貴石奇譚

貴様二太郎

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百花の章 ~廻る貴石の物語~

 6.僕の夢

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 マレフィキウムの衝撃など置き去りに、映し出された過去は進んでいく。

『私はトリスに作られたホムンクルス。一代限りで生殖能力はない。そんなこと、作った貴女が一番理解しているのではないのか?』
『きみこそわかってないなぁ、テオ。ボクを誰だと思ってるの? 絡繰りの魔法使い、そして世界で初めてきみというホムンクルスを作り出した、伝説の魔法使いトリス・メギストスだよ。交尾なんてしなくたって子供くらい作れるさ』

 映し出される二人のやりとりに、ミラビリスの顔から血の気が引いていく。

「私、もしかして――」

 過去の二人の会話、そこでようやく答えにたどり着いたミラビリスにマレフィキウムは突きつける。

「ホムンクルスなんだろ、きみも。テオフラストゥスと同じような気配だってんだからさ。で、それがどうしたっていうのさ。ホムンクルスだと、何が問題なんだよ」

 自身がホムンクルスだったということに衝撃を受けるミラビリス。そんな動揺する彼女の姿に、マレフィキウムは再びの苛立ちを覚えていた。ホムンクルスだったら何がいけないんだと反発する心が、マレフィキウムの言葉に刺々しいいばらをまとわせる。

「問題は、あるんですよ。聞いたでしょう? ホムンクルスは一代限り、生殖能力はないって」

 ミラビリスが何を言いたいのかわからず、マレフィキウムは眉をひそめ首をかしげた。

「私、二十八歳なんですけど……初潮しょちょう、まだ来てないんです。亜人だから成長が遅いんだって、今までずっと自分で自分を納得させてきたけど…………」

 引きつった笑顔で、悲愴な明るい声で、ミラビリスはカストールを見た。

「ごめんね。私、ホムンクルスだったんだって。生殖能力のない私じゃたとえ大人になってたとしても、カストールの子供、産めなかったんだね。二次性徴にじせいちょうも来てないくせに成熟を代償に差し出しちゃってたんだから、どのみち絶対無理だったんだけど。でもさ、亜人だったらもしかしたらって可能性も、あったかもしれないじゃない? だけど……」

 ミラビリスの言葉は、マレフィキウムの心をも深くえぐった。しかし、なぜこんなにも自身の心が痛むのか理解できないマレフィキウムは、そのあとはただ黙ってミラビリスとカストールのやり取りを見ることしかできなかった。
 強く抱き合う二人から目を逸らし、ひたすら沈黙へと沈む。マレフィキウムは一人、思考の海へと沈んでいく。

 ――ホムンクルスに生殖能力がないってことに、なんで僕はこんなにも打ちのめされてるんだろう?

 脳裏をよぎったのは、フラスコの中の少女。触れることさえ出来ない彼女とは、生殖以前の問題だというのに。

 ――僕は、僕だけの唯一が欲しい。父と母がそうだったように、僕も見つけたいんだ……半身を。

 それは願い。マレフィキウムの夢。

 ――僕は、家族が作りたい。愛し愛されて、子供や孫に囲まれて、たまにはみんなでパーウォーを冷やかしにいったり……

 ホムンクルスは子をせない。ならば、マレフィキウムは探さねばならない。

 ――だから、探さなきゃ。あの子以外の、僕だけを見てくれる、僕だけの運命の半身を。

 どこか間違った場所にたどり着いてしまったような気がしたが、マレフィキウムはその違和感を心の底に沈める。深く、深く、浮かんでこないように。
 そこでようやく思考の沼から浮上すると、マレフィキウムは天体観測機の映し出す映像へと視線を戻した。先ほどよりだいぶ場面は進んでしまっていたものの、映像はまだ続いている。

天体観測機アストロラーベ、ようやくボクにもわかったよ。これが執着、そしてこれが……後悔』

 天体観測機を見上げ、独白するトリス。後悔と喜びと、とりとめのないことをぽつぽつと。そして彼女はどこか吹っ切れたような笑みを浮かべると――

絡繰からくりの魔法使いトリス・メギストスの名に於いて。ボクの残りの寿命と引き換えに、ミラビリスの命の上限を目一杯引き延ばす! 合意は遵パクタ・スゥント守すべし・セルヴァンダ

 すっきりとした声で誓いの言霊を放った。
 それに呼応するように天体観測機の中心部から青い光があふれだし、周囲の円環リングが動き始める。慌てて飛び込んできたテオフラストゥは視界の外へと追い出し、マレフィキウムは一人じっと、動き出した天体観測機を見つめていた。
 トリスは確かに伝説になるような、古く強い魔法使いだ。けれど、それでも――運命を動かすなど大それたことをトリス一人の力で行うなど、マレフィキウムにはやはりどうしても納得できなかった。
 となれば、何かからくりがあるはず。マレフィキウムはその秘密が、天体観測機にあるのではないかと推測していた。

 マレフィキウムは今まで、こんな大がかりな装置を媒介に魔法を使う魔法使いを見たことがなかった。大体は皆持ち歩けるもの――マレフィキウムならば花、パーウォーならば自身の鱗、サンディークスなら愛用の杖――といった具合に、それぞれ身近なものや思い入れのあるものを使うのが普通だったから。それは身軽に願いを叶えに行けるように、ということも関係している。

『貴女はバカだ!! 魔法使いが自分の願いを自分で叶えるなんて……それがどんな結果をもたらすか、トリス、貴女自身が一番よくわかっていることだろう!』

 天体観測機から放たれていた青い光が消える寸前。刹那せつな、けれど確実に。マレフィキウムはそれを捉えていた。かすかな、本当に幽かな、しかし妙に胸をざわつかせる不吉な赤いきらめき。

『これでボクは、もう魔法使いとして誰かの願いを叶えることはできなくなった。遠からず、賢者の石になるだろうから』

 トリスのつぶやきに、その一言に。マレフィキウムは振り返り、過去を映し出している天体観測機を見上げた。

「もしかして、天体観測機コレにも……?」

 マレフィキウムは立体映像に見入る二人に背を向け、今ここにある、現在の天体観測機の前にやって来た。

「お前は見なくていいのか? 若き魔法使い」
「僕は、僕の目的のためにここに来たからねぇ。それに僕が話をしたかったのはアナタだよ、伝説の錬金術師さま」

 テオフラストゥスとマレフィキウム、彼らは目を合わせないまま言葉を交わす。

「昔、ホムンクルス作ったの覚えてる? フラスコから出られない、かわいそうな女の子の」
「…………ああ、エンブリュオンか。何が原因か、幾度作ってもアレは不完全なものしかできなくてな。いよいよ研究の中止を考えていた時に素体もろとも盗難にあったが……廃棄する手間が省けたな」

 一瞬だけ、マレフィキウムの口角がピクリと反応した。けれど彼はすぐにもとのうさんくさい笑顔を貼り付けると、何事もなかったかのようにテオフラストゥスと会話を続ける。

「あの子、今は僕のところにいるよ。勝手に持ってってごめんね。まあ、後悔も反省もしてないけど」
「アレはあの環境を維持してやらねば……いや、魔法使いの前では愚問か。それで?」
「あの子の素体ってさ、ハイドランジアから取り出した赤ちゃん……で、あってる?」
「ああ。とりあえずで培養してみたら面白い目をしてたんで、何かの役に立つかと思ったんだがな。だがアレはフラスコから出して六時間程度で、体はおろか石の瞳さえも残らずちりになった。何体作っても改良を施しても、結果は同じ。何も残らなかった」

 パエオーニアを完全にモノとして扱うテオフラストゥスへの苛立ちを笑顔の下に押し込め、マレフィキウムは質問を続ける。

「でも、あの子を外へ解き放つ方法、あるよね? 天体観測機……ううん、コイツに使われてる賢者の石があれば、もしかしたら」

 テオフラストゥスの視線が硝子の棺から外れ、天体観測機を見上げるマレフィキウムに突き刺さった。

「アレにそこまでする価値はない。そして、再び動き出した天体観測機はもう止められない。トリスが最後に使った魔法はいまだ継続中だ」
「でもさ、そのトリスが死んじゃったら……天体観測機コイツも完全に止まるんじゃない?」
「それを私が、させると思うか?」
「うーん……思わない、ねぇ」

 マレフィキウムは苦笑いを浮かべると、小さくかぶりを振った。
 そもそもトリスを殺して天体観測機を完全に停止させるということは、ミラビリスにかけられている魔法が解けるということ。それは、ミラビリスの死を意味する。ひいては、カストールの死をも。
 お節介でお人好しな養い親の背を見て育ったマレフィキウムには、それは選ぶことのできない選択肢。

「トリスは絶対に死なせない、だから天体観測機が完全に止まることもない。彼女と、約束した」
「伝説の錬金術師様ってば、トリスのこととなるとしつこそうだもんねぇ。ざーんねん。やっぱり他を探すしかないのかぁ」
「そういうことだ。だが新たに作らない限り、もう、この世界に賢者の石などないだろうがな」

 そこで天体観測機が映し出していた映像が途切れ、ミラビリスたちがテオフラストゥスのもとへと戻ってきた。
 マレフィキウムと喋っていた名残か、はたまた機が熟したと判断したのか。テオフラストゥスは始めとは打って変わり、ミラビリスたちとの会話に応じるようになった。途中、テオフラストゥスとカストールの間に穏やかではない空気が流れたものの、それも大事に至ることはなく。

「じゃあ、これが最後の質問です。私の寿命、それに終わりはありますか?」
「ある」

 テオフラストゥスの返事に安堵したミラビリスの体から一気に力が抜ける。そんな彼女を素早く支えたのはカストール。二人はそのまましばらく話した後、最後はくすくすと楽しそうに笑いあった。
 そしてトリスの眠る硝子の棺を介して、父と娘はぽつりぽつりと言葉を交わす。最後、ミラビリスは母に別れを告げるときびすを返し、そのまま一度も振り返ることなくカストールと共に部屋を出ていった。

「ひどいよねぇ。あの二人、完全に僕のこと忘れてるよねぇ」
「お前、途中から魔法を使って自分の存在を消してただろう」
「あはは、ばれてた? さすがは伝説の錬金術師さま~」

 マレフィキウムは手の中の鬼灯ほおずきを弄びながら、へらりと笑った。

御託ごたくはいい。目的は何だ」
「ねえ、ホムンクルスのこと教えてよ」
「知ってどうする。賢者の石がない今、もう完全なホムンクルスは作れない。それにこの一帯の過剰な魔素なら、常夜の森が常に消費している。魔素の安定したこの地に、今さら量産型などなんの用がある」
「あー、違う違う。僕は作りたいんじゃない」
 
 へらへらとしていたマレフィキウムの顔が、すっと真顔になる。

「知りたいんだ、あの子のことが」
 
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