は当然のごとくパエオーニアへと注がれていて。
「ニア……?」
愕然とつぶやいたマレフィキウムを見て、パエオーニアはようやく我に返った。
「ちがっ、違う! 私、今のままで満足してる!! だから――」
動揺するパエオーニアの前まで来ると、マレフィキウムは静かにひざまずいた。一方、ファートゥムはその場から動くことなく、二人のやりとりをじっと見守る。
「ニア。きみの願いを、教えて」
静まり返った部屋の中に、マレフィキウムの声だけが響く。
「ない、よ。私は今のままで幸せだか――」
「ニア。僕は、きみの魔法使いでありたい。だからきみが何か願うなら、それを叶えるのは僕がいい」
フラスコの中から出ることのできないパエオーニアには、まっすぐ注がれるマレフィキウムの視線から逃げる場所などなく。
「私、は……」
今日初めてあらわになった、ずっと見ないふりをしてきたパエオーニアの願い。けれどそれは、今のマレフィキウムには叶えられない願い。彼女の生みの親であり、伝説とまで謳われたテオフラストゥスでさえも解けなかった難問。
「ニア。きみの願いだけは、僕が必ず叶える。だから、他の魔法使いになんか頼らないで」
懇願するように、すがりつくように。マレフィキウムはフラスコに手を添えた。
「頼らないよ! 私の魔法使いは、レフィだけ」
応えるように伸ばされたパエオーニアの手。二人の手のひらがガラス越しに重なる。
昨夜からどこか不安定な様子のマレフィキウムに、パエオーニアはずっと不安を覚えていた。けれど今は、それに昏い喜びも感じていて……
急激に膨れ上がるあまりよくない感情に流されるがまま、パエオーニアは不可能だとわかっている願いを口にする。優しい魔法使いを自分に縛りつける、願いの鎖を。
「私はここから、出たい。フラスコから出て、レフィの隣で、いきたい」
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